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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
第二部 神曰く、死とは救いであり殺めるとは善行なのである
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通行人

「エンヴィをこちらで使う。パーズがいなくなるけど、しばらくどうにかしてくれ」

『いきなり通信を寄越したと思ったら、急にそれですか』


 画面越しに、イリスがわざとらしく溜息を吐く。寝る前だったのか、今の彼女は純白のネグリジェを身に纏っていた。


「少しこっちにもアクシデントがあってね。これでも一応申し訳ないとは思っているんだけど」

『でしたら、これ以後はこのようなことがないよう気を付けて頂きたいものですね。これでも私、一応レディーなので』


 最後の言葉は、今の自分の姿を見られたくないことから出たものか。しかし、そんなことよりも僕は前半の言葉に驚いた。


「了承してくれるのかい?」

『あなたから言っておいておかしなことを言いますね。そのために私に連絡をしたのではなくて?』

「そうだけど……そんなにあっさり了承してくれるとは思わなかったんだよ」

『あなたが思っているより私は融通の利く女なのです。とはいえ、結構根回しが大変なことも事実ですし、今度お礼をしたいと言うならば喜んで受け取りますよ?』

「はは、考えておくよ」


 イリスに対して貸しを作るのはなるべく避けたかったが止むをえまい。

 僕は通信を切ると早速魔力を熾し、召喚の準備を整える。


「来い」


 その声に呼応し、僕の目の前にやがて虚空から一人の男が姿を現す。

 恰幅の良い体、柔和ながらも威厳のある顔つき、身分の高さを表す修道服。

 目の前の人物こそ、イリスに次ぐこの国ナンバーツーと言われる男、パーズ・アクィナ・ノットールその人だ。

 ――いや。


「久しぶりだね、エンヴィ」


 その声と共に、男の姿がぐにゃりと歪む。

 やがてそれはドロドロに溶けていき、やがて小さなスライムのような形になった。

 そう、これこそが彼の本当の姿、ヒューマノイドスライム、エンヴィ。

 自在に人の姿に変わる魔物であり、僕の唯一無二の使い魔なのだ――






「――ナキさん、カナキさん! 聞いてる?」

「――ん」



 耳元で聞こえた少年の呼び声で我に返る。

 室内を見渡すと、そこは僕達が関所に詰めているときに通されるいつもの部屋。首を巡らすと、隣で胡乱げな目で僕を見上げる少年の顔が一つ。


「カナキさん、さっきからずっと呼んでるのに全然応えてくれない。最近こういうこと多くない?」


 先日僕に刺客を差し向けた監視者の手がかりが潰えた今、僕に出来るのは地道に町を歩いての情報収集しかなかった。

 しかし、昼間は専ら関所か教会に籠っているため、僕が取ったのはエンヴィの擬態能力を使った調査だった。

 今のところ有力な手掛かりはないが、どんな姿にも変化できるエンヴィは大抵の場所には顔パスで侵入できる。とはいえ、知能が低いエンヴィは会話ができず、誰かと出くわす度に、僕が直接操作して会話させるしかなく、その間本体の僕はぼーっとしているように見えてしまうのだが。


「ごめんごめん、ちょっと考え事してて」

「疲れてるんじゃないですか? ここのところ教会の仕事も忙しいでしょうし」


 部屋の中には、現在の関所警備を担当している僕の班員の四人のうち二人がいた。勝ち気なアックス、気の利くフレシア、どちらも、部隊の中では最年長組だ。

 総じて部隊にいる奴隷の少年少女は歳不相応の能力の高さを有しているが、この二人もまた、任務を進めるうえで役に立ってくれることは非常に多い。


「結局、病院の新しいお医者さんってまだ見つかってないんですよね? だから怪我とかしても、病院じゃなくて大尉のところに真っ先に来るのは分からなくもないんですが、教会の仕事に加えて怪我人の治療も入ると、やっぱり忙しくないですか?」


 お茶を淹れ終え、事務仕事を再開したフレシアが、対面から尋ねてくる。彼女は奴隷にしては珍しく字も読めるため、ティリアほどではないにせよ事務仕事関係も丁寧にこなしてくれるので重宝している。


「まあ忙しいのは事実だけど、そのぶんやりがいも感じているよ。今までは戦場で指揮を執ることが多くて、こういう普通の仕事はなかなかさせてもらえなかったからね」


 目の前のアックスとフレシアも上々だが、最近は教会内の人心掌握の方も順調に進んでおり、カイルに至っては、既にロイ以上に僕を信頼しているのが伝わってくるほどだ。


「そういえばカナキさんって転移者だったよね。こっちの世界に来る前はなにしてたの?」


 隣に座るアックスが椅子を後ろに傾け、バランスを取りつつお茶を飲むという何かよく分からない遊びをしながら僕に問いかけてきた。フレシア以外の僕の班員は字が読めないので、有事の際以外は結構暇なのである。


「前の世界では学校の先生をしていたよ。年齢的には、君たちよりもう少し大きな生徒たちを教えていたけどね」

「え、カナキさんって先生だったの!」

「でも、何か分かる気がします」


 驚いてバランスを崩したアックスと、テーブルから視線を上げたマカロン、彼女は今、机に広げられた参考書を使って字の勉強をしているところだった。


「学校かぁ。でもいいなぁ。私も学校通ってみたかったです」


 それまで黙々と勉強していたマカロンも、この話題は気になったのか、鉛筆を持つ手を止めて頬杖をつく。そこで僕は、至極当たり前のことを思い出した。


「そうか、君たち学校に行ったことがないのか」

「事情は違えど、大体俺たちは物心つく前には奴隷だったからなー。あ、でもフレシアは違ったっけ」

「うん、私は十歳くらいまでは普通に学校に通えてたかな。そのあとうちの店が潰れちゃって、公共奴隷になったんだけど」

「親に売られたパターンかぁ。それが一番多いよな」

「でも、公共奴隷の方で良かったよね。エイラさんの班にいるアルトは個人奴隷から公共奴隷になったんだけど、ウラヌスで一日一食食べられるってきいたとき号泣してたもん」

「あー、あのときすっげえ泣いてるやついるなぁと思ってたけどあいつだったのか」


 いや、世間話みたいに話してるけど重たすぎだよ。

 中学生の歳の子どもたちの会話とは思えないような辛い過去の話に、僕はどんな顔で話を聞いていいのか分からなくなる。過去、いじめ経験を持った生徒を持ったことがあるが、これはその非ではないような気がする。


「…と、ちょっと話に夢中になっちゃった。ほら、アックスも何か勉強とかしたら?」

「はん、嫌なこった。どうせ奴隷はロクな仕事に就けねえんだ。やるだけ無駄だろ。それよりもカナキさん、仕事といえばあれしましょうよ、特訓!」

「特訓って……体捌きの練習のことかい?」


 それ別に仕事じゃないし、むしろ僕のやってる仕事が出来なくなるんだけど。


「それ別に仕事じゃないし、むしろ大尉の仕事増やしてるだけだと思うけど」


 僕が思っていたことをそのまま言うフレシア。でも、言うんだったらアックスにも聞こえるくらいの大きな声で言って欲しい。


「カナキさんって体術めっちゃうまいじゃん! 俺にもあれ教えてくれよ!」

「君たちは銃だって持ってるし、どちらかといえばそっちの練習の方がいいと思うんだけど」


 面倒くさいので一応反論してみると、アックスは拳を握り、力強く僕に力説する。


「銃に頼るなんて、男じゃないっすよ!」


 真顔でこんなこと言う人って本当にいたんだ。

 僕が小さな驚きに包まれていたそのとき、廊下から足早にこちらに歩いてくる音が聞こえた。


「行商人がきた! 急いで降りてきて!」


 うちの班のうち、年下組の二人が慌てたように部屋に入ってきたので、窓から下を見ると、確かに大きな馬車が関所の前で止まっている。

 いつもなら窓から通行人が見えた時点で下に降りなければならないのだが、今回は話に夢中で失念していたのだ。

 関所を管理する憲兵は軍隊とは構造や階級は異なるが、基本的に仲はよろしくない。今入ってきた子たちも、大方下にいる憲兵たちに怒鳴られたのだろう。まったく、大人が子ども相手にする態度じゃないね。

 しかし、そんなことを考えていた僕の思考は、外に出た瞬間どこかに吹き飛んだ。


「……うわ、こりゃまたすげえな」


 外に出て関所の前に並ぶ馬車を見たとき、遅れてやってきたアックスがそんな言葉を漏らした。

 関所に止まっていたのは、見たことのないくらい大きく、そして立派な馬車だった。今は関所を通る人数に偽りがないかを確認するために、憲兵たちが荷台に乗った人達を全員下ろし、数を数えている。

 そして大きな馬車と同じくらいに気になったのが、荷台に乗っていた人達の身なりの良さだ。正直言って、ここにいるアックスたちはおろか、割と上等な軍服を着ている僕よりも、彼らの着る服は上質で、そこらの貴族とも張り合うレベルのものだったのだ。


「みんなすげえ恰好だな。全員貴族か?」

「または見栄を張りたい貴族が、侍従たちの服も豪華にしたってところかしら。それよりも早く持ち場に行くわよ」


 フレシアのきびきびとした指示で、アックスたちは荷台を取り囲むような位置に移動する。何か不審な動きがあった場合は僕に報告するか、緊急を要するならば彼ら独自の判断で行動しても良いことになっている(無論奴隷階級なので、判断を間違えれば重罪は免れないが)。

 だが、僕が見る限り、荷台に乗っていた連中に不審な動きはない。憲兵の言葉に従順に行動しており、その服の華美さを除外すれば、特に怪しい点はない。


「……ん?」


 しかし、荷台に乗っていた人たちが全て降り、憲兵がそれを一列に並べて、事前に出された申請書と見比べていた時に、僕はあることに気づいた。

 ――随分と子どもが多いな。

 荷台にいた人数は数えてみると全部で二十六人と随分な大所帯であったが、そのうち半数以上は、まだ十代にも届いていないであろう子どもばかりだった。

 彼ら全員が貴族ということは考えづらいし、見た目もバラバラだ。ならば先ほどフレシアが言った侍従という線も考えられたが、僕はその子どもたちの様子にひっかかるものを覚えていた。


「あの、大尉。荷台に乗っていた者含め、特に怪しい素振りは今のところありません、ただ……」

 僕と同じことを思ったのだろうか。近くにいたフレシアが僕にそう報告したが、語尾を歯切れ悪く濁らせる。


「フレシア君も何か感じるかい?」

「はい、その、特に何が変ってわけでもないんですが、あまりにも元気がないっていうか」

「うん、あまりにも大人しすぎる……いや、覇気がない」


 まるで完敗した戦場から帰って来た敗残兵のような瞳だ。パッと見たところ、体に異常はないし、それこそ身なりだってきちんとしているのに、彼らからは子ども特有の、あの溌剌とした命のエネルギーを感じなかった。


「あ、そうか」

「? どうしました?」


 子どもらしくないあの雰囲気。あれをどこかで見たことがあると思っていたが思い出した。

 あれは、ウラヌスで初めて会った時の彼ら、フレシアたち少年奴隷兵と同じ雰囲気なのだ。

 とすると彼らの身分も……。

 いつの夜かにミッシェルと話した、奴隷商人の話を思い出す。


「――ようやくきたのか」

「?」

「ああ、ごめん。なんでもないよ」


 さっきから一人でぶつぶつ言っている僕を困惑した顔で見つめるフレシアに、僕は安心させる笑みを浮かべる。

 もし彼らが僕の予想通り奴隷ならば、これだけの人数にあそこまで上等な服を着させることが出来る者など限られている。例の奴隷商人Xだ。

 見たところそれらしい人物は馬車には乗っていないが、それならば既に町に潜伏し、どこかのタイミングで彼らを回収するはず。例え空振りでも、目の前の馬車がきな臭い事案であることは明らかだ。マークしておいて損はない。



読んでいただきありがとうございます。

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