ガトーvsシリュウ
「シッ!」
「――ッ!」
突如足元に出現した『次元斬』を躱し、マティアスはエリアスに肉薄する。
剣を正眼に構えたエリアスはそれを迎え撃つ態勢を取るが、マティアスは急ストップしてステップバック。距離を取ったマティアスに対して、エリアスは目を細めた。
「逃げの一手……時間稼ぎか。だが、奴らの方にはアンブラウス様が向かっている。お前が俺を倒し、加勢に行った方がいいんじゃないか?」
「……」
マティアスは答えず、ひたすらエリアスの攻撃に備えて構える。
もとより、奇襲でもない真っ向勝負でエリアスに勝てるなど、マティアスは端から思っていない。自分の仕事は、目の前の男を足止めし、エト達の逃げる時間を最大限稼ぐことだ。流石にエリアスを無傷で行かせる気もないが、攻撃に転じればこちらもリスクを負う。今はまだそのときではないとマティアスは判断していた。
一方、そちらの隣で戦うシリュウとガトーの戦闘は対照的に熾烈を極めていた。
「おらぁ!」
「このっ……!」
ガトーの振るった凶悪な鉤爪がシリュウの大剣とぶつかり合い、火花がスパークのように光を放つ。
『幻獣化』し、全身が武器となったガトーは、その四肢を振るいシリュウを引き裂こうとするが、手数はガトーに軍配があがっても、一撃の重さについてはシリュウが上だった。
「チッ!」
コンビネーションを狙ったガトーの初撃は、打ち合わせたシリュウの一撃に押され、弾き飛ばされる。僅かに体勢が崩れたガトーに追撃を仕掛けるシリュウだったが、直後に口を開いたガトーの動きを見て、慌てて回避を取る。
次の瞬間、口から猛烈な勢いで炎を噴き出したガトーに、シリュウは大きく後退。両者の距離が再び開く。
炎を吹き終えたガトーは、獰猛に嗤った。
「……ははッ! 最高じゃねえかお前! 久しぶりにヒリヒリした戦争だ!」
「お前と違って、楽しむ余裕は俺にはないんだよ!」
そう吐き捨てると共に大剣を上段に構えたシリュウが地面を踏み砕く。
そのまま正面から接近し、空気を裂くような速さで大剣を振り下ろしたシリュウの一撃を、ガトーは正面から受け止める態勢に入る。
「なにっ!?」
果たして、ガトーの防御は成功した。
振り下ろされたシリュウの大剣は、ガトーが左右を合わせるように挟み込み、完全に勢いを殺される。白刃取りだ。シリュウは、ガトーの度胸と動体視力に敵ながら舌を巻いた。
だが、シリュウにそんなことを悠長に考えている暇はない。
ガトーが人間離れした顔に喜色を滲ませる。
「はっはぁ!」
お互い両手が塞がった中で、ガトーが攻撃に使ったのは尻尾だった。
蛇のような素早さでシリュウへと伸びたガトーの尻尾だったが、それはシリュウの首の数センチ前でピタリと止まった。
「ああん!?」
目の前の敵を屠れる快感を阻害されたガトーは怪訝な声を上げ、それに気づいた。
「ッ……紐!?」
ガトーの尻尾に幾重にも巻き付けられていたのは、大剣の尻から伸びる極細のワイヤー。ガトーでさえ目を凝らさねば見えないほどに細いワイヤーだったが、強靭なガトーの肉体を以てしても、それを千切ることが出来ない。
そして、尻尾に一時的に意識を集中していたガトーは、シリュウから意識を逸らしてしまった。
「フッ!」
「ぐっ」
シリュウの蹴りが鱗に覆われたガトーの腹に食い込み、鉄と同等の堅さになった鱗の一部が砕ける。
超人的な身体能力を持つシリュウの蹴りは強力で、流石のガトーも大剣から手を離し、後ろへ数メートル飛ばされる。
そして、間髪入れずにシリュウは大剣を掲げる。
「ッ!?」
夥しいほどの魔力が大剣に集約し、刀身が眩いばかりの閃光に包まれる。それが、ミラの『時空の壁』を突破し、サーシャを消し炭に変えた魔法だと気づいたガトーはカナキからもらっていた魔晶石を砕くと、自身に防御魔法を掛けたうえで、自分の前方に『金剛障壁』を持てる限りの魔力をつぎ込んで展開する。
ガトーの障壁が展開し終えた直後、シリュウが大剣を振り下ろした。
「『閃空』」
白色の光が文字通り光速でガトーへと襲い掛かり、その前方に展開されていた金剛障壁とぶつかった。
障壁にぶつかった閃空はその進行を止めるが、障壁に徐々に亀裂が入り、流石のガトーも焦った声を上げる。
「ぐっ……このぉ……!」
魔力を障壁へと送り、障壁を修復しようとするが、壊れるスピードの方が圧倒的に早い。
そして、障壁が砕かれ、進行を阻むものが無くなった白い閃光は、丸裸になったガトーへと襲い掛かった。
「くそがぁああ!!」
ガトーの咆哮がラグーンドームに木霊し、直後に彼の体を閃空が呑み込んだ。
流石のマティアスとエリアスも戦闘を中断し、そちらを注視する中、やがて光が消え去った後に見えたのは、まるで巨大な鉤爪でも振るわれたかのように抉れる大地と、その窪みに横たわる、虫の息になったガトーの姿だった。
大きく肩で息をするシリュウが、ガトーの目の前まで来ると、彼は壊れたロボットのようにゆっくりと顔を持ち上げた。
「ち……くしょう、がぁ……」
『幻獣化』も解かれ、最早魔力も底を尽きたガトーに向かって、シリュウがトドメを刺そうとしたときだった。
「…………にい…………さ」
「ッ、シズクか!?」
か細い声と共にラグーンドームの入り口から出てきたのは、悲惨な姿になったシリュウの妹だった。
右腕は付け根から無くなり、左腕も不自然に折れ曲がったシズクは、よろよろとシリュウの元へと歩いて来ようとする。
シリュウもそれを見てしまえば気が気ではない。ガトーをそのまま捨て置き、シズクの元へ駆け出そうとしたところで、エリアスが怒鳴った。
「待てシリュウ! それは罠だ!」
「なっ……」
驚いてエリアスの方を向こうとした時、シズクの後ろに誰かが立っていることに気づいた。
シリュウの視線の方向に気づいたのだろう。シズクがゆっくりと後ろを振り返ると共に、喉から引き攣った声を上げる。
「ひっ……」
「――流石に鋭いですね」
シズクの背後にいた人物、カナキは『透化』の魔法を完全に解除すると、魔力執刀を展開。
それを無造作に振るうと、シズクの両脚の膝から下を斬り落とした。
受け身も取れず、顔から地面に倒れ込んだシズクが、遅れて悲鳴を上げた。
「あ、ああああああああああああッッ!!」
これほど悲痛な叫びを、シリュウは聞いたことがあっただろうか。
十年以上連れ添い、一緒に生活した妹は、狂ったように叫びながら、バタバタともがいた。その動きに合わせて、止血の済んでいない右腕と両脚から血が零れる。
シリュウは、視界が急激に赤く染まっていく感覚に駆られた。
「あ、こっちに来るとシズク君を殺すよ」
「――ッ!」
そんなこと、どちらにせよ殺されることは分かっている。
だが、その刹那、シリュウが動きを止めたのも事実だった。
「うん、良くできました」
そんなシリュウを見てカナキは満足気に頷くとおもむろにしゃがみこみ、地面に這いつくばるシズクを仰向けにさせ、両眼に手を掛けた。
――まさか。
「ひっ……」
「――ま、一度失ったら再生しないとは思うけど」
ないよりはマシだよね。
そう言ってカナキは、シズクの両眼、『天眼』を抜き取ると、シズクが更なる悲鳴を上げる前に顔を踏み砕いた。
読んでいただきありがとうございます。




