鏡の戦い
「……!」
フィーナと僕は顔を見合わせる、殺気の方向に顔を向けるなど決してしない。
「……彼、ですよね?」
「うん。けど、殺気を漏らすなんてヘマを僕がするとは思えないし、おそらく誘ってるね」
ここは目立ちすぎる。他の場所でやろうというわけか。
どうやら金木は、逆に自分が狙われていることについても理解しているらしい。我ながら察しが良いというか、複雑な気分だ。
じくり、と何故か痛みを感じた。咄嗟に痛んだ箇所を見ると、先ほど金木にカッターナイフを刺された箇所の傷が、未だ完治していなかったので驚いた。
まさか、ウィゴールの世界では、『魂喰』で溜め込んでいた魂魄が使えない――?
「カナキ先生」
名前を呼ばれ顔を上げた。
フィーナがどうするのか、と目で訴えかけてくる。少し考えた末、僕は言った。
「……行こう。どのみちこっちから“僕”を捕捉することなんてほぼ不可能なんだ。罠もあるだろうけど、逃す手もない」
少し迷った末、フィーナにはこのことを伝えないことにした。変に彼女に心配されても動きづらくなるだけだ。
フィーナは黙って頷くと、残っていたパフェを平らげる。あ、それは食べるのね。
やがて会計を済ませた僕達が店を出ると、こちらを見るひとりの青年を見つけた。間違いない。金木亮だ。
彼は踵を返すと、どこかに向かい歩き始める。
それに付いていこうとしたフィーナを僕は呼び止めた。
「二手に別れよう。君は別ルートから行って奇襲を掛けてくれ」
「……ご武運を」
素直に頷いたフィーナが、“僕”とは逆方向に歩き出し、やがて雑踏の中に消えた。僕も奴を見失わないうちに後を追いかけた方が良いな。
それから街中を小一時間歩くことになった。紛らわしい道を何度も通るので最初は不審に思ったが、やがてそれが僕以外の追手を撒こうとしているのだということに気づいた。フィーナと別れたところも見ていただろうし、警察の存在を警戒している可能性もある。フィーナの話では、僕に対して奴は並々ならない殺意を抱いているらしいが、他の脅威に対しても念入りに対処しているところは本当に大したものだ。僕も見習いたいね――
「……で、ここが終着か」
やがて辿り着いたのは、郊外にある小さな廃工場だった。周囲はここに来るときに通った一本道以外は木々に囲まれており、他の人間に見つかることはないだろうが、フィーナが隠れ潜む場所も多そうだ。念入りに追手を撒いたせいで、そっち方面はもう大丈夫だと判断したせいだろうか。
足を止め、こちらに振り向いた金木はマスクを取り、目にかかりそうな前髪をかきあげた。改めて見ると、本当に僕と瓜二つだ。
「――初めまして、で良いのかな? 他人の空似でもないだろうし、多分そういうことだよね?」
「うん、君の想像通りだよ。僕は未来から来た君だ」
隠す必要もない。正直に僕が答えると、金木は口の端を歪に歪めた。我ながらぞっとする笑みだね。
「やっぱりね。“俺”は幾つになった?」
「もう少しで二十七だよ」
「ははっ、これから僕はそんなに生きるのか。こんなことしてるし、案外すぐに捕まって死刑かと思ってたけど、なかなかどうして長生きできるもんだな」
「実際、死刑判決は受けるよ。むしろそのあとが、常識を覆すような刺激的な経験ばかりだったけど」
「死刑判決受けても死ななかったのか! それはいよいよ“俺”もただの誘拐魔を卒業かな。実際この実験にも飽きてきたし、そろそろ大きなことに挑戦しても良い頃合いだと思ってたんだよね」
金木と話していると違和感を覚えた。
そういえば、捕まるきっかけになったあの事件の前までは、僕は今のように卑屈ではなく、どちらかというと自信家だった。勿論、下準備や裏工作は今と同じように怠らずに行っていたが、あの頃は、自分が何でもできる気がするような、ある種の全能感を感じていたかもしれない。要するに天狗になっていたということだ。
「……人生の先輩としてアドバイスしておくけど、あんまり増長しない方が良いよ。“僕”は正真正銘の小悪党さ。小悪党は小悪党に相応しく、大きな夢は捨てた方が良い」
「……はっ、アンタはヘマしただけだろう? “俺”はそうはならないよッ!」
金木の殺気が膨れ上がる。
身構えた瞬間、いや違うとすぐに思い直す。僕が攻撃する前に殺気を漏らすなんていうヘマをするはずがない――
「――やっぱりいたか」
殺気におびき出されたフィーナが魔弾を放ち、それを予期していたかのように身を翻した金木がそれを捉える。空を切った魔弾は、視認が難しいほどの速さだったが、金木は容易に躱し、出所であるフィーナを捉えた。
「逃げろ!」
「ッ!」
自分がおびき出されたことを悟ったフィーナは悔恨の表情を浮かべ、木々の中へと消える。
直後、フィーナがいた辺りの木々が爆音と共に吹き飛んだ。
「ッ!?」
地雷だと……!?
そこでウィゴールの特性である創造の力を思い出した。やはりこの場所は罠だったと悟るのと同時に、自分のいる場所にも地雷がある可能性があることに気づき、魔力を熾して、金木へと肉薄する。フィーナが心配だったが、今は奴を倒すことが優先だ。
金木が迎え撃つ態勢を取る。その瞬間、僕の両手に蒼白い光が刃を作り、『魔力執刀』が発動する。
「ッ!」
危険を悟った金木が、僕の手刀をのけ反って躱す。更に逆手で手刀を振り下ろした僕の手首を金木は掌底で跳ね上げる。
身体能力は魔術強化したこちらに分がある。攻める手を緩めずに追撃を仕掛けようとした僕の鳩尾に、気づけば金木の右肘が入っていた。
「かっ……」
「フゥ――」
金木は呼気を乱さず、続けて回し蹴りを横腹に打ち込む。
狙いは先ほど奴にカッターナイフを刺された箇所。僕は、それを寸でのところで防御した。しかし、それで攻守は入れ替わる。
「……ッ」
意識を防御に切り替えた瞬間、金木の猛襲が始まる。
今の僕じゃあ到底及ばない、洗練された連撃だった。驚いたのは金木がジークンドーを使ってきたこと。今ではこんな動きはとてもできないが、全盛期の僕はそれを容易く行ってみせる。
ジークンドーの特徴である攻守一体かつ圧倒的な手数を、僕は唯一体術で金木に勝っているだろう防御の面で必死に食らいつく。
急所を守り、時折目つぶしや足払い試みるが、まるで心でも読まれているかのようにことごとく通用しない。
刺された横腹、そして先ほどやられた鳩尾に鈍痛が走る。瞬間的な痛みには慣れていたが、完治しない傷を負ったうえで戦いをするというのは久しぶりの経験だった。
そのせいだろうか、一瞬出来た防御の隙間を金木は見逃さず、重い拳が膵臓に打ち込まれる。
大きく息が漏れる。そのとき、視界の端に見えたフィーナの姿を見て、僕は思い切り後ろに跳んだ。
それを逃すまいと追随しようとした金木が後ろにいたフィーナに遅れて気づく。
「風刃!」
「つぅ!」
不可視の刃が飛び交い、金木は聴覚を頼りにそれを避ける。
呆れた格闘センスだが、無論無事とまではいかない。風の刃が金木の足を掠め、刹那の間、奴の足が止まった。行けるか……?
僕が『終末』を放とうとしたとき、金木がこちらに黒光りする物――拳銃を向けた。
身を翻した僕の傍を、ろくに狙いも付けないで放たれた銃弾が擦過する。フィーナが更に魔法を発動する前に、残っていた地雷が爆発する。
「くっ!」
当たりはしなかったものの、付近で爆発したために、フィーナも一度態勢を立て直すべく茂みに飛び込む。
「魔法か超能力か!? 厄介だな!」
「君の創造の力を考えたら足りないくらいだよ」
「はっ、じゃあやっぱりこの力もアンタらが原因か!」
工場の壁を盾にしていた僕が、顔を少しだけ出してそちらを覗くと、金木がフィーナに向かって小さなボールのような物を投げつけていた。
「逃げろ、爆発するぞ!」
「ッ!?」
僕の叫び声を聞いたのか、フィーナが駆けだした瞬間、鼓膜を震わす轟音。手榴弾から命からがら脱したフィーナに金木は拳銃――を捨て、アサルトライフルを構える。
「武芸ばっかりやってるのかと思えば……!」
悪態を吐きながら工場から出た僕に、予想通りとばかりに金木は反転し銃口を向けてくる。ストックがあれば構わず突進したが、今あれをもらえば即死だ。
いつも持ち歩いている魔導具がないせいで終末の発動も遅い。間に合うか……。
「はぁあ!」
「なにっ!?」
しかし、金木の行動を読んでいたのは僕だけでなく、フィーナも同じだった。
裂帛の気合いと共に飛び蹴りをしてきたフィーナを、金木は間一髪で躱す。すぐさまフィーナに銃を向け直すが、あの距離ならばフィーナの体術の方が早い。
フィーナの回し蹴りをライフルの銃身で受け止めた金木だったが、悪寒に身震いした。
「颶風――」
「しま……」
「炸裂!」
蹴りの炸裂点を中心に荒れ狂った暴風が、蹴りを加速させ、とんでもない威力を生み出す。
ライフルは瞬時に吹き飛び、金木は体一つでその中級魔法を受け止める。
――と、思われた。
「馬鹿な!?」
フィーナの蹴りが金木の横っ面を捉えようとしたまさにそのとき、蹴りが顔を“すり抜けた”。
フィーナにはそう見えただろうが、遠目から見ていた僕にはその種が分かった。スリッピングアウェーを応用した技術だ。
「確かに速いけどさぁ……」
「ぐっ……!」
首を掴まれたフィーナは苦しそうに呻く。
必死にその手を剥がそうとするが叶わず、そのまま片手で宙に持ち上げられる。
僕が懐に手を入れた途端、金木はフィーナを盾にする。僕が銃でも使うと思ったのだろう。だが、僕は銃なんて持っていなかったし、フィーナの体で僕から視線を遮ったのも良くなかった。
――凄まじい殺気を金木に向かって放つ。
「~~~ッ! ちぃ!?」
一流の殺気というのは、それだけで遠当てに近い性質を持つ。
体が硬直し、金木が一瞬だけ動きを止める間に、魔力を練り上げる。
魔力が分からずとも、僕の雰囲気で脅威を感じ取ったのだろう。金木が創造したのは巨大なトラックだった。
それを僕と金木の間に置いたのだから、魔法に対しての壁にするつもりだったのだろう。しかし無意味だ。この魔法に対して、防御は不可能だ。
「フィーナ君ッ!」
「づぅ……! げほっ、抜けました!」
その苦しそうな声を聞けば、もう待つ必要はない。
目を閉じ、聴覚に意識を集中させ、さっきの記憶を辿れば、金木の立つ位置はおおよそ検討がつく。
「――終末」
放たれた黒い光線がトラックを易々と貫通し、その先にいた金木の体を呑み込んだ――
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