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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
第二部 神曰く、死とは救いであり殺めるとは善行なのである
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異世界の戦場 3

「エイラッ! 七時の方向にある土嚢の後ろに、三人隠れてる!」

「あいよっ!」


 エイラが空を舞い、体を捻りながら双銃を乱射し、敵の体に穴を開ける。

 やはり精霊騎士は強力だ。特にC級精霊装『カドゥケウス』を自在に操るエイラの腕には脱帽する。

 ここまで来るのにおよそ三十分。その間、E級精霊装を持った精霊騎士に二度遭遇したが、どれもエイラが撃退してくれた。他の少年兵たちも、流石に被害皆無とはいかないながらも、未だ二十名以上が生き残って、私に付いてきてくれている。子供特有の神聖力の高さで、通常の兵士たちよりも能力が高いことも、この生存率の高さに繋がっていた。

 ポイントαまで既に十数メートルだ。あとは私たちが伏せている大砲の射程外に出れば任務完了。あとは必死に逃げて生き残るだけだ。

 だからだろうか、少し気が緩んでいたのかもしれない。直後、展開していたレンズの一つが破壊され、網膜に針を突き刺されたような痛みが走ったとき、私は情けなく悲鳴を上げながら、敵の正面で膝を突いてしまった。


「ティリアッ!」


 エイラの声が聞こえるが、距離は遠い。そして、二個目のレンズが破壊されたことで、使用していたレンズが五割になる。つまり、レンズを一つ失った影響が、すぐさま視力の低下となって如実に私を襲った。


「ぐぅうう……」


 肉眼で見る景色が、霧でもかかったかのように霞む。数メートル先の敵の輪郭が、まるでゆらゆら蠢く湖に映った自分の影のように、その実体を掴めなくなる。


「お姉ちゃんっ!」


 そのとき、近くで少年の声が聞こえ、重なる発砲音。次いで、汗ばんだ小さな手が私の手を掴み、後ろの方へぐいぐい引っ張っていく。


「君たち……」


 それが、私が指示を出していた少年兵たちだということはすぐに分かった。彼らが命を賭して私を守ってくれたことに深い感動を覚えると共に、自分の役割がまだ残されていることを悟る。


「ごめん、ありがとう! エイラ、私はいいから、四時の方向に回り込もうとしている敵を叩いて!」


 残った二つのレンズを再接続、脳内に再び映った映像の中、身を低くして先回りしようとする敵を発見し、エイラに殲滅の指示を出す。


「ッ、くそが!」


 悪態と共にエイラはそれを瞬殺。その後も発見した敵を報告し、皆に指示を出す。再び私たちは持ち直し始めた

 大丈夫、まだいける!


 銃声が轟き、脳内に浮かんでいた映像が急にプツリと途絶えた。


「え……」


 私は肉眼を開くも、そこにあったのは全くの闇。そして、次に襲ってきたのは、レンズを三つ――つまり、残っていた全てのレンズを破壊されたことによる視力の喪失と、狂いそうなほどの激痛だった。


「う、ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」




 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い何も見えない痛い怖い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!




「ティリアッ! 狙撃だと……くそ、どこから!?」


 聞いたことのないようなエイラの切羽詰まった声が聞こえたが、激痛と盲目となったことへの絶望で、私はただ狂ったように叫ぶことしか出来ない。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」


近くで私の肩を揺らす小さな手と、涙声が聞こえる。

そうだ、私はこの子たちの指揮官で、私が指示を出さなくちゃ……。




でも、どうやって?




「いやぁあああああああああああああっ!」


 改めて突きつけられた事実と、その絶望に私は泣き叫んだ。だが、その間にも少年兵たちが一人、また一人と倒れていく。


「お前ぇ、やっと見つけたぁ!」

「ッ、こんなときに……!」


 エイラも誰かと交戦している。相手の声に聞き覚えがあったが、そこまで考えることが出来ない。

 私の肩を揺さぶる手が、急に消えた。


「ッ……!」


 小さなものが倒れる音が聞こえて分かった。私を揺さぶっていた彼女が撃たれたのだ。その事実に、私はやっと正気を取り戻した。


「ッ、大丈夫!?」


 名前も、顔さえ分からない彼女の小さな体を抱き起し、触診で容態を確認する。肩に一発の銃創。だが、まだ息はある。私は、彼女を背負うと、近づいてくる足音から逃げるように走った。


「うっ」


 だが、盲目の私が、障害物を避けて逃げられるわけがない。

 土嚢に足を取られてもたついた時に、背中に軽い衝撃。バランスを崩して倒れた拍子に、背負っていた少女も地面に転がる。起こそうとして、感覚で分かった。今ので、背中に背負っていた彼女が、私の代わりに撃たれたのだ。


「ッ……」


 バカか私は!

 後悔と怒りで頭の中がぐちゃぐちゃになる。反射的に銃を撃ち返そうと思ったが、先ほどの拍子でどこかに落としてしまい、拾うことも出来ない。


「ッ、なんで見えない!」


何も映さない自分の瞳を、私はぐちゃぐちゃにかき回したくなる。そんなことをしてもどうにもならない。理性で分かっていても、今の私の中はぐちゃぐちゃで、何がなんだかもう分からない。

 やがて銃声の数が減り始めた。それは、勿論敵の数が減ったのではなく、その逆だ。こちら側から聞こえるのは、エイラのものであろう連続した銃声以外は、単発的なものだけになっていた。


「ごめんね」


 不意に、そんな言葉が漏れた。ごめんね。誰に、どういう意味で言っているのか、私にも分からなかったが、私は繰り返し呟いた。


「ごめんね、ごめんなさい」


 右手を、誰かが握ってきた。握り返すと、私よりも全然小さな手だ。背負っていた少女の手だ、とすぐに分かった。


「ごめんね、私がもっと、上手くやってたら」


 そう言って、私は初めて自分の謝罪の意味を理解した。そうか、私はあの子たちを死なせてしまったことに謝っていたのか。

 とはいえ、私にしては上手くやった方だと思う。それもこれも、あの青年が真っ先にやられてしまったせいだ。あの人がいたら、私なんかよりもっと上手くやっただろうに。


「――よくやった。もう大丈夫だよ」


 そんな八つ当たりのようなことを考えていると、不意に優しい声が聞こえた。

 直後に爆音が轟いた。熱風が肌の表面をチリチリと焦がすように撫でる。何が起きたのか。私は撃たれた少女を庇うように抱きしめ、ただそれが過ぎ去るのを待つしかない。

爆音はしばらく断続的に続いた。誰かの叫び声、怒号も微かに聞こえたが、爆音の中にすぐに掻き消えた。

 ……終わったの?

 爆音が止んだあと、銃声は全く聞こえなくなった。何も見えないが、既にここは戦場ではなく、戦場跡となったことが肌を通して感じられた。

 誰かがこちらに歩いてくる音が聞こえる。ザギール軍の兵か。撃たないということは捕虜にでもする気だろうか。この盲目になった私を? そんなわけないと私は鼻で笑った。盲目とわかれば殺されるだろう。それならそれでいい。私は特に抵抗もなく、その未来を思い浮かべた。


「――だいぶ被害が出たね……でも、君たちが無事でよかった、本当に……」


 だからこそ、聞こえてきた声が彼の、カナキ・タイガのものだと分かったとき、私は既に見えない瞳を見開いた。


「……その眼、そうか……。君は、目が見えなくなったあとも、この子を守ろうとしたんだね。大丈夫、これくらいならすぐに僕が治せるよ」

「その声……ちゅ、中尉ですか! 生きてたんですね!」

「はは、なんとかね」

「て、敵は!?」

「とりあえず目の前にいたのは壊滅したよ。作戦が成功したんだ。それも全て、君の功績だよ」

「そ、うですか……」


 力がどっと抜けた。何がなんだか分からないが、ひとまず私達は窮地を乗り切ったようだ。


「ちょっと二人とも動かないでね」


 言葉とともに、体に心地よい力が流れ込み、優しい暖かさに包まれる。

 青年が何らかの魔法を使ったのだということを遅れて悟った。


「『陣地治療(キュアラー)』という回復魔法さ。このまま安静にしていれば折れた腕の方はすぐ治るけど……」


 おそらく彼は今私の眼を見ているのだろう。

 私は静かに首を振った。別に期待もしていない。それよりも、彼に訊きたいことが沢山あった。


「そんなことより、あの、エイラと、他の子どもたちは……」

「……ヴァース少尉は無事さ。少年兵もみんな無事、とは勿論いかないけど、可能な限り助けたから、半分くらいは助かると思うよ」

「中尉が、助けてくれたんですか?」

「……今更こんなことを言うのは虫が良いことは分かってるけど、一応君たちは僕の部隊の部下だからね。大事な時にいなかった時点で隊長失格だけど、僕がいない間、君が必死になってみんなを守ってくれたおかげで守れた命があったんだ。……本当にありがとう」


 目は見えない。だが、眼前で彼が――カナキが私に深く頭を下げているのは分かった。

 私は、彼に対してあった一抹の猜疑心が消え、それが信頼へと変わっていくのが自覚できた。彼は、確かに何を考えているのかよく分からない部分があるが、目の前で頭を下げる彼こそが、本当のカナキ・タイガなのだろうと思えた。このときはまだ知らなかったが、後からそのとき戦場にいた人から、彼が包囲されつつあった私達をどれだけ無茶をして助け出したのかを聞き、彼への信頼は確たるものとなった。

 とにかくそのときの私は、カナキの思わぬ行動にただ慌てるしかなかった。


「そ、そんな! お礼を言われることなんて私、してないです! こ、この通り眼も見えなくなって、中尉のお役にはもう立てそうにありませんし……」

「いや、それなんだけど、肉眼の回復は無理だけど、景色を見ることだけなら出来るかもしれないよ。少し心当たりがあるんだ」


 耳を疑うことを彼はさらりと言ってのけた。


「め、眼が、見えるようになるんですか!?」

「き、期待はしないでくれたまえよ。あくまで可能性があるっていう話だからね」


 我ながら引くほどの喰いつきだが、こればっかりはしょうがない。もしかしたらまた現実の、色彩に溢れたあの世界に戻れるのかもしれないのだ。

 カナキは少し困ったような口調だったが、前傾姿勢になった私の肩に手を置くと、羽毛のような優しい声音で言った。


「とにかく、君はとりあえず休みなさい。後の事は全て私がやっておくから。大丈夫、目が醒めれば、全てが良い方向に回っているから。君は僕に任せて、今はゆっくり眠るといい――」


 彼の言葉を聞いた途端、抗えないほどの強烈な睡魔が襲ってくる。先ほどまであれだけ興奮していたのに、緊張の糸が切れたことで、どっと疲れが押し寄せてきたのか。


「ッ……はい……中尉、あの……本当に、ありがと、う……ござ……」


 私は気を抜けばすぐに眠ってしまいそうな中で、どうにかそれだけは伝えようとしたが、最後まで言い切る前に、私は底なし泥のような深い眠りの中に落ちて行った――


読んでいただきありがとうございます。

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