命乞い
ロイはここ数年の中で一番晴れやかな気持ちだった。
教会に行って神に感謝の祈りを捧げたいくらいである。
「あちらも上手くいったようですね」
洋館からでも関所の方が燃えているのが分かった。数年かけて、少しずつザギール軍を中に招き入れた甲斐があった。
「これでシスキマをザギールが占領すれば、私も晴れて貴族位ですよ」
それは、ロイがずっと目指していたものだった。
そうすればもう自分でわざわざ辺鄙な集落を襲い、女子どもを攫う手間もない。命じれば何をしなくても手に入るのだ。
「あの若造にはだいぶ煮え湯を飲まされましたが、それも今日で終わりです」
最近になってやってきたカナキという若い神父のことを思い出し腹が立ったが、直後に先ほどの情けない敗走姿を思い出してほくそ笑む。普段、あれだけ有能ぶっていた男があんな情けない姿を見せる、なんと滑稽だろう! 最近教会に来るようになっていた“にわか”信者たちにも見せてやりたかった。
「シャロン、君も見ていて愉快だったでしょう?」
「ええ、旦那様」
傍に立っていたシャロンが表情を変えずに頷く。普段はともかく、今は戦闘用の違法薬を使用しているため、感情も乏しくなっているのだ。
「カナキ殿は関所に援軍へ向かったのですかなぁ? いやいや、頭の回る彼なら、その任を部下に任せ、一人だけ逃げているかもしれませんなぁ。まったく、その姿を見られるなら奴隷の一人くらい無料で提供しても良いくらいだ、ブフフフ!」
その姿を想像し、鼻で笑うロイ。
そのときシャロンが、
「旦那様。そろそろ私と“カオナシ”も……」
「ッ、うるさい!」
ロイの平手がシャロンを容赦なく打つ。
手加減のない平手でシャロンが倒れる。
「私が考え事をしている最中に口を挟むな!」
「申し訳、ございません」
シャロンが立ち上がると、ロイはふん、と鼻を鳴らし、
「まあいい、わかった。“カオナシ”もそろそろ動かすと――――ん?」
神聖力を熾し、カオナシと接続が繋がったとき、異形に向かって歩いてくる人影を補足した。
「旦那様、敵です」
自分が既に分かっていることをうるさく報告してきたシャロンを蹴とばすと、ロイは改めてその姿を確認する。
驚きが全身を貫いた。
やってきたのは、先ほど惨めに逃げて行ったカナキではないか!
「ブフフフ!」
必死に笑いを我慢して、ロイは部屋を飛び出す。
急いで階段を駆け下り、カオナシのいる大広間まで来ると、カナキは既にカオナシと対峙していた。
「これはこれはカナキ殿! 先ほど帰ったというのに、何か忘れ物でしょうか?」
口調を意識して普段通りにして、カナキに穏やかな笑みを浮かべるが、内心は嘲りしかなかった。
――ほら、命乞いに来たのだろう、早く額を地面に擦りつけろ!
たとえそんなことをしてもカナキを殺す予定は変わりなかったが、その前に彼の屈服する様子が見れることをロイは神からの贈り物だと思った。
ロイを見上げるカナキは、にへらっと卑屈な笑みを浮かべる。
「いやぁ、忘れ物というわけではないのですが、ここに用事があって……」
「左様でしたか! さあさあ、用件があるならなんなりと申しつけください。私とあなたは同じ神を信仰する仲間なのですから!」
さあ、早く命乞いしろ! そして絶望する表情を見せてくれ!
「実は僕、今から」
助けてほしいのだろ? 分かっているさ!
「あなたを」
あなただと? これから命乞いをする相手には様を付けろ!
「殺そうと思いまして」
そうだ、私に助けてくださいと――
「…………は?」
「あれ、聞こえませんでした?」
「…………まさか、ここまで愚かだったとは…………」
「ん? おーい」
ロイは神を恨んだ。ご馳走を目の前で取り上げられた気分だ。
失意を胸に、ロイは精霊装を通じてカオナシに目の前の人間を殺すよう命じる。
「聞こえなかったのかなぁ……まあいいか」
「――――――ミツケタ」
カナキの声に反応し、カオナシが絶対の防御力を誇る身体で突進する。
命乞いを見られなかったのは残念だが、せめて奴が苦痛にもがく姿を見て溜飲を下げよう――
「魔晶石を使うのも久々だなぁ」
「なっ!」
突然、広間をすさまじい突風が包んだ。
思わずロイはたじろぐが、カオナシは意に介さず、そのままカナキへと手を伸ばし、
「『霧幻泡影』」
「…………ふぁ?」
瞬きの後には、何もなくなっていた。突風も、カオナシも。
「く、くそ……どういうことだ!?」
慌てて精霊装に神聖力を送るが、そもそも先ほどまであったカオナシとの“回路”も感じられない。
「無駄ですよ。あの化け物は“消しました”」
「はぁ!? そ、そんなこと、あるわけ」
「精霊装の攻撃も通さないとは大した化け物でしたが、消滅魔法までは無効にできなかったみたいですね」
「しょ、消滅??」
「まあアリスさんの『無限障壁』も破る魔法ですからね。今までこれで消滅させられなかった魔法なんて……いや、ミラさんの『時空の壁』は無理だったんだっけ? いや、でもあれは魔晶石の数さえ揃えれば……まあいいか、どのみちこの人は殺すんだし」
なんだ、なにを言っているんだこいつは……。
「しゃ、シャロン!」
考える前に声が出ていた。
「はい、旦那様」
いつものように影のごとくシャロンが後ろから現れる。
「あ、あああああいつを殺せ!」
「承知いたしました」
言葉と共にシャロンが消える、かと思えば既にカナキの背後を取っていた。ロイから見ればまばたき一つの間の出来事だ、奴はそれに反応することもできず――
「攻撃が単純すぎません?」
シャロンの首があらぬ方向に曲がり、崩れ落ちた。ロイが瞬き一つをする前の出来事だった。
「あー、でもこれは薬キメてる感じなのか、じゃあ仕方ないのかな?」
「お、おおおおお前は一体なんなんだぁ!?」
ロイが叫ぶと、カナキはこの場にそぐわない笑顔を浮かべた。
見た者が凍り付き、絶望する笑顔だった。
「教師ですよ。ある魔法学校のね」
「――――あら、そうだったのね?」
カナキの言葉の直後に聞こえたどこか聞き覚えるのある声。
それが、ロイが生きている間に聞く最後の言葉だった。
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