ようこそ日本 1
「……今日だけで私をどれだけ驚かせば気が済むんですか……」
僕が元々はファンタゴズマではなく、この世界――地球で生まれた転移者であることを話したあと、フィーナは開口一番にそう言った。
勿論、大きな溜息を交えて、だ。
「まあ、僕もその原因が騎士団長にあったってことは最近知ったんだけどね。驚いたかな?」
「当たり前です……。でも、確かに先生にはどこか現実離れした、不思議な雰囲気がありました」
「うーん、そんなものかな?」
自分ではかなり周りに溶け込むよう自然を装ったつもりでいたが、やはり完璧とはいかなかったようだ。そのあたりは、もう理屈というよりは感覚に近い問題なので改善も難しいのだが。
「まあ、それはもうこの際良いとしましょう。それで、では私達が何故カナキ先生のいた世界にいるのかについては検討がつきますか?」
「はは、身に覚えが無いって話はさっきしたばかりじゃないか。ただ、この世界で現実の日本でないことは確かだね」
「その根拠は?」
「カレンダーさ」
僕は壁に吊るされていたカレンダーを指で差した。
それですぐに合点がいったフィーナが頷く。向こうの世界でもカレンダーは存在していた。向こうも一年が十二ヶ月というのはどこか作為めいたものを感じるけどね。
「なるほど……ですが、こちらの世界の暦は分かりません。二〇一〇年、というのは?」
「七年前、つまり僕が君たちの世界に行く二年前だね……気づけばもうそんな前の話になるのか、僕が日本にいたのは」
七年前、というと僕は十九歳、大学二年生の時か。
あの頃の僕と言ったら、短期大学に通いながら人脈を築きつつ、趣味に邁進していた時期だ。多分、あの時期の僕が一番活き活きしていたように思う。あらゆる犯罪に対して、行うことに全く疑問を抱かなくなっていたし、その行為自体に快楽を感じることがちょうど分かった時期だから、暇さえあればいつも犯行を起こしていた。
今の僕はそんなことはしないし、そこまで頻繁にアクションを起こせば警察にマークされやすいことも体感している。当時の僕は理解こそしていたが、実際に経験してはいなかった。
「七年前……つまり、この世界は過去の世界だということですか?」
フィーナの考え込むような声で我に返る。気付かないうちに、思考の海へと潜っていたようだ。
「そうだね、別次元の、それも過去の世界に転移させる魔法なんて僕は訊いたことないし、ここが夢の世界じゃないとすると、これは幻覚か何かじゃないかなって現段階で僕は睨んでる」
「夢の世界、ですか……」
フィーナは自分の手の甲を抓る。夢ならそれで醒めると思っていたのだろうか。
しかし、直後にフィーナは勢いよく顔を上げたので僕はびっくりする。
「! そういえば……!」
「ど、どうしたんだい?」
「以前、交流戦で訪れる前にアンブラウス様とカレン様に連れられて、ウィンデルの魔法図書館に赴いたことがあります。そのときに、魔導書庫で、今の状況に近い話を何かで目にしたような……」
フィーナが顎に手を添えて視線を落とす。今彼女の脳内では様々な記憶と知識が、超ハイスペックのパソコンさながらに高速で飛び回っていることだろう。
やがて顔を上げたフィーナは、僕に食い入るようにして問いかけてきた。
「この世界に、幻獣を列挙した図鑑などはありませんか!?」
「いや、あるわけないでしょ」
「あいたっ」
間近まで迫ったフィーナの頭に軽くチョップを入れると、彼女は可愛らしい悲鳴を上げ、我に返る。
恥ずかしそうにすごすごと着席したフィーナが、バツの悪そうな感じで言う。
「ですよね……しかし、その類の文献を閲覧した時に、今の状況に近い事例を目撃したはずなんです。内容は大体把握しているつもりですが、どちらにせよもう少し詳しい状況を調査したいところですね」
「うん、確かに状況の把握は最優先事項だね」
僕はフィーナから視線を外し、窓から外の様子を眺める。全開にされた窓からは生ぬるい風が部屋に流れ込み、酷い耳鳴りのように蝉がけたたましく鳴いている。
北海道とはいえ、七月ともなればかなりの暑さだ。僕は記憶を思い起こしながらクローゼットを開けると、適当なシャツとズボンを引っ張り出し、着替えを始める。
「な、何をしているんですか!」
「なにって、着替えだよ」
すぐさま飛んできた素っ頓狂な声に僕は手を止めずに答える。
「いくら外が暑いからって寝巻きで外に出るわけにはいかないだろう?」
「……なるほど、早速現状調査に行くわけですか」
「そういうこと」
すぐに状況を理解したフィーナに、僕は出来の良い生徒にするように頷いた。
着替えを始めた僕に対して律儀にそっぽを向く彼女に、歳相応のかわいらしさを覚える。
その後財布や携帯を持ち、準備を整えたところで携帯が朗らかな電子音を鳴らす。
「ひゃっ! な、なんですかッ!」
驚いて飛び退き、魔導具を展開しようとしたフィーナだったが、直後に驚きに包まれる。
「ッ! わ、私の魔導具がない!?」
「お、落ち着いて。とりあえずこれはただの電話だから……」
フィーナを宥めつつ、電話の相手を見ると、そこには「加賀谷翔矢」の文字。
「加賀谷……ああ、そういやいたっけ」
記憶を探ってみると、確かにそんな友人が大学にいた。大学卒業後は全く会っていなかったため思い出すのが遅れたが、高校も一緒だったため、そこそこ良好な関係であった友人だと思う。
しかし、そんな彼が僕に何の用か。少し警戒しながらも、僕は通話ボタンを押して携帯を耳にあてがう。
「……もしもし」
『あ、やっとつながった。おい“亮”! 今どこにいるんだよ?』
亮。
その懐かしい響きに、僕はわずかに表情をほころばせた。
「んー、まあちょっとね。何かあったのかい?」
『はぁ!? お前、今日の二限の小テスト、対策プリントをお前が今日渡してくれるって約束してたろ!?』
そんな約束をしたことがあっただろうか。
加賀谷は勉強が出来ないわけではなかったが、勉強自体は好きではなかったため、しばしば講義を休むことはあった。その際、僕にこのようなお願いをしたことが確かにかもしれないが、真実かどうかは今は分からなかった。
「うーん、そうだっけか」
結果、曖昧に返事をすると、携帯のスピーカーから怒声が返ってきた。
『ちょ、お前マジかよ! そのプリントもらうために、この前お前に焼肉奢っただろうが! 食い逃げとか良い度胸してんじゃねえか!』
携帯から耳を離しても聞こえてくるほどの音量。これでは彼の周りにいる人もだいぶ迷惑だろうな、と他人事のように考える。
「友人がお悩みですか? それなら行った方がよろしいのではないでしょうか?」
すると、話を大体察したらしいフィーナが驚く提案をしてきた。
「どうしてだい? 今は現状調査をした方が良いと思うのだけれど」
「ええ。ですから、先生は今話されているご友人や学校が、自分の記憶通りのままかどうかを調査してきてください。私は私で周囲を散策するので、効率もずっと良いでしょうし」
なるほど。そういう考え方か。
しかし、それにはまだ不安も残る。
「離れ離れになって、襲われる可能性だってあるけど」
「それはこの際、もう仕方のないことかもしれません。タイムリミットが課せられている可能性がある以上、あまり悠長に調査に何日も時間を避けませんし、それに、襲われるならば私達が眠っている間に攻撃を仕掛けてくる方が最も合理的です」
「……分かったよ」
フィーナの発言に悉く合理性を見出した僕は、なおも大音声が声が聞こえてくる携帯を耳に当てる。
「分かった分かった。今から学校に行くから、二十分後に食堂に集合な」
『頼むぜほんと! じゃ、待ってるぜ!』
ブツリ、と一方的に電話が切られ、僕は溜息と共に携帯をしまう。
僕は引き出しを開けると、その中から一枚の喫茶店の住所が書かれた名刺を取り出した。
「それじゃあ三時にこの店に集合にしよう。地図は裏に書いてあるから。いいかい、無茶だけはしないこと」
「分かっています。むしろ、それは先生に言っておきたいです」
名刺を受け取ったフィーナがつっけんどんに言う。
セルベスの制服はここらへんではあまり見ないデザインだし、平日のこの時間に外を歩いていたら少し厄介になるかもしれないな。
僕はクローゼットから、フィーナに丁度良さそうな服をピックアップした。
「うん、ちょっとサイズは大きいと思うけど、これに着替えて。その格好じゃあ少し目立つかもしれないから」
「そうですか。分かりまし……た」
特に何か言うわけでもなく僕から服を受け取ったフィーナだが、受け取った服を確認して硬直した。
ジーンズ生地のスカートは太ももの半分程度の長さしかないペンシルスカートで、シャツは白と紺の横にボーダーが入ったもので、そのうえに羽織る半袖のジャケットは大人な雰囲気のデザインだ。
それら一式を確認したフィーナは、恐る恐ると言った様子で僕に問うてくる。
「先生……、何故あなたの部屋に、こんな服が……」
「ああ、それは確か……この頃の元カノが置いて行った物だね」
偶然だが、あって良かったと僕が笑うと、
「~~~ッッ!! この、無神経ッ!」
受け取った服を僕にぶつけ、本気で襲い掛かってきたフィーナをやり過ごし、家を出る頃には更に十分程度の時間を要してしまった。
読んでいただきありがとうございます。
なお、ペンシルスカートというのは、太ももの方に掛けて、スカートが細くなるタイトスカートの一種ですね。




