異形の住む館 上
「――てんめぇええ!」
最初に硬直から脱したのはアックスだった。
壁際に吹き飛ばされて崩れた体勢を整えると、持っていた機関銃を構える。直後に連射された銃弾は、全て異形の体を捉えるが――
「うそだろ!」
それら全てを受けても、異形はまるで何事もないかのように身じろぎひとつしなかった。アックスに続き、フレシアともう一人の奴隷兵も銃弾を浴びせるが、それらの集中砲火を受けてもなお、異形にはまるでダメージが通っていないようだった。
「あっぼ、あ、あんちょ」
「ッ、銃撃やめ!」
そして、異形がまたあの意味の成しえない言葉を繰り返したとき、僕は覚悟を決めて飛び出した。
銃弾が止んだときには、既に自身の体にはいくつもの身体強化魔術が施された後であり、軽くなった体で異形へと肉薄した。
「ッ!」
異形の首を狙って跳躍すると同時に展開した『魔力執刀』を振るうと、異形の体から数センチ手前で不可解な抵抗力。目をこらすと、異形の体の表面には、うっすらと結界のようなものが纏わりついていた。
はたから見れば、空中でいきなり停止したように見えるだろう僕の目の前で、異形の頭がゆっくりとこちらに動く。本能的に危険を察した僕は、この世界に来て初めて魔晶石を砕いた。
「うぉ……」
「なに、これ……!」
背中から奴隷兵達のどよめきが聞こえてきたが、今はそれどころではない。
暴風と化した魔力の奔流は、やがて僕の右足に収束する。
「『颶風炸裂』……!」
右足が異形を捉えた瞬間、凄まじい暴風が異形を吹き飛ばした。
颶風炸裂は、体の一箇所に魔力を集中させ、蹴りや突きをした瞬間にその魔力を一気に開放する中級魔法だ。近接系が得意な魔法師が得意とするが、魔晶石に溜め込んでいるほどの魔力を解放すれば、たとえ防御魔法が張られていても、余裕で人一人を殺傷するには十分の破壊力を秘めているのだが……。
「……これがほぼノーダメージか」
壁を突き破り外に吹き飛んだ異形を二階から見下ろすが、多少怯んだ様子はあっても、目立った外傷は見当たらなかった。奴の表面を被膜のように覆う結界は、少なくとも上級魔法並の強度を誇っているということだろう。
「おい、今のでけえ音はなんだ!」
すると、都合よくエイラの班が音を聞きつけてやってきた。
僕は手早く指示を出す。
「エイラ、事情が変わった。ティリアの隊と合流した後、町まで撤退する。君が先頭を務めろ。殿は僕がする」
「ちょ、てめえ少しはどういう状況か説明しろ!」
「君がアレを見たら興奮して、アレを刺激しかねない。今は上官である僕の命令に従ってもらうよ」
「チッ!」
エイラは根っからの軍人気質なため、上官命令だということを伝えれば従うのは便利なところだ。これで悪態もつかなければ完璧なんだけどね。
フレシアと目配せし、撤退の笛を吹かせる。眼下の異形を見れば、奴の顔、というか口がこちらにちょうど向いたところだった。異形は巨体を丸めたと同時に、僕は次の展開を予想して魔晶石を砕いた。
「――フッ!」
直後に、砲弾のように飛び込んできた異形の巨体を、僕は先ほどと同じく『颶風炸裂』で蹴り返していた。突発的な暴風に奴隷兵が飛ばされないように身を屈める。
「……ちっ」
分かってはいたが、やはり異形の鎧と化した防御結界は砕けない。貴重な魔晶石を無駄にしたことに舌打ちをすると、険しい顔でこちらを見るエイラと目が合った。
「てめえ……」
「……君が先陣を切れと命令したはずだ。早くしないとまた奴が来る。急げ、エイラ・ヴァース中尉」
「チッ!」
納得のいかない表情で、それでもエイラは僕の命令を守り行動する。まずいな。今のエイラの目は、完全に仲間を見る目ではない。何か化け物を見るような、そして疑心に満ちた目だった。ウラヌスの激戦を知っている彼女からすれば、なぜあのときその力を使わなかったのか、という気持ちにもなるだろう。
――彼女は結構貴重な戦力なんだけどなぁ。
「エイラ!」
「このクソティリア! てめえ撤退の笛が聞こえてなかったかのか!」
屋敷のエントランスまで来ると、ちょうどティリアの班と合流した。
しかし、人数が一人少ない。それを目で問うと、ティリアは悔恨の表情を浮かべた。
「大尉、申し訳ありません。撤退の合図は聞こえていたのですが、その直後に敵と遭遇していしまい、班員であるアベルを犠牲にしてしまいました……」
「敵、というと、あの毛むくじゃらの巨人かい?」
アベルが死んだことよりもそちらの方が断然気になる情報だった。もしもあの異形が複数いるなら、最早出し惜しみしている余裕もなくなる。
「巨人……? いえ、私が見たのは人間です! それよりも早く、ここから――」
「――おやおや、こんな辺鄙な場所で、よもや一番会いたかったあなたと会えるとは!」
『ッ!』
全員が素早く銃を声のした方向に向けた。
「……あなたは」
「これもわれらがエーテル神の思し召しでしょうか……ねえ、タイガ殿?」
二階へと続く大きな階段の上、そこには穏やかな笑顔を浮かべるシスキマの教会の神父、ロイが立っていた。
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