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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
第二部 神曰く、死とは救いであり殺めるとは善行なのである
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給食指導

 ぎーこ、ぎーこ、ぎーこ。


「痛いイタイいたいッ!」


 強面の男が顔をくしゃくしゃにさせて悲痛な声を上げる。


「男の悲鳴を聞いてもなぁ……」


 僕はいたってノーマルな性癖しか持ち合わせない人間のため、男がこんな声を出しても興奮したりしない。これはこれからのことで必要だから行っていることなのだ。そうでなければ、男の身体をノコギリで解体する仕事などしたいわけがない。


「いだぁあああい!」

「ほら、次は左の二の腕。誰にするの?」


 僕は男の肘に皮一枚でつながっていたそれを無理やり千切り取ると、向かいに座ってそれを見物していた彼のお仲間たちに投げつける。地面に落ちたそれを、しかし誰も拾おうとはしない。


「ほら、君も動くと血が勢いよく飛び出ちゃうから。大人しくして」

「いでぇえ……いてぇよお」


 切り口に治癒魔法を施し止血を行いながら、僕は後ろに目を走らせる。


「まだ理解していないのかな? そんなに難しいことを言っているとは思えないし、君たちの答えはつまりそういうことってことでいいかな?」

「あ、アンタは何がしたいんだ!」


 椅子に座っている、厳密には座らされている男の一人が、急に泡を喰ったようにそう切り出した。あまり勢いよく喋らないでくれ、唾がこっちまで飛んでくるよ。


「何がって……だから、君たちにやってもらいたい仕事があるんだって」

「だからっ! あんたの言う事には従うって俺は何度も言ってるじゃねえか! なのに、なんでこんな真似するんだよ!?」

「そりゃ、君たちが信用できないからだよ。君たち、昨日僕を襲って来たんだけど、もう覚えてないのかい?」

「それはっ、本当に悪かった! もう絶対、アンタには手を出さないし、言う事にも従うからっ! だから、もうこんなことはやめてくれ!」

「――それだよ」


 一段、声を低くすると、椅子に座った彼ら、そして両腕を肘から先で喪い、悲鳴を上げていた男でさえ、声をぴたりと止めた。がたがたと、椅子が小刻みに揺れる音だけが聞こえる。


「君たちは神様が目の前にいたら、そうやってタメ口で物を喋るのかい? いや、そもそも喋っていいと許可をもらっていないのにも関わらず、そうやって汚く唾を飛ばしてくるのかい? 違うだろ。君たちはまだ自分の立場と、僕がどういう人間かを分かっていないんだよ」


 僕は地面に落ちていた二の腕を踏み潰す。皮膚が裂け、その隙間から血と肉が零れ落ち、砕けた骨が皮膚を突き破ってその白い流麗なフォルムを覗かせる。

 椅子の足が地面を削る音が、より一層大きくなった。


「……でも、勘違いしないでほしい。それは別にしょうがないことなんだよ。だって、君たちは今まで、神に会ったことなんてないだろう? いやそもそも、君たちが神様という存在を信じているのかどうかさえ定かじゃない。そんな未知の存在に対して、たった一晩で君たちが接し方を理解できるとは思っていないから、僕は怒ったり悲しんだりはしないよ――いわば、これは教育なんだ。僕の元の世界では体罰は法律で禁止されていたけど、ここは日本じゃないんだ、懲戒免職にはならないだろうさ」


 僕は踏み潰した二の腕を持ち上げると、男達の前にかざした。みるみる血の気を失っていく肌色を、幾重もの赤黒い血の流線が伝い足元に落ちる。


「僕の国ではね、体罰の一つとして給食指導が挙げられていたんだ。あ、給食って言っても分からないか。えーと簡単に言えば食事に対する感謝の気持ちなんかを育む教育のことなんだけど、僕の世代のときは、生徒がご飯を残すということが厳しく指導の対象になっていてね。『人の作った物を粗末にしてはいけません!』ってことで、ご飯は全部食べましょうって言われてたんだ、言ってることは間違ってないよね?」


 男の一人に優しく問いかけると、彼はうんうんと熱心に頷いてくれた。


「分かってくれたようだね、よかった……だから、そういう意味では彼も母親の子宮の中で大事に作られた“物”だし、君たちも物を粗末にしちゃいけないよっていうこと。だから、君たち四人で残さず食べきってね、彼を」

「お、おおおおおおおれはっ! 食べものじゃないぃいいっ!」

「ほら、幸い僕の力のおかげで、食材の新鮮さは保たれたままだ。お腹を壊しても僕が治してあげるから、みんな、明日までに食べきっちゃってね。流石に僕も二人も解体しないといけなくなったら疲れちゃうからさ」






「ふわぁ」


 あくびが出た。ちょうねむい。


「あくびですか?」

「ああ、うん」


 気だるい返事をしながらアイスコーヒーを啜る。ティリアには悪いが、今日は夕方くらいまでは寝ていたかった。席をレストランの前に設置されている屋外テーブルを選んだことも、僕としてはちょっと辛いところだった。


「……すみません、やっぱりご迷惑でしたか?」


 それを察したのだろうか。ティリアは綺麗な眉を歪め、申し訳なさそうに表情を伏せた。


「いやいや、そんなことないよ。今までは僕も急がしくて、ティリア君の食事のお誘いを断ってばかりだったからね。それよりも、今日はあれ、使ってないのかい?」

「レンズですか? はい、もしあれが壊れたりして視界を確保できなかったときにも慌てないために慣れておこうと思って」


 目の前で同じく食後のコーヒーを飲むティリアは、いつもと違ってレンズを展開させていない。しかし、彼女の所作は、いたって平常者と遜色がないほどで、彼女が今言った通りのことを、普段していることがうかがえる。


「……君は本当に立派だねぇ」


 通訳として、僕の部下としてやってきたのが君で、本当に良かったと思うよ。


「そ、そんな! 私なんかより、大尉の方がよっぽどご立派です! 皇国語だって、もう普通に喋ることが出来ていますし、最近は教会に詰めて、病人の看護にあたっているそうじゃありませんか! 私には真似できないです」

「まあ語学の方はちょっと頑張ったと言えなくもないけど、治療の方は自己満足だからねぇ」


 それで困るお医者様だっているそうですし。


「シスキマのお医者様のことを言っているのですか? 彼らが本物の医者であるならば、むしろ大尉に感謝の言葉を贈るべきだと思いますが……」

「人間、誰しも君みたいに聖人君子ってわけにはいかないんだよ」


 そんなことを話していると視界の先、ティリアの背中の方から覚束ない足取りでこちらへやってくる男の姿が見え、僕は小さく「あ」と呟いた。


「? どうかしましたか?」

「ミッシェル君だ」


 言葉の通り、こちらへ歩いてきたのは昨日別れて以来会っていなかったミッシェルだった。

 彼も僕達のことに気づき、疲労のにじむ顔に微かな笑みを浮かばせた。


「やぁミッシェル君。今日は非番かい?」

「ああ、そうだが……君は随分優雅なひとときを過ごしているようだね」

「あ、コンスタン大尉、お疲れ様です」


 幽鬼のようにゆらりとやってきたミッシェルは、特に断りを入れることもなく僕達のテーブルの空いた椅子に座る。細かい気配りのできる彼だが、今日は相当参っているようだ。

その理由として思い当たるのは昨日のことしかあるまい。

僕はちらりとティリアを一瞥する。まあ、彼女の前でなら話しても良いだろう。任務に関わりのないこととはあまり言えないしね。


「その様子だと、昨日はあれから大変だったみたいでね」

「ああ……、俺は足にはそれなりに自信があったんだが、向こうはまさに獣みたいなやつでね。それでも精霊装を展開させて、一晩中追い回したんだが、明け方に森の方で結局見失ったよ……」


 森、と言われて僕はどきりとする。それでは、僕が彼らに“食育指導”をしていたあのときに、ミッシェルは近くにいたかもしれないということだ。


「明け方まで……それは本当に骨が折れただろうね。森で見失ったそうだけど、何か手がかりになるようなことはなかったかい?」

「いや……残念ながら奴の痕跡は何一つ発見することは出来なかった……全く面目が立たない……」


 一概に森とはいっても、それはシスキマの町を覆い隠すことができるほどの広さを持っている。この様子からすると、ミッシェルはどうやら僕のしていたことには気づかなかったか、僕が演技を見抜けられないほどの切れ者か、だね。


「あ、あの、昨日何かあったんですか?」


 そこで昨日のことを知らないティリアがおずおずと口を開いた。

 僕はかいつまんで事情を話すと(酒場で飲んでいたことはもちろん内緒だ)、ティリアは顎に手をやり頷いた。


「なるほど、そんなことがあったんですね……しかし、ミッシェル大尉が精霊装を展開させたにも関わらず追いつけないとなると、おそらく昨日大尉たちを監視していたというその者も……」

「精霊騎士、だろうね。まったく……それがもしザギール軍の者だとしたら一大事だぞ……。この町には関門を抜けてザギールの精霊騎士が潜伏しているということだからな」

「ザギール軍じゃなくても厄介だけどね。昨日僕達襲って来た連中も殺されてしまったし、病院の医者が何かを知っていることに賭けるしかないね」

「おい、待てカナキ。殺されたって、昨日俺たちを襲った連中のことか?」

「ああ、そうだ、まだ言ってなかったね。君が精霊騎士を追ったあと、僕が憲兵の所に奴らを連行していた際、何者かに襲撃に遭ってね。僕はなんとか無事だったんだが、連中は全て狙撃されて即死だったよ」

「なんてことだ……敵はやはり集団ということか……」


 悔しそうに拳を握るミッシェル。連中を守れなかったことを糾弾されるかと思ったが、彼は思った以上に物分かりがよく、優秀なようだ。


「それでは、カナキ大尉はこれから雇い主と思われる病院の医師の所へ向かうのですか?」

「うん。あ、これは任務とはまた別件だから、君は気にしないで休んでいてくれていい。その代わり、僕がいない間何かあったら隊の方は任せたよ」

「ッ……はい、了解しました」


 先んじて僕に同行することを拒否すると、ティリアは渋々ながら頷いた。察しがよくて助かる。


「俺はカナキに同行しよう。いいな?」

「ふ、拒否権もないみたいじゃないか。勝手にしなよ」


 ということで、僕達はそこでティリアと別れ、シスキマ唯一の病院へ向かうことにした。

 しかし、病院に着いたとき僕達が耳にしたのは、その病院唯一の医者が今朝自宅で殺されているのが発見されたという、手がかりが完全に潰えたという事実だった。


読んでいただきありがとうございます。

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