クリスマス的な何か ⓶
あの女、今日という今日は絶対にお灸をすえてやる。
心の中であの女の性悪な笑顔を浮かべていると、隣を歩いていたフェルトが僕の顔を覗き込んできた。
「ちょっと、なんて顔してるのよ」
「え?」
「え、じゃない。あんた今、いつもじゃ考えられないくらい気持ちが表情に出てたし」
「うそ」
口の端を人差し指でぐにぐに動かしていると、フェルトが呆れたように溜息を吐いた。
「はぁ、ほんとよ。だからさっきからサーシャだって怖がっちゃって、ずっと黙ったままなんじゃない」
「え、そうなんですか?」
「わ、私はそんなこと思っていません! ただ、タイガ様が考え事をしていらっしゃるようだったので、邪魔をしてはいけないと思っていただけです!」
どうやらサーシャにも余計な気を遣わせてしまっていたようだ。
僕も大人の端くれである以上、何事においても切り替えが大事だ。たとえ、ここにくるまでにどんな嫌なことがあったとしても、目の前にいる二人には関係のないことだ。授業でも、前の時間のクラスが騒がしかったからって、次の授業でも、違うクラスに同じような印象を持ってしまってはいけないからね。
「お二人ともすみません。ちょっと私事でトラブルがあったもので、そのことをふと考えてしまっていました。今日は僕から誘ったのに、申し訳ないです」
「い、いいえ! お仕事は大事ですからね、仕方ありません!」
「ていうか、その仕事って絶対ロクなもんじゃないでしょ……」
「フェルトちゃん、そういう言い方はタイガ様に失礼だよ!」
サーシャ達は飼い……知り合ってから、結構時間が経ったが、未だにフェルトが気を許してくれない反面、サーシャの方はかなりなつくようになった。というか、最近は仮に僕が何かを命令したら、大抵のことは従ってくれるのではないかと思うほどの従順っぷりだ。もちろん、それら全てが演技である可能性もわずかながら存在するが、もしここまで巧妙に隠せるならばむしろ僕の手には負えない相手だったと納得できる。それほどまでに彼女から信頼は目に見えて大きかった。
「……と、着きましたよ。ここが、今日来たかった場所です」
僕が足を止めると、二人が着いた店を見て「あ」と同時に声を上げる。
「ここって……最近有名なケーキ屋さんじゃないですか!」
「あんたが今日来たかったって言ってたのってここ? でも、流石に今日は予約してなきゃ入れないでしょ……」
窓から見える店内は確かに人で溢れ返っている。フェルトのいう事はもっともだろう。
「あ、そこらへんは大丈夫です。今日ちゃんと予約してあるんで」
「「え」」
サーシャとフェルトの声が重なる。
僕は入り口の扉を開け、ウェイターに人数と予約していた名前を告げると、奥の壁際の席に案内された。
「人数はそのままで。ただ、ホットコーヒーだけ先出しでお願いします」
「かしこまりました」
一礼して去っていく店員を尻目に、僕は笑顔で対面の二人に語り掛ける。
「それじゃあ、二人共好きなものを注文してください」
「ちょ、ちょっとまって!」
折角ここぞとばかりに決め顔を作ったので、フェルトの待ったって台無しになった。
「なんですかー」
「なんですかー、じゃないわよ! なにこの手際のよさ! アンタ、また何か悪事の片棒を担がせようとしてるんじゃないでしょうね!」
「失敬な。僕はただ、常日頃“対等な立場で”仕事をしているお二人に少しでもリフレッシュして頂けたらな、と思ってこのような場を作っただけで他意なんてありませんよ」
「そ、そうだよフェルトちゃん! タイガ様に失礼だよ!」
そう言いながら、サーシャの視線はメニュー表に落ちたまま上がることはない。
「折角タイガ様が、日ごろの部下、いや、奴隷の仕事を労ってくれているのに、それを邪推するなんてもってのほかだよ! あ、このシュークリームなんて美味しそう!」
「サーシャ……」
呆れた顔でサーシャを見るフェルトの気持ちも分かる。僕も逆の立場なら、呆れるどころか一発張り手を入れていてもおかしくはない。
「これも、これも、これも……あ、これも美味しそう! うーん、どれにしようかなぁ……」
「気にしないでください。今日は僕がお二人に感謝の気持ちを表す機会として勝手に設けた場なので、もちろんお好きな物をいくつでも頼んでくれて叶いません。もちろん、どんなものを、何個でも頼んでくれて構いません」
「ッ!? ~~~~~~ッッ!!」
ふむ。
ケーキ屋で身震いする女子を初めてみたよ。
「ほ、ほ、ほ、ほ、ほんとですかタイガ様……!?」
「もちろんだよ。むしろ、日ごろの行いをこんな形でしか返せない僕をどうか許してほしい」
むしろ、これくらいで魔晶石一つの価格すらないもので補完できるなら容易いものだが。
「い、いいえ、そんなことはありません! タイガ様のご厚意、謹んで承らせていただきます!」
そんな僕の打算的な思考とは裏腹に、テーブル席で平伏絶倒するサーシャ。流石の僕も居心地が悪い。
「こら、サーシャやめなさい。そんな姿が他の下級手配者に見られたら舐められるよ!」
幸い、それはフェルトが論理的な理由で諭してくれたため、「うう……」とすごすごとサーシャも引き下がってくれた。こういう場でも打算的な思考が働くのは彼女の長所の一つでもある。
「ぼ、僕もあまりこういう場面は他の学校の知り合いに見せたくないのでご遠慮させていただければ嬉しいです……ただ、先ほどの好きなものを好きなだけ食べていいという話は本当なので好きなだけ注文してください」
「やったー!」
嬉しいときに本当に「やったー!」という人を僕は初めて見たよ。
その後、言葉通り大量に注文したサーシャ、そしてフェルトの注文を終えて店員が厨房へ下ったとき、フェルトが小声で囁いた。
「それで、見返りは何なのよ」
「あの、僕だってたまには純粋に日ごろの感謝を伝えたい日だってあるんですよ?」
「はいはい。それで、本題は?」
「…………」
あまりの信用の無さに僕も絶句するしかない。
まあ、確かに彼女の言う通り下心はあるのだが。
「…………サーシャさんくらいの歳の女性が好みそうなケーキを教えてください」
観念してそういうと、フェルトは意外な顔をしたあとに、ぷっと噴き出した。
「ここは笑う所ですかね」
「ふふっ、ごめんなさい。あまりに意外なことをいうものだからつい……いいわ。あとでサーシャにもさりげなく相談して、学園生にも受けるようなお土産を相談しておいてあげる」
「……ありがとうございます」
そこそこ賢しい所も、フェルトの長所の一つである。
そのことを改めて感じながら、僕は店員に「イチゴのショートケーキ濃厚プリンモンブラン抹茶プリンフルーツタルトシュークリーム……」と呪文のように唱えるサーシャを見て財布の中をこっそり確かめるのだった。
読んでいただきありがとうございます。




