初心に返る
金木君講義回です。
「……一体、君は本当に何者なの? 私のシャロンの、しかも『歪曲切断』まで躱すなんて、もうただの転移者じゃすまされない。前の世界でおとぎ話に出てくるような英雄だったとかじゃないと!」
「……ふはっ」
思わず失笑がこぼれてしまった。なんという勘違いだろう。いや、ある意味は近いのか。
「真逆ですよ」
「……は?」
「だから、真逆なんですよ、英雄がなんちゃら、とか」
僕は両手を広げ、笑みを作る。
「僕は、いわば大罪人です。エーテル教の教えでいうところの悪人、ですね。とびきり残虐な、ね」
「人を殺した、とか?」
「モネさん、もしかして異世界を楽園か何かと勘違いしてません? 僕が前いた世界には戦争こそありませんが、それなりにひどいもんでしたよ――まあその原因に僕も含みますが」
この際だ。少しだけ自分のこれまでの行いを振り返ってみようかな。
「最初にいた世界で……三十四人ですか、実際に“最後まで”手にかけたのは。その次の世界、ああ一つ前にいた異世界ですね。そこでは……正直、もう数えることもできませんが、間接的な要因も合わせれば四桁に届くんじゃないでしょうか」
モネが眉を顰める。はっきり言わないと分からないらしい。まあ数が数だ。信じられないよね。
「――――僕がこれまで殺めた人の数ですよ。ざっと数千人。しかも、方法も我ながら普通じゃない。あ、勘違いしないでほしいんですけど、自慢じゃないですよ? 僕は直接自分の手で殺めた人間のことは忘れないようにしています。僕の人生を潤すために、その一生の命の炎を存分に燃やしてくれた人達です。出来るなら全員の顔名前容姿性格悲鳴の音……全て憶えていたいのですが、凡才である僕にそれほどの記憶力がないことをいつも悔やみます」
最初に手にかけたのは、隣の家に住む二つだか三つ歳下の少女だっただろうか。
初めての殺人は、僕にそれまで感じたことのない臨場感と高揚感、そして幸福感を味合わせてくれた。彼女と初めて出会ったときの表情から死の間際の瞳の奥の色まで、全て鮮明に覚えている。
だが、それも常習化していけば色褪せていくもの。大学生のときには、最早自慰行為のような気軽さで殺戮を行っていたように今では思う。あれは今振り返ってみても最低の行いだ。僕は自分自身の勝手な都合で彼女たちを殺したのだ。それをあれほど簡略に、そして刹那的に終わらせ、すぐに忘れ去ってしまったことは人生最大の過ちの期間といっても過言ではないだろう。
「彼女たちは死の間際――――ああ、そのときにはもう死を望んでいる人も多かったから違うか――――つまり、死の間際のその前、僕が彼女たちで“愉しんでいた”最中、みんな一様に辛かったはずだ。辛くて、苦しくて、なぜ自分がこんなめにあうのか、なぜ僕がこんなことをするのか。様々な思いを抱いたでしょうが、共通していたのは“苦痛”と“絶望”のはずです。正直、この理不尽という理論に基づくなら、僕達が家畜を殺傷してその肉を喰らうのも問題な気がするし、僕なりの持論もありますが、今はややこしくなるので置いておきましょう……今僕が言いたいのは、つまり彼女たちがそれほどの強い負の感情を持っていたのなら僕もその分快楽を感じなければ彼女たちも報われないということです! なのに、あのときの僕ときたら……本当に自分で自分が許せない!」
気が付けば火がつき、僕はそう怒鳴るほどに激怒していた。そう、僕は怒っていた。その過程を全て説明していたので、目の前のモネも少しばかりの理解を示してくれると思ったが……、
「…………何を言っているの?」
それは、異物を、化け物を見る瞳だった。
既に彼女の瞳の蒼い炎は、すっかり勢いを失っていた。
「ああ……」
駄目だ、彼女も違った。
“あの子たち”のように、僕の混沌とした胸中を理解しつつも受け入れる、または真っ向から対峙してくれる器ではなかったようだ。
ならば、これ以上長引かせる必要もない。
「終焉です――」
「ッ!」
僕は魔晶石を砕く。出し惜しみする気はない。この世界に来て初めて、全力で目の前の障害を消し去る。
踏みしめただけで陥没した床を破裂させ、僕は瞬く間にモネの目と鼻の先まで移動していた。
モネが一拍遅れて後退し、同時に複数の『歪曲切断』を発動、彼女に手が届く直前で腕が飛び、胴体も真っ二つに空間ごと切断される。モネの表情に安堵が浮かんだ。
「甘いよ――」「そうでしょうね!」
胴体を真っ二つにされた直後、大鎌の振り下ろしで、僕の脳天が今度は上から真っ二つになる。脊髄を中心から分断にされる感覚。神経をやられたせいか、まるで足の裏をくすぐられるような感覚でくすぐったい。
「お――――」
だから、目を潰されなかった僕が、右腕で彼女の喉を潰せたのも必然なのだ。
「~~~~~~~~~~~~ッッッッ!?」
相当痛みに耐性のある人間でもあれは堪える。ましてや、これまで碌に本当の痛みを知らない人間なら尚更だ。
彼女がのたうつ間に、僕はゆっくり再生を終えられる。
「――――――実力は互角、ううん、君の方が上だったかもしれない。けど、生憎君と僕じゃあ踏んできた場数が違う、そういうことだったようだね」
丁度よく初心を思い出したことだし、彼女のことは大事に扱おう。
そう決めた僕は、『魔力執刀』を展開し、まずは保険としてモネの両腕を切断しておこうかと腕を振り上げたときだった。
読んでいただきありがとうございます。
彼と付き合いの長いみなさんなら、金木のお話も勿論理解できましたよね?




