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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
カナキ・タイガ
122/461

無知の怪物

Sideカナキ


「――――――――え?」


 しばらくの間思考が止まり、やっと出たのはその言葉だった。

 空間に走った亀裂が徐々に閉じていく。先ほどまでは見えなかった切れ目だが、『天眼』を手に入れている今ならばはっきりと見える。空間を切り裂くことで、かまいたちのような現象を起こしているのか。

 亀裂が完全に塞がるのと同時に、目の前の少女が膝を突いた。焦点はどこにも定まっておらず、そのままフィーナは地面に倒れた。


「ッ……フィーナ君!」


 ようやく、止まっていた時間が動き出したような気がした。だが直後に、再び時間が止まることを祈ることになる。


「ッ……これは……」


 フィーナの胸には、バッサリと大きな切り傷が生まれていた。まるで空間ごと体を斬られたような鮮やかな切り口。

 ――何をそんな関係のないことを考えている。早く治療しなければ……!

 そう思ったカナキだが、両手は凍ったように動かなかった。自分の時間は既に動き出している。問題は、抱きかかえた少女が既に手の施しようのない状態であることを、カナキの理性が悟っていたからだ。


「……ッ! くそ!」


 だが、その判断を感情が押し退けた。

 カナキはフィーナのシャツを破き、傷口に『上級治療(ハイヒール)』を施す。

 それでも、出血は止まらない。


「このっ……!」


 カナキは、更にフィーナの周囲に『陣地治療(キュアラー)』を展開すると、懐にあった魔晶石を砕き、魔法の効果を増進させる。

 傷口の出血は……駄目だ、勢いは多少弱まったがまだ足りない。だが、このペースで回復させればもしや……!

カナキは、更に魔晶石を砕こうとしてポケットをまさぐるが、そこには何も入っていなかった。


「――馬鹿な」


 記憶を掘り起こしたカナキは、やがて先ほどのシリュウとの一戦を思い出した。

 あのとき、僕はシリュウの『閃空(ライトニング)』で、体の半分を失った。まさかあのとき、僕が持っていた魔晶石の大部分も破壊されたというのか……。

 ――お前も、俺と同じ苦しみを味わいな。


「――ふざけるなぁッ!!」


 聞こえるはずのない幻聴に怒声を浴びせ、カナキは回復魔法に更なる魔力を注ぎ込む。

 だが、魔晶石なしでは、これ以上は……!


「くそっ、くそっ、くそぉ! 何だよこれは!」


 手配者たちや僕が死ぬことはまだ良い。エトだって殺させないために行動していたが、結果的に助けることが出来ないかもしれないということを僅かにだが想定していた。

 だが、フィーナは。フィーナは何故死ぬ必要がある。彼女は死ぬ理由もなければ道理もない。一体何故――


「あ……」


 気づけば傷口にかざしていた僕の手の上に暖かい感触。

 見れば、フィーナの右手が、僕の手に重ねられていた。


「フィーナく――」


 僕は一縷の期待を込めてフィーナの顔を見た。






 彼女の瞳の光は、既にそこには無かった。






「――――――――なんで」


 それきり言葉が出なかった。

 何が。どうして。胸の中に渦巻くそれらに問いに対して、僕は全て答えを持っていた。

 全て、僕のせいなのだ。元々、僕が犯罪者でなければ、こんなことは起こりえるはずが無かった。

 同時に、本当の意味で、僕は今まで自分のしてきたことの恐ろしさに気づいた。手配者や自分に危害を加えてきた人間ならばまだ良い。だが、全く自分に関係のない無辜の人間、そして彼らを大事に想っていた人間は、僕に殺された時にこういう気持ちだったのだろうか。今まで周りの人間を殺されたときは憎悪や憤怒しかなかった。だが、この胸にぽっかりと穴が開いたという表現が正しいこの感覚は初めてだ。とても苦しく、息が出来ない。

 重ねられたフィーナの手に、水滴が落ちた。

 僕が泣いていることに気づいたのは、それからしばらく経ってからだ。


「――何よ、もしかして泣いてるの?」


 ぴちゃ、ぴちゃ。

 突然、頭上から声が掛かった。

 この声はアリスか。思念ではなく肉声によるものということは、実際に目の前にいるのも彼女ということか。


「あなたが泣いているなんて初めて見た。何よ、自分で殺しておいて……ってそれはないか。あなた、その娘がお気に入りだったもんね」


「……うるさい」


 ぴちゃ、ぴちゃ。

 今はアリスの声なんて聞きたくなかった。いっそ殺して黙らせてしまおうかと思い、魔力執刀を展開し、彼女の喉に突き入れようとしたとき、途方のない喪失感がそれを妨げさせた。


「あは、何よ、私を殺したいのなら遠慮することはないわよ。どうせもう長くは保たないでしょうから」


 その言葉に、初めて僕は顔を上げた。

 アリスはいつもの顔で笑っていた。

 だが、彼女の身体は、今まで見たことがないくらいボロボロだった。

 ずっと聞こえていた水滴の音は、今も滴るアリスの血が零れる音だった。

 僕が驚いたのが意外だったのか、アリスはケラケラと笑う。


「あは、びっくりした? 私もびっくり。裏でコソコソ死体を動かすだけなら大丈夫だと思ったのに、気が付いたら体がこの有様よ? 『次元斬』だっけ? あの魔法はとんでもないわね。位置さえ分かったら、相手が世界の裏側にいようとすぱっとやれちゃうんだから」


 あっけらかんと言うアリスも意外だったが、無意識に魔晶石を探していた僕にはもっと驚いた。アリスも目を剥いて過剰なほど驚く。


「なによカナキ君、もしかして私を助けてくれるの!? 意外すぎぃ! この作戦が終わったら私を殺そうと思ってくせにどういう心変わりよ」


 そして、僕の考えが看破されていたことにも驚いた。しかし、考えてみれば、エトを殺されたあのときから、彼女に心理戦で勝った試しは一度も無かった。僕の算段がバレていても何ら不思議ではないかもしれない。


「……すみません、さっきのシリュウ君との戦いで、魔晶石を全て破壊されてしまって……」

「なーんだ。そんなオチだろうと思ったわ。まあ、流石のカナキ君でも、この傷ばっかりはどうしようもないと思うけど」

「けど、アリスさん本体がなくても、他の死体に乗り移ればいいだけですよね?」

「それも無理。使ってた死体はもう全部ズタズタにされてるし、めぼしい死体も見つからない。あ、そこにいるフィーナちゃんとかはすごい良い塩梅だけど……」

「……すみません」

「あは、分かってるわよ。流石にそこまで無粋じゃないわ。それに、今回は潮時かなぁ、てなんとなく思えるの」


 アリスがどこか遠くをみるように言う。彼女が、こんな達観したような雰囲気を持っているなんて今まで知らなかった。


「アリスさん……」

「なによ、そんな顔もあなた出来たのね。最後に言いもの見せてもらっちゃった。あの世でサーシャやフィーナちゃんに自慢しちゃおうかしら」


 そこで一旦言葉を止めると、少し間を置いてから言った。


「……多分、エトちゃん達のことを考えたら、これは言わない方が良いと思うけど、一応最後の仕事をしとくわ。十分くらい前に、マティアスさんは戦死。直後に、私の位置も捕捉されて重傷。それから僅かに生き残ってた死体も、ラグーンドームに残ってたものは全て壊されたし、そこから推測すると、騎士団長は師匠の『天眼』みたいな能力を有しているのだと思うわ。じゃなきゃ、ここにいるフィーナちゃんを敵と判断して殺すわけがないもの。つまり、相手は私達が今話している内容も聞いているかもしれないってこと」


 そこで、アリスが意図的にエトやミラ達について言及を避けていることに気づいた。アンブラウスが生きているのか死んでいるのかは定かではないが、もし生きているなら直に報告が届くだろうが。


「つまり、今このドームの中でこちらの生き残りは私とあなた。そして私もあと数分の命ってとこだろうから、実質生き残りはあなただけね。外では王宮側の第二陣が突入準備に入っているそうだから、この機を逃せば脱出する機会は完全に逸すると思うけど、どうする……って、もう決まっているような顔をしてるわね」

「……あの人は、もう待っているんですよね?」

「ええ。多分、あなたの想像通りの場所で、ね。あなたが逃げないことを分かっているみたい」


 なるほど。だからあのタイミングでフィーナを殺したわけか。シリュウがエトの両脚を斬った時は冷酷だと思ったが、それはもしかしたら養父の影響から来たのかもしれない。

 僕は一度しゃがみ込むと、フィーナの瞼を閉じた。

 綺麗な死に顔だ。顔を斬らなかったのは、彼のせめてもの情けだったのかもしれないね。


「さようなら。僕も君のこと、嫌いじゃなかったよ」


 そっと、彼女の頬に口づけすると、僕は立ち上がった。


「あれ、私にはしてくれないの。キス」

「厚かましいのは分かっていますが、フィーナ君をカレン君に届けてはもらえないでしょうか。あと、出来れば上着も着させていただくと」

「ガン無視ね……まあいいわ。やってみてもいいけど、それまでに私の体が保たないかもしれないし、たとえ間に合っても、皇女様の前に行く前に殺されるでしょうね。服は私のを着させるわ。それでも良い?」

「十分です。ありがとうございます」

「ちょっと」


 そのまま去ろうとすると、後ろから呼び止められた。

 振り向くと、彼女は僕に向かって拳を向けていた。


「……ここで殺し合いはちょっと……」

「なんでそうなるのよ! 餞別よ! 元々カナキ君の物なんだから持っていきなさい」


 アリスは強引に僕の腕を掴み、手の中に握っていた物を渡される。

 見ると、そこには魔晶石が三つ入っていた。


「これは……」

「無事に逃げられた時にくすねようと思って最後まで使う機会のなかった余りよ。どうせ私には必要ないし、持っていきなさい」

「……ありがとうございます」

「そう思うならあれしなさいよね」

「あれって?」

「おやすみのキス」


 僕は、たまらず噴き出してしまった。


「何よ、結局あなた一度もしてくれなかったじゃない!」

「ありましたねそんなことも……。ていうか、アリスさん別に寝るわけじゃないじゃないですか」

「死ぬのも眠るのも似たようなものよ。これだけ尽くしてあげたんだからそれくらいしなさいよね!」

「いや、あなたが僕にしでかしたことを考えるとこれくらいは当然だと思いますけどね」

「なに器の狭いこと言ってるのよ! 最後に私にもご褒美くらいくれなさいよ!」

「嫌ですよ」


 更に文句を続けようとしたアリスの額に、僕は素早く口を付けた。


「……子供扱いしてない?」

「セニアさんのときなら唇でも良かったんですが、その身長じゃどうも……」

「さっさと死んじまえバーカ!」

「いてっ」


 アリスは僕の脛を蹴ると、体を突き飛ばした。そのまましっしっ、と言うように手をひらひらさせる。

 僕は苦笑すると一度礼をし、背を向けた。

 僕と彼女にしては、なかなか上等な別れ方だったと思う。


読んでいただきありがとうございます。

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