ココロオドル
「馬鹿な……本物の、フィーナ君だと……」
それから三十分後、リビングには驚愕に打ち震える僕の姿があった。
テーブルを挟んで向かいには、勝ち誇ったようにこちらを見下ろすフィーナが腕を組んでいた。
「どうです、やっと理解していただけましたか」
「ぐ……認めるよ……けど、それならどうして最初からそう言わなかったんだ!」
「だからずっと言ってました! なのに、先生がずっと聞く耳を持たなかったからではないですか!」
そう叫ぶと、フィーナは疲れたように肩を下げた。額にはうっすらと汗まで滲んでいる。
「朝からこんな叫んだのは今日が初めてかもしれません……あ」
そこでフィーナは思い出したのか、少し困った顔を浮かべた。
「とはいっても、もう死んでいる身なのですが……」
「……」
彼女に、なんと言葉を掛けたら良いのか。少し考えた末に、僕は筋違いとは分かっていても、頭を下げることにした。
「すまなかったね」
「な……何故先生が謝るのですか」
「君を守れなかったからだよ。敵だったならともかく、僕の本性を知ったうえで付いてきてくれようとした君を守れなかったんだ。ずっとこれだけは言っておきたかったんだ」
あのとき、フィーナは僕を肯定してくれた。許してくれた。なのに、それに報いることが出来なかったことは、あれから“数ヶ月が過ぎた”今でも、楔のようにして時折僕の心の奥底に残っていた。
やがて僕が顔を上げると、フィーナは少し困った顔で笑っていた。
「……先生は変な所で律儀ですね。それなら、クラスメイトを殺したことの方を謝ってください」
「あれは僕自身が選んで行った行動だからね。君には申し訳ないとは思うけど後悔はないし、謝ることは出来ないよ」
「……本当に仕方のない人ですね」
「おいおい、それだけで良いのかい? 今なら一回くらい殺されるのもやぶさかじゃないよ」
「無理です。出来ないですよ。そんなことできたら、あのとき先生にあんなことは言いませんでした」
「…………」
「……それでは話が少し逸れてしまいましたが、私が本物と分かったところで状況を再確認しましょう」
僕が何と言おうか迷っていると、フィーナは気を遣ったのか、明るい声を出して話題を変えてきた。
少し迷ったが、フィーナに返す言葉が見つからない今の僕では、今の話を蒸し返しても何の益も生まないだろう。フィーナの提案に乗ることにした。
「……そうだね。それじゃあ早速なんだけど、フィーナ君にとって最後の記憶ってどこだい?」
いきなり答え辛い質問をして悪いね、と謝ると、フィーナは構わないと首を振った。
「私の記憶は生前の最後の記憶、カナキ先生と一緒にいた時でも止まっています。あ、そういえば聞いてなかったですけど、あれから先生はどうなったんですか? 先生のことですから、どうにかして命だけは繋いだと思いますけど」
「ああ、そういえば話してなかったね」
僕はそこで、フィーナにあれから起こった出来事を簡潔に説明した。
とは言っても、あれから起こったことなどそう多くはない。アリスにフィーナを託した後にエリアスと戦い、辛くも勝利したと思ったら、瀕死のエリアスの悪あがきで別の次元へ飛ばされたというくらいだ。説明するのにはそう大して時間は掛からなかった。
「……というわけだったんだよね」
「……話の腰を折っては悪いと最後まで黙って聞いていましたが……一体どういうことですかそれは!?」
「えー」
むしろ、それから時間が掛かったのは説明し終えた後の荒ぶるフィーナを宥めることだった。
「そもそも、なんで私が死んだ時点で仲間の所に逃げないんですか! その状況下だと万が一騎士団長に勝ったとしても、援軍でやってくる騎士団たちに捕まってお終いでしょう! 何を格好つけているのです!」
「いやいや、僕の大事な生徒である君を殺したんだよ、騎士団長は。そんなことされたら赦すわけがないだろう」
「何が大事な生徒ですか! 自分で言っていて白々しいとは思わないんですか!」
うん、我ながらすっごい思いました。
「大体、いくら先生が強いって言っても、あの状況下で王国騎士団長に勝てたとは思えません! 一体どんな卑怯な手を使ったんですか!」
「君はナチュラルに失礼なことを言うなぁ。でも、あのときは正真正銘真っ向勝負だったよ? 確かに、今考えれば冷静さを失っていたとは思うし、我ながら青い行動だったなぁとは思うけど、それでも勝てたんだから、案外僕も捨てたもんじゃなかったってことだね――」
「有りえません!」
息を吐くように語尾を切ってフィーナを落ち着かせようとするが、変わらずに噛みついてくる辺り、全く効果が見込めない。
ていうか、そこまでバッサリ否定するかい?
「いやいや、本当だって。騎士団長の剣だって、あのときは魔力執刀で両断出来たんだよ? いやぁ、あれは我ながら神がかってたなぁ……」
「あ、あれを斬った!? 世界で一本しか無い剣であり、オルテシア王国の国宝にも指定されている段月を!? な、なんてことしてくれたんですか!」
「えー」
てっきり尊敬の念を抱かれると思っていたのに、まさか怒られる羽目になるとは。
「僕に付いて来るって決心したんだから、オルテシア王国のことは綺麗さっぱり忘れるのかと思ってたんだけど」
「それこそ有りえませんね。既にカレン様の従者として失格の私ですが、カレン様が幸福になることは未だ私の願いです。カレン様の幸福とはすなわちオルテシア王国の幸福。王国が栄えることはつまり私の願いというわけです」
「でも君は王国を滅茶苦茶にした僕に結局ついてきた」
「それはそれです」
「矛盾してないかい?」
「人間は矛盾した生き物なんですよ」
「違いないね」
僕とフィーナは顔を突き合わせて笑い合う。
未だこの状況は分からないし、これからどうすれば良いかも分からないが、久しぶりに彼女と話しただけで心がずっと軽くなったような気がした。
「……まあ起きてしまったことは仕方ありません。それに、カレン様なら上手く王国を立て直し、復興させることも可能でしょう。今は私達の方の問題です。カナキ先生はこんなことになった原因に心当たりはありますか?」
「残念ながら全く身に覚えがないね。ただ、ここがどういうところなのか、ということについてはある程度察しが付いてるよ」
「本当ですか? ではここは一体どこなのです? この部屋にしろ、既に私が見たことないような物ばかりなのですが……」
周囲をキョロキョロと見回すフィーナが面白く、僕は笑いながら言った。
「はは、フィーナ君には確かに馴染みのない物ばかりだろうね。実はね、ここは僕が前にいた世界での住居なんだ――」
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