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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
たとえ夢路の中でも(※Twitter企画)
133/461

夢の終わり

これにて短いようで長かったTwitter企画も終わり、同時に死刑囚も完全に完結しました。今までありがとうございました。

「…………」


 手応えはあった。金木の作り出したトラックも幻のように掻き消える。


「や、やりましたか?」


 金木に近づき、一応生死を確認する僕にフィーナが問いかける。

 分解魔法は正常に働き、貫通した金木の胸部に見事な風穴を開けていた。

 瞳孔も開き切っているし、まず金木は死んでいるとみて間違いない。

身体能力は向こうが上、更に物質を創造する能力まで持った普通なら勝ち目のない相手であったが、こちらは金木の知らない魔法を使えたうえに、フィーナがいた。そして、金木が過去の僕である以上、その思考もなんとなくは掴めていたのも勝敗を分けた原因かもしれない……。


「いや、待て」


 首を振った僕を見てフィーナが息を吐き、こちらに歩いて来ようとしたが、、直後に僕がフィーナに掛けたのは制止の言葉だった。

 意外な言葉だっただろうが、フィーナは即座に応じてくれた。良い子だ。

 僕達が見守る中で、金木の体は砂のようにして見る間に崩れ去り、やがてそこから、異形の怪物が飛び出した。

 とはいっても、別段脅威を感じるものではない。黒い外套を頭から被ったようなその怪物は、背丈も僕と変わらないくらいしかなく、しかも二本足で立っているので一見黒い布を羽織った人間に見えなくもない。ただ、その怪物に顔はなく、代わりに口だけは付いており、開いた口の隙間から覗く鮫のような歯は、今は強く噛みしめられていた。

 どう考えても、それが僕たちをこの夢の世界に閉じ込めていた張本人、ウィゴールだということに間違いはなかった。


「ああ……口惜しい、口惜しい……」


 怪物は妙な響きのある声を悲しみで震わせ、嘆くように言った。


「目の前にこんな……数百に届くばかりの新鮮で強靭な魂魄があるというのに、それを眺めるばかりで味見することすら叶わんとは……ああ口惜しい」

「これが……ウィゴールの正体……」


 いつの間にかこちらまで来ていたフィーナが、気圧されるように僕の後ろに後ずさった。

 すると、嘆き悲しんでいたウィゴールの言葉が止み、頭を動かした。顔がないので判然としなかったが、奴がフィーナを見ているということだけは分かった。


「おお……死の世界で迷いし子羊よ。せめてそなたの魂魄だけでも喰わせてはくれぬか」

「ッ……お断りします!」


 怯えていながらも、そこまで啖呵を切ることが出来れば上等だ。

 しかし、それより僕はウィゴールの言葉が気に掛かった。


「待ってください。それって、このフィーナ君は本物の魂を持ったフィーナ君ってことですか?」

「おお、同胞よ。見て分からぬか。その子羊は我が世界の有象無象とは違う。死の世界の淵で惑っていた故、同胞の魂を呼び寄せるために使うたのだ。同胞にとって大きな存在であった魂魄であると思うていたが、予想通りの働きをしてくれた……にも関わらず、ああ口惜しい……」


 僕のことを同胞と呼ぶこと(魂喰のことを指しているのだろう)とか、最後の方もほとんど聞いていなかったが、このフィーナが夢幻ではないということだけは分かった。

 だから僕は、戸惑っているフィーナの方を向いて、


「やっぱりフィーナ君はフィーナ君だ!」


と、顔をくしゃくしゃに歪めて笑った。相手にどう見えるかなんて全く考えないで笑ったから、すごい顔をしていたと思う。


「これは異なことを……所詮この夢が醒めれば、その子羊は元いた場所、死の世界へと戻るだけのこと……おお、ならば我がこの世界を永遠に維持してしんぜよう。それならばそなたたち二人は、この世界で永遠の契りを結ぶことが出来るであろう。だから、同胞よ。そなたの魂魄、全て寄越せとは言わん。この世界に必要な量以外、我に寄越せばその願いを……」

「お断りです!」


 答えたのは僕ではなかった。

 フィーナが風刃を作りだし、ウィゴールの体をズタズタに切り裂いた。

 バラバラになり、宙を泳ぐウィゴールの体は砂塵のように消える。


「おお、口惜しい……。このような結末なら、大人しく子羊の魂魄だけ喰ろうていれば良かったわ……」


 それっきり、ウィゴールの気配は完全に消えた。

 殺したとは思えなかったが、なんとか撃退することには成功したようだ。

 そして、ウィゴールの気配が消えた瞬間、世界の崩壊が始まった。


「! これは……」

「終わり、みたいだね。こんなに早いなら、もうちょっと金木を泳がせていても良かったかな」


 フィーナは静かに首を振った。


「いいえ、彼は放置するには危険すぎる存在です。万全の準備を整えられていたら、私達の勝機は薄かったでしょうし、何より、先生には帰らねばならない場所があるはずです」

「…………」


 聞かずとも、それが現実世界を指していることは明らかだった。

 自分たちを中心に、外側から崩壊を始めていたこの世界だったが、徐々に僕達のいるところも崩壊の兆しを見せ始めていた。周囲の雑木林が木のてっぺんから白み始め、まるで消しゴムで消すかのように無くなっていく。


「君は……これで良かったのかい?」


 あと五分もしないうちに、やがてここも無くなるだろう。そうだと言うのに、僕の口から突いて出たのは、どうでも良いことだった。今日は何故か一日中、彼女に掛けるべき言葉――求めているだろう言葉がすんなりと出てこなかった。


「正直に言えば怖いです……死んでからの記憶はありませんが、どこか暗く、冷たい場所にずっといたような感覚はありますし、これからまたそこに戻るのかと考えたら、動けなくなってしまいそうなくらい怖いです……。でも、それで先生を巻き込むことは違うし、絶対に嫌なんです! 私は終わった人間であり、先生はこれからがある人間なんですから!」

「…………」


 まただ。僕は、彼女に何というべきかがすぐには出てこなかった。

 いくらしっかりしているように見えても、彼女は十六の少女だったのだ。そりゃ死ぬのだって怖いし、記憶がなくとも死の感覚が残っているなら尚更だ。彼女は本来、僕を巻き込んで、この世界にずっといるということも出来たはずなのだ。

 だが、彼女はそれを是としなかった。何故だ。理屈は今彼女の言った通りだ。彼女の言ったことは全て正しい。だが、僕が分からないのは、何故彼女がそこまで強くなれるのかということだった。

 このとき、フィーナにそれを聞いていれば、もしくは僕のこの疑問も晴れたのかもしれない。だが、時間が無かった。真っ白な“無”は、もうすぐそこまで迫ってきていた。この疑問は僕の終生の疑問となるかもしれない。これから生きていく中で、彼女の強さの根源を知ることが僕の生きる意味であり、存在理由(レーゾンデートル)ではないかと、このときは真剣にそう思った。


「……ありがとう」


 だが結局、僕の口から出たのは何の工夫もない感謝の言葉だった。

 それでもフィーナが柔らかく笑ってくれたのが幸いだったかもしれない。

 そんなフィーナに向かい、僕は一歩近づいた。


「フィーナ君」

「なんです……んッ!?」


 僕はフィーナにキスした。

 まだ暖かそうな頬ではなく、今度は唇に、だ。

 間近で藍色の瞳が二回瞬く。彼女の瞳の中で星が散った。

 久しぶりに合わせた女の唇は熱く、柔らかく、瑞々しかった。ああ、また他の女の事を考えてたら怒られるかなとか最後だし舌も入れちゃっていいかなとかてかもう入れちゃってるんだけどフィーナの口の中はカラカラだし緊張してるのかなとか――――――


「~~~~ぷはっ!」


 喘ぐような声を出し、フィーナが唇を離したところでそれは唐突に終わりを迎えた。

 肩で息をするフィーナがこちらを睨む。その瞳にはもう星は散っていなかった。

 あれ、もしかして本気で怒らせた?

 だが、その強い視線はすぐに逸らされ、放たれていた怒気も萎むように収縮する。

 一転してしおらしい態度になったフィーナは、良く見ると耳が真っ赤だった。


「な、な、な、なに、なにを…………」

「これで、向こうでもちょっとはあったかいんじゃない?」


 向こうの世界は暗くて冷たいって言ってたからね。

 すると、フィーナは顔まで真っ赤に染めた。


「最後に掛ける言葉がそれですか!」


 今にも飛び掛かってきそうな、というか飛び掛かってきたフィーナを受け止め、僕は、


「愛してる」


 と、形の良いフィーナの耳に囁いた。

 フィーナが、がばっと僕の顔を見る。彼女の瞳の中で星が散った。

 僕は、フィーナに笑顔を向けた。いつもの――いつも以上に心を込めて作った、人を安心させる笑みのはずだった。


「ありがとうございます」


 はっと僕は息を呑んだ。

 フィーナは見たことないくらい大人びた表情で、柔らかく僕の顔を見た。その瞳は、僕の心の中を何もかも見透かしているようで、今の僕の言葉が本心ではないことに気が付いているようだった。


 世界は既に僕達の立っているところ以外、一面白色の世界に包まれていた。同時に、フィーナの根源、存在自体が不安定になりつつあることも分かった。


「私は、異性としてカナキ先生を愛していました。私は一緒にいられるだけで良いというエト先輩とは違いますし、出来れば先生にも私のことを好いてほしかったのですが……どうやら時間が足りなかったようですね。あと一週間くらいあればコロリといかせられたと思うのですが、残念です」

「ちがっ! フィーナ――」


 目の前の彼女の輪郭が朧げになった。

 彼女もそれには気づいているだろうが、浮かべられた笑顔には一点の曇りすらなかった。


「安心してください。先生が私を大事に想ってくれていることは分かってます……私のか、体にも興味があることも……。と、とりあえず私はそれでも充分なので、先生は気にしないでください!」


「……あなたは嘘がとても上手いです。感情を表に出さないことも。けど、それは出さないのではなく、厳密には“出せない”のです。人の感情を、あなたはもっと深く見てください。そうすれば、あなたも、いつか……――――」


「フィー……」































 気づけば、見慣れた天井のシミが見えた。


「――敵襲です!」


 いつの間に部屋に入っていたのか、扉の前で形式的なポーズを取るがティリアが、幼さの中にも大人っぽさを孕んだ声でそう言った。

 夢の中での記憶、感情がまだ頭に強く残っている。それらを掻きだすように頭を掻くと、僕は出来るだけ平静に聞こえる声音で訊いた。


「規模は?」

「分かりませんがかなり大規模な攻撃のようです! ブラウニー大佐が至急作戦室へ来るようにと!」

「……分かったよ」


 溜息を吐くと、報告をしたティリアが怯えたのが分かった。別に君に怒っているわけではないよ、と言いかけたところで止める。

 多分、彼が今一番欲しい言葉はそれではないはずだ。


「……大丈夫だ。僕が何とかするから」

「……は、はい!」


 ティリアが輝くばかりの笑顔を浮かべて頷いた。

 そのあと、いくつか指示して、僕もすぐに向かうからというと、ケリドゥは飛び去るようにして部屋を後にした。さて、僕も悠長にはしてられないな、と掛けていた軍服を羽織り、最低限の身支度を整え、ドアノブに手を掛ける。


「ご武運を」


 僕は勢いよく振り向いた。

 そこには、最早見慣れた僕の部屋しかなかった。

 僕は肩を落とすこともなかった。代わりに、どうにかその言葉だけでも、と懸命になって、なんとか声を掛けてくれたのかもしれない少女に、僕は心からの正直な笑みを向けた。


「行ってきます」


 それから少し考えて、あのとき言いたかった一言だけを付け加えた。




最後の一言は書いた後、ちょっと思いつきで消してみました。良ければ皆さまの想像で補完してみてください。


前書きの通り、これでこの作品は正真正銘完結です。続編は書こうかなぁという気持ちになりつつありますが、確かなことはやっぱり分かりません笑 良ければ、また感想などを頂けたらなぁと思います。


それでは皆様、最後の最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 既に終わっている物語だけれど、それでも、お疲れ様でした。
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