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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
第二部 神曰く、死とは救いであり殺めるとは善行なのである
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関所、燃ゆ

 撤退中に私語は一切見られなかった。

 洋館から十分距離を取ったと僕が判断したところで、一同は一斉に腐葉土に腰を下ろし、深く息を吐いた。

 こういう時に全体の緩みを見逃がさず、カバーするのが大将の役目だ。周囲に索敵用の罠を張った僕は、子どもたちがしっかり休息を取っているか確認してから腰をついた。

 隊の士気はこれまで見た中で最悪だ。あんな化け物の相手をしたのに加えて、共に過ごした仲間を見殺しにして逃げて来たのだ。奴隷兵とはいえ多感な時期の少年少女に堪えないわけがなかった。


「大尉……」


 顔を上げるとティリアとエイラがアイコンタクトを送ってくる。遠くで話をしようということだろう。

 奴隷兵たちに休息を命じ、声の届かないところまでやってくると、開口一番エイラが食って掛かって来た。


「テメエ、どういう了見であのとき撤退の指示を出した!」

「ちょ、ちょっとエイラ!」


 ティリアの制止の声を振り切り、エイラは、


「あの女と化け物はなぁ、あたしの隊の奴を三人もやってるんだ! しかも、最後に二人はまだ生きてたのに……全員で掛かれば勝ったかもしれねえんだぞ!」

「全員でも負けたかもしれない。不安要素の大きい博打に乗るつもりはないよ」

「んだと!」

「エイラ・ヴァース中尉。いい加減、己の力量不足を僕のせいにするのはやめてもらえるかな」

「……ッ!」


 顔を歪めたエイラは次の瞬間、僕の顔に思い切り拳を振るってきた。

 それを首だけで避けると、逆にその腕を極めて身動きを止める。


「くそっ、放せ!」

「エイラ君、頼むよ。班長である君が冷静さを失ってしまっては、一人になったカミ君はどうなるんだ?」


 カミとは四人いたエイラの班のうち、唯一残った生き残りだ。隊でも幼年の部類に入る彼女は今頃、突然いなくなった先輩たちのことを考え不安になっているに違いない。


「エイラ、大尉の言う通りだよ。今はこれからのことを考えないと……」


 ティリアも優しい口調で語り掛けると、エイラもやっと肩の力を抜いた。


「……放せよ」

「もう暴れるのはよしてくれよ」


 そう言って腕を放すと、エイラは肩の様子を確かめるように回したあと、


「……上に報告するなら好きにしろよ」


 と、それだけ口にした。

 僕は肩を竦め、


「するわけないだろ。それより、ティリアの言った通りこれからのことだ」


 と、意識を切り替えて言った。


「大尉はあの神父? と面識があるのですか?」

「ああ、シスキマの教会の神父だよ。ああみえてね」

「なるほど。では、神父を守護していた女は」

「彼女の家内、らしいけど、どうやらそもそもロイの護衛としての役割があったらしいね」


 シャロンの腕は確かなもので、前の世界では『狩人』と同等程度の力は有していそうだ。それでも、倒すのは容易だろうが、かすり傷でも負えば『魂喰(ソウルイータ)』による再生が自動的に発動し、エイラたちから面倒な追及を受ける可能性がある。そのため、あれの相手をするときは、エイラに任せるのが妥当だろう。

 先ほどのことで決まりが悪いのか、聞き役に徹しているエイラに今考えたことを話す。


「シャロン……神父を守護していたあの女はエイラ、君に倒してもらいたい。できるか?」

「ハッ、余裕だよ。それより、あのデカブツの方だよ、問題なのは。どういうカラクリかは知らねえが、攻撃を全て弾きやがるアレをどうにかしねえとさっきの二の舞だぜ?」

「ああ、そっちの方は大丈夫。ちゃんと策は考えているから――」


 そのとき、僕のポケットから小さな振動を感じた。通信用の小型端末に連絡が入ったのだ。

 嫌な予感がする。作戦時には非常用以外の連絡は入らないように設定していたから、その連絡というのはよっぽど重要なことだ。

 それを理解しているティリアたちも緊張した面持ちでいる。端末を見ると、連絡してきたのはミッシェルのようだった。予感が確信に変わりつつある。長年の犯罪者生活が、自身への危機を、嫌なくらい伝えようとしていた。






「彼は間に合うかな……」


 カナキの端末へ状況を説明した文章を送ったミッシェルは壁に背中を預けた。普段なら石のひんやりとした感触が服ごしにも感じられるが、今は逆にひりひりとした熱さを覚えた。

 ミッシェルが今背中を預けている関所は、既に火の手が移っていた。この状況では消火作業も出来ないし、石で造られた壁は残っても、他の関所部分が燃え落ちるのも時間の問題だろう。

 部下から斥候の連絡が入る。最早、当直で関所に詰めていた班は全滅し、この壁の向こうには大隊規模のザギール軍がひしめいているという。この状況を上層部へ伝えているが、彼らからの命令は「援軍が到着するまで死守」だった。こちらが憲兵やカナキたちを含めても五十名そこそこに対し、ザギールの軍は甘く見積もっても三百を軽く越えるという。これだけの規模の敵なら、通常ならもっとはやく見つけられたのだろうが、こればかりは相手にまんまと嵌められたと思うしかなかった。


「いいか。門が開いたら一斉射撃。その後は森に向かって後退しつつ迎撃だ。その場に留まっていれば数の利で一斉に飲まれるぞ。注意しろ」


 本当は関所を防衛することを命じられていたが、既にその関所は焼け落ちるのも時間の問題だ。現場にいない人間の指示を忠実に聞いて部下を無駄死にさせる気は毛頭ない。無論、自分自身もだ。

 ミッシェルが自らも精霊装を展開させたとき、門の向こうで敵の雄たけびが聞こえた。ついに打って出るつもりだ。


「来るぞ!」


 ミッシェルの言葉と共に、関所の重い扉がゆっくりと開いた。







 今の事態を簡潔に言えば、関所が落とされたらしく、敵が我が国内に侵入してきたそうだ。

 敵の規模は目視できる限りで一個大隊程度。ウラヌスで報告が上がっていた精霊騎士たちの姿も目撃されているらしい。普通、それだけの規模の敵に直前まで気づかないなどありえないのだが、彼らが関所に到着した頃には、既に関所は攻略されていたそうだ。


「その理由が、あのイボ痔神父か……」


 奴隷商人Xこと、ロイがこの事態を招いたらしい。

 彼は、憲兵を買収しており、ザギール領内との行き来が可能であった。そして、ザギールから皇国に入る際、商品である奴隷の中にザギールの手の者を忍ばせていた。そうして少しずつザギールの尖兵を国内へ入れ、遂に先ほどその尖兵たちが関所を落としたのだそうだ。つまり、皇国は長年かけて自らを滅ぼす災厄の種を欲望に駆られて入れ続けていたというわけだ。まったく救いようがない。


「でも、そのザギール軍を私達とミッシェルさん達だけで足止めなんて不可能ですよ……」


 さしものティリアも、この絶望的な状況に悲嘆の声を出す。逆にエイラは、


「へっ、とはいえ命令だ。上官が死ねって言ったら死ぬ。それが軍人だろ?」


 先ほど僕の撤退命令を無視したことなどもう忘れてしまったかのように、目前に迫った戦闘を喜々とした様子で待っている。この戦闘狂め。

 だが……


「ティリアの言う通りだ。どのみちここで突破を許せば、皇国の未来が危うい。死ぬ気でなんとかするしかないね」


 僕は、この状況にある予感を覚えながらも、撤退という選択肢はないと告げた。そこにはイリスとの『契約』も含め、打算的な考えがいくつもあったが、一番はあのロイにこのままコケにされて退くことはできないという低俗な自尊心の問題があった。


「……分かりました。状況をみんなに伝えても?」


 ティリアも覚悟を決めたようだ。「お願いするよ」とティリアを送り出し、エイラと二人で今後の動きを確認する。


「関所に行くのは分かる。けど、だからって後ろのロイを好きにしてていいのかよ?」

「予想できる奴の動きは二つ。撤退か、挟撃だ。とはいえ、奴は欲にまみれた男だ。ここまで上手くいったのだから、最後も上手くいく、もっと手柄を立てられるのでは、そう考える確率が高い」

「じゃあやっぱり挟み撃ちにあうじゃねえか。どうすんだよ」

「うーん……」


 考える素振りはするものの、答えはほぼ決まっていた。

 もう、隠してる余裕はない。


「僕がロイ達を叩く。君たちはミッシェル君たちと合流して僕がそっちに行くまでなんとか敵を食い止めてくれたまえ」

「……は? アンタ、なにいってんの?」


 弱いくせに調子に乗るなよ。


 エイラの声と視線には、そうした侮蔑と怒りの感情がない交ぜになっていた。

 だから僕は――


「――大丈夫だから」

「ひっ……」


 何も、言うな。


 そうした意を込めて僕は笑みを作ると、エイラの表情が固まった。

 ああ、いけないいけない。


「僕が君たちを護る。だから、それまで君が、みんなを護ってくれ」


 今度こそ、表情筋を慣れた形に動かし、口角を吊り上げた。

 いつもの、人を安心させる笑みを浮かべている僕が、震えるエイラの瞳の奥に映っていた。


次回からやっとカナキらしさが出るかも?

読んでいただきありがとうございます。

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