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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
ある教師の日常
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獣は唸る

なかなか忙しく、更新停滞気味です……

「それじゃあ、今日は医療魔法の基礎について、実際に実践しながら行いたいと思います」

 昼休みを控えた四時間目の講義。薄暗い実験室に押し込まれた生徒達に、僕は安心させる笑顔を向けながら話す。

「この授業は不定期の講座で、申し込めば月に何回か受けることが出来ますが、今月からは新しい新入生の人も増えたということで、僕もとても嬉しいです。なんていっても、医療魔法は人を幸せにする魔法の最たるものですからね――」


 僕の言葉にうなずきを返す生徒達。そこには、エトやアルティの姿もあり、一番後ろの席の方にはフィーナの姿もあった。

 この医療魔法基礎の講座は、医療魔法師を目指す者の他にも、前線で闘う魔法師が応急処置の技術を習得する為に受講する者も多く、学園内でも、トップクラスの人気を誇る講座なのだ――。


「皆さんは既にウルスラ先生の医療魔法基礎の座学は受けましたね? 今日は、その内容を実際にやってみる実習の時間にしたいと思っています。医療魔法とはいえ、使い方を間違えれば、逆に相手を怪我させることもありますので、気を引き締めて行いましょう」

「はーい!」

「うん、アルティ君、君の大きな返事は良いんだけど、その間延びする感じはどうにかできないかな」


 教室に笑いが起きる。アルティがいると、余計な緊張感が緩和されるので、授業をする身としては、とてもやりやすい。

 とはいっても、今日が実習で、気を引き締めなければならないのも事実だ。僕は、笑顔をすぐに真面目な顔に変え、少し声を低くして言った。


「今日は、実習に協力してもらう為に外部の人を呼んでいます。実習に付き合ってくれるのも、その人達の大切なパートナーなので、本番のつもりで取り組んでくださいね。――それでは、ハーレイさん、お願いします」


 僕の呼びかけに応じて、教室に入って来たのは、短髪の黄色髪が特徴の、眼つきの鋭い女性だった。そのせいか、彼女を見た前方に座る生徒の何人かが、露骨に姿勢を正す。


「ハーレイさんは、この街の駐屯兵団に所属していて、うちの学園の生徒で編成されている『カグヤ』の実質的な上司にあたる人です。今日はわざわざ仕事に都合をつけていただき、実習に協力しに来てくれました」

「シトリー・ハーレイと言います。今日は短い時間ですが、ウチの子たちをよろしくお願いします」

 芯の通った声で挨拶したハーレイは、兵士そのものだ。その迫力に、正面に座っていたアルティなんて借りてきた猫のようにおとなしくなった。

「先生」


 生徒の一人が挙手した。


「なんだい?」

「あの、今ハーレイさんが、ウチの子って言いましたけど、もしかして、今日の実習って駐屯兵の方々を治療するんですか?」


 質問した生徒の顔は、若干青ざめていたので、僕は笑顔を作ってそれを否定する。


「流石にそれはまだ早いよ。でも、今日みんなに治療してもらう子たちだって、立派な駐屯兵団の一員さ。……それじゃあハーレイさん、早速お願いします」

「わかりました。――召喚(サモン)


 ハーレイが人差し指に付けていた指輪が白い光を放つ。

 直後、ハーレイの周りに、朧げな複数の輪郭が形を持ち、やがてそれらははっきりとした肉体を持って顕現した。

 エトが驚いたように声を上げる。


「フォレスト……ウルフ?」

「うん、よく知ってるね、エト君」


 そう、ハーレイが召喚したのは、駐屯兵団で使役しているフォレストウルフだ。

 狼の系統としては小柄だが、嗅覚が優れていて、犯人の追跡などに貢献してくれる。


「このフォレストウルフたちは、駐屯兵団の仕事で傷を負っています。今日、皆さんには、先日授業で習った『下級治療(レッサーヒール)』で治療してもらいたいと思います」


 僕がそう言った途端、ざわつく教室。確かに、いきなりの実習で駐屯兵団が使役しているフォレストウルフを治療しろというのも、なかなかのプレッシャーだろう。

 僕は、声を大きくして、生徒達に語り掛ける。


「心配しないでください、先生が見ていますから、何があってもすぐに私がなんとかします。皆さんは胸を借りるつもりで、萎縮しないで今日の実習に臨んでください!」


 僕の言葉が少しは効いたのか、若干の落ち着きを取り戻した生徒達だったが、そこで目の前に座っていたアルティが勢いよく挙手する。


「じゃあ先生! もしも私が間違ってハーレイさん達のフォレストウルフを木っ端微塵にしてもなんとかしてくれる!?」

「うん、君は一体どんな魔法を使うつもりかな。いや、最大限努力はするけど、そうなったときは君、落単確定だからね」


 仮にそんなことが出来たなら、君を即刻リヴァル教官の元へ放り投げるよ。


「ぜ、善処します」


 顔を強張らせたアルティだったが、後ろから僕の肩を掴んできた人物も、かなり顔を強張らせていた。


「……おい、カナキ殿。本当に、任せてよいのだろうな? この子たちにもしもの事があったら、私が先輩たちに木っ端微塵にされかねないのだが……」


 ハーレイの顔色は真っ青を通り越してもはや土気色だった。


「だ、大丈夫ですよ。僕だって医療魔法師ですよ? 任せてください」


 流石に可哀想になった僕は、そのときばかりは見栄を張って安心させる笑顔を作った。


「そ、そうか」


 それで少しは安心したらしいハーレイは、ぎこちない笑みを作った。まだ若く、十分に美女と呼んでいいだろう彼女だが、その顔には慢性的な過労によるものか、疲労の色が色濃く残っていた。






「カナキ先生、こんな感じですかね?」

「うん、良いよ。ただ、もう少し魔力量は抑えていいかな。もっと、魔力は小出しにする感じで」


 最初の懸念は杞憂のように、実習は滞りなく進んだ。

 まあ、一人一人僕の前で実際にやらせるのだから、事故が起きる方がレアケースなのだが。ちなみに、最初に終わった人は暇するだろうと思って、以前セニアから借りた、超難問魔法陣の錬成陣の問題集をやらせている。


「先生……どうでしょうか?」

「うん、エト君は流石だね」


 目の前でフォレストウルフを治療していたエトに、僕は花丸を付けてあげたい気持ちで頷く。


「やっぱり、エト君は医療魔法との相性が良いんだろうね。……将来は、こういう仕事に就いたらどうだい?」

「……いえ、私はもう、将来どうしたいかは決まっているので……」

「……そうか」


 僕の申し出を、遠慮がちに断るエトだったが、その顔は十代が将来の夢を語る表情では決してない。そうまでして、何故エトはマティアスの殺し屋稼業を引き継ぎたいとおもうのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、次の生徒が来る。その生徒の顔を見て、僕は思わず「げ」と声を上げてしまった。本来なら有りえないことだ。


「げ、ってなによセンセー! 流石の私でも、それはちょっと傷つくよ!」

「あはは、ごめんねアルティ君。思わず本音が出ちゃったよ」

「謝罪する振りして追い討ちを掛けてきた!?」


 相変わらずアルティはうるさ……元気が良い。

 次に治療を受けるフォレストウルフも、アルティの方を見てグルル、と唸り声を上げた。


「うちの子たちは死霊系の魔物と自分への脅威には特に敏感ですから。カナキ殿、この女性徒は、問題児なのですか?」

「はい、危険人物です」

「ちょっと! 問題児なのは認めるけど、全然危険ではないよ!」

「問題児は認めるのですね……」


 苦笑いするハーレイを尻目に、僕はアルティに向き直り、真面目な表情を作った。


「まあ今日は大事な実習だからね。アルティ君も、今日は真面目にやろうか。貸した杖は君用に弄ったつもりだけど、大丈夫かな?」

「私はいつも真面目なんだけど……まあでも、杖の方は大丈夫だよ。いつも使ってる自分のとほとんど違和感ない!」


 指揮棒ほどの長さの杖を振りながら、アルティは満足気だ。

 杖は、主に魔法の効果を上げたり、より精密な魔力のコントロールをする際に使う魔導具で、医療魔法の際にはほとんど必需品として扱われる。杖は、個人によって独自のチューンが必要だが、養護教諭として、全生徒のカルテを持ってる僕が、アルティ用に杖を軽くカスタマイズするのは容易だった。


「それじゃあ、始めたまえ」

「はーい。――『下級治療(レッサーヒール)』」


 淡い緑色のオーラが、アルティからフォレストウルフへと流れ、それまで警戒していたフォレストウルフも、気持ちよさそうに目を瞑った。


「うん、良い調子だ。やればできるじゃないか」

「えへへ。言ったじゃないですか、昨日復習したって」


 アルティが得意げに言う通り、治療は滞りなく終わり、フォレストウルフも満足気に身震いした。

 アルティが今にもえへんと言いそうなほど胸を張って威張る。


「ふっひっひ。カナキ先生、恐れ入ったか」

「僕が恐れ入る必要を全く感じないのは置いといて、よくやったよ、アルティ君。それじゃ席に戻りなさい」

「えーそれだけー! 問題児の私がこんなに頑張ったんだけど!」

「自覚があるあたり流石問題児だね。もう時間が押してるから、早く席に戻ってくれ」


 なおもブーブー不平を漏らすアルティを、エトが困り顔で引っ張っていき、やっと最後の生徒が来る。とはいっても、アルティが無事に終わった今、最後の生徒に不安など微塵もない。


「それじゃ、手早く終わらせてくれるかな、フィーナ君」

「……心なしか、私だけ扱いがぞんざいではありませんか」


 最後の生徒であるフィーナは、特徴的な瞳の色に、疑惑の色を混ぜて問うてきた。


「いやいや、ぶっちゃけ君の場合これくらいはオルテシア君に教わってるだろ?」

「まあそうですけど、フォレストウルフ相手は初めてです。これでも多少は緊張しているんですから励ましの言葉くらいかけても良いんじゃないですか」

「…………」


 本当に良く喋るようになったな。

 驚き半分嬉しさ半分で、思わず口元が綻ぶ。

 フィーナがそれを見て更に訝し気な表情を作ったので、僕は注文通り励ましの言葉を掛けようとした、そのとき――。


「グルルルル……」

「――フォレストウルフが」


 それはどの生徒の声だったか。気づけば、フィーナに治療される予定の一匹のフォレストウルフが、僕の方を見て、明らかに警戒して唸り声をあげていた。


「……おかしいな。うちの子の中でもこの子は特に賢い。犯罪者にだって、こんな唸ることなんて滅多にないのに……」

「…………」


 ハーレイさんが不審に思いながらも、そのフォレストウルフを宥めようとしたとき、丁度よく授業終了を知らせるチャイムが鳴った。


「……残念ですが、時間のようです。一人だけ終わらなかった生徒がいましたが、その人は先生が後日別の機会を設けて必ず埋め合わせするので、今日はこれまでとさせてください。ハーレイさんも、今日はどうもありがとうございました」

「い、いいえ。私の方こそ、駐屯兵団を代表して、今日のことはお礼したい」

「いえいえ、とんでもありません。ですが、もしそう言っていただけるなら、また今度も、機会があればご協力をお願いしたいと思います。それじゃ、今日の講義はここまで――」


 生徒達を解散させる中、未だこちらを睨むフォレストウルフと、事態に困惑するハーレイを見て、僕の意識はやがてそちらに向くようになっていった――。


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