異形の住む館 下
「……ぷっ」
ロイの姿を見たとき、僕は思わず笑ってしまっていた。
それを見たロイが不快そうに眉に皺を寄せる。
「……どうしたのですかな、タイガ殿」
「いやいや、すみません。あまりに似合わな過ぎて思わず笑ってしまいました。あんたはどう頑張ったところで精々小悪党が良い所でしょうに、頑張って背伸びして、強者を演じているのを見ると、どうしても堪えきれなくて」
「……」
ロイの額に青筋が浮かぶが、プライド故か、どうにか笑顔は保ったまま言った。
「……タイガ殿、同じ教会でエーテル神を信仰したよしみです。一度だけ機会を与えましょう……シスキマを離れ、首都エーテルに戻りなさい。そうすれば、今ここであなた達を輪廻転生の輪に戻すことは控えましょう」
「おい、あのおっさん何言ってんだ?」
エイラがボケた老人を見るような眼つきでロイを見上げる。質問されたティリアは答えず、周辺にレンズを展開している。ロイ相手に彼女がこれほど警戒しているということは、先ほど彼女が遭遇したという敵はロイと見て間違いないだろう。
僕は静かにロイを観察する。教会で見ている通り、ロイの肉体年齢は年相応であり、奴隷兵なら十秒とかからず組み伏せてしまえるだろう。神聖力はまだ熾す気配もなく、これも同様に既に臨戦態勢の奴隷兵なら神聖力を熾す前に屠ることは容易だ。問題は、彼のあの自信の根源がどこにあるかだ。ロイが非戦力なのだとしたら、大方、外にいるであろう異形が彼の切り札と考えてよさそうだが……。
「大尉、気を付けてください」
突然ティリアが僕達にしか聞こえないくらいの声音で囁いた。
「大尉と知り合いのような目の前の男は脅威ではなく、問題は男を警護している女の方です。神聖力が高く、おそらくは精霊騎士――」
ティリアが突然頭上に発砲した。
いつのまにか迫っていた黒い影は、銃弾を器用に躱し、ぬるぬると影のような動きでティリアへ肉薄する。
「なんだぁ!?」
ティリアに黒い影が迫る直前でエイラが影に気づきカドゥケウスを発砲。二丁のハンドガンは正確に影を捉えるが、それらをことごとく手に持った槍で跳ねのけた影は、地面を滑るようにしてロイの元へと戻った。
「ふふっ、今のを防ぐとは、タイガ殿の手下もなかなかにやりますね」
「……そうか、あなたもグルでしたか」
ロイが優しい手つきで影の頭を撫でる。
その影の正体はロイの妻であるシャロンだ。
「……」
彼女の瞳からは感情が読み取れない。僕達を見る表情も、どこか虚ろだ。
「ああ、下劣な勘ぐりはよしてくださいよ。シャロンは正真正銘、自分の意志で私を守ってくれています。……まあ、彼女がここまで従順になるよう“調教”するのは、彼女を買ってからそれなりに時間を要しましたが」
そのロイの言葉で僕とミッシェルが追っていた謎がようやく解決した。
まったく。今まで僕に溜めていた不満がこの場で優越感へと変わり、気持ちよくなっているのだろうが、ここまで敵がぺらぺらと全て喋ってくれると本当に助かるね。
「……つまり、あなたがこの町で最も幅を利かせていた奴隷商人だということですね、ロイさん」
一応確認のために問うてみると、彼は肯定するかのように顎肉を震わせて笑った。
「ふふふふっ、そこまで調べていたとは。全くあなたはほとほと優秀ですね――気が変わりました。やはりあなたはここで殺しておきましょう」
ここで初めてロイが神聖力を熾した。
何かを仕掛けてくるつもりだ。ここは一度撤退を、と考えたのも束の間、次の瞬間洋館の壁が爆発し、そこから巨体が飛び出してきた。
「――おがって、ま、まかろん」
「また君か!」
「う、うわぁああ!?」
僕が撤退の指示をするより早く、異形に驚いた奴隷兵の一部が無許可で発砲した。ウラヌスの死線を潜り抜けた彼らでさえも動揺するほどに、確かに目の前の異形のインパクトはすさまじい。
「銃撃やめっ! 撤退するぞ!」
僕が怒声を上げるが、銃声音と混乱で全体まで完全に指示が伝わりきらない。くそ、ここにきて部隊の全員との信頼関係を完全には築けてなかったことが裏目に出た。
ここはティリアに指示を出させるか――そこまで考えたとき、
「――ミツケタ」
異形が動いた。
「うわぁああああッ!?」「ああああああッ!」
しかも、捕まったのは今度は二人。それぞれ年嵩の低い少年と少女で、恐怖に顔を強張らせていた。
「メグッ! キースッ!」
「くそがっ!」
捕まった二人を見て、慌ててそれぞれの班のリーダー、ティリアとエイラも転身し、二人を助け出そうとする。
それを見た僕は怒号を放った。
「全員撤退だ! 何度も言わせるな!」
「大尉!?」
「ああン!? ふざけんな!」
「奴の体には強力な防御結界が張られている! 今の我々の火力では二人を救出することはできない!」
「……ッ!」
いつも冷静な僕が初めて見せた焦った声。計算して出した声音はティリアに対して予想通りの効力を発揮する。僕の様子で、今の状況の切迫さを理解したティリアが歯噛みして動きを止めた。しかし意外なことに、それでも応戦しようとしたのは、これまで上官の命令には忠実に従っていたエイラだった。
「ンなの、やってみなきゃわからねえだろ!」
エイラは精霊装であるカドゥケウスを異形に放つが、結界は全身を覆っているらしく、そのことごとくが意味をなさない。それでもあきらめないエイラは、
「ならこれでッ!」
カドゥケウスの接続部分――本来の銃なら撃鉄がある場所――に、もう片方のカドゥケウスの銃口を装着し、同時に引き金を引いた。直後に放たれたのは銃弾ではなく、最早レーザーとでもいうべき光速の魔力弾のようなものだった。
「あっぼ――」
避けることなく、というよりは避ける暇もなかったのだろう。カドゥケウスの強力な一撃は異形をロイ達のいる壁際まで吹き飛ばした。この予想外の威力の一撃に、僕もこればかりは期待してしまう。
「クソがぁ!」
しかし、土煙を上げる先で立ち上がった巨体を見てエイラは罵声を上げる。
立ち上がった異形にはダメージはなく、両手にそれぞれ握った奴隷兵の二人もそのままだった。
「――満足したね」
もう僕は迷わなかった。
懐にあった煙幕の筒に火を点けると、それを異形とロイの足元に転がす。たちまち火事のごとく煙を上げる洋館の中で、僕達は仲間を捨て、撤退を開始した。
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