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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
カナキ・タイガ
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人質交換

山場です。

 アンブラウスたちと交渉で定めた約束の時間、そのときには僕達は、既にラグーンドームの入り口まで来ていた。

 障壁の向こうはまだ見えないが、おそらくこの先には王宮からやってきた魔法師や騎士たちがぞろぞろとひしめき合っているのだろう。いくらこちらが強者ぞろいでも、そんな兵力で攻め込まれれば、数の暴力に呑み込まれてしまう。僕は人質のありがたみを再確認したが、それを今から手放すのかと思うと戦慄もした。今から僕達は、飢えた獣の前で武器を捨てるも同然のことをするのだ。


「それじゃあ、行きましょうか」


 それでも、ここでやめるわけにもいかない。既に賽は投げられたのだ。

 周囲を見渡すと、流石の彼らも、今ばかりは緊張の面持ちで佇んでいた。

 ここには、アリスとマティアス以外の主要な手配者であるミラ、ガトー、フェルトが揃っており、人質の管理役としてサーシャまでもが出張っていた。

 多分、アリスがこの場にいたら空気ももっと違っていただろうなと考えると、少しだけ彼女の存在が恋しくなった。まあ、そんなことは本人の前で口にすることなんて今後一切起こらないだろうが。


「……それでは、ミラさん」

「うむ。では障壁を解くぞ」


 ミラが優雅に扇子を一振りすると、前方の障壁にぽっかりと穴が開き、続いてアリスの障壁も霧散した。

 見晴らしの良くなった眼前から、真っ赤な夕陽が僕達を強烈に照らし出す。そして、夕陽を背にして、予想通り多くの男達が待ち構えていて、あまりのVIP待遇に泣きたくなってくる。そしてその最前列にはこれまた予想通り、騎士団長のエリアスと魔法師長のアンブラウス、イドウ兄妹も揃っていて、そしてその後ろには懐かしいエトの姿があった。


「エト君……」


 小さく呟いた僕の言葉はエトまでは届かない。

 エトは、しばらく見ない間にやせ細り、肌は病人のように蒼白く、ポニーテールだった髪は、今や最低限整えられているだけで、ほとんど手入れされていないようだった。一目見ただけで、彼女が弱っているのが分かる。

 これは、回収したらすぐに回復させた方が良さそうだ――


「約束通りエト・ヴァスティを連れてきた! 早くカレン様を解放しろ!」


 大声でそう怒鳴ってきたのはエリアス。その声を聞いただけで、戦闘力が皆無のサーシャは小さな悲鳴を漏らした。確かに、大の大人でも震えあがるような迫力のある声だからね。

 一応僕も、声に出来る限り威厳を込めて叫び返した。


「まずは他の要人が先です! 我々の誠意を見せておきたい!」


 隣でガトーが「へっ」と小馬鹿にするように笑った。こらこら。

 この解答は向こうにとっては予想外であるはずだ。なにせ、あちらには得があっても僕達には全く得にはならない。精々、荒事になった際に荷物が減るぐらいか。だとしても、カレン以外の要人を残していれば、万が一のときに交渉材料くらいにはなるはずなので、向こう側にしてみれば意図を掴みかねる提案だろう。

 エリアスはアンブラウスと何度か言葉を交わした後、


「良いだろう! こちらにゆっくり歩かせてこい!」


 と言った。ここまでは予定通り。


「サーシャさん」

「は、はい」


 サーシャは手枷を付けた要人たちを先導し、要求通りゆっくりエリアスたちへと歩かせる。

 途中からはサーシャは列を外れ、「慌てないでゆっくり歩いて下さい。私たちはもうあなた達に危害を加えることはありません」と、優しい声で励ました。

 正確な時間は分からないが、全ての要人が向こう側に行くまでに、およそ二十分程度かかっただろうか。夕日の光が徐々の弱まり、一番星が見え始める暗さになった頃、ようやく本題の人質交換が開始された。


「サーシャさん、奥からカレン君を連れてきてください」

「分かりました」


 サーシャが駆けていき、ドームの中から美しい少女を連れてくる。

 カレンの姿を見た途端、王宮サイドの男達が俄かに騒ぎ出す。だがそれもエリアスの一喝で水を打ったように静かになった。

 やがてカレンが僕のすぐ傍まで来たところで、声を張り上げた。


「今からカレン・オルテシア皇女を歩かせる! それに合わせて、そちらの捕虜もこちらに向かって歩かせろ!」

「いいだろう!」


 エリアスの確認が取れたところで、僕はカレンに小声で言った。


「さあ、お別れだ。あっちに向かってゆっくり歩いていきなさい」

「……他の人はどうするつもり?」

「それは君には関わりのない話だ」

「…………あなたのこと、絶対忘れないわ」


 カレンは、憎悪に燃える瞳で僕を一瞥した後、エリアス達に向かってゆっくりと歩き始めた。それに合わせて、エトもふらふらとした足取りでこちらに向かってくる。

 ここが緊張の瞬間だ。無事に人質の交換が終われば、障壁の穴をすぐに塞いで、分解魔法で開けておいた地下の脱出経路を使って即時退散する予定だし、万が一障壁が破られるようなことがあれば、すぐにガトーとミラをマティアスに狩らせて、この三人を手土産に時間稼ぎする予定だ。マティアスにもその旨を既に伝えてある。彼は既に、エトを救うためなら自分の命は勘定に入れていないようだった。

 ただ、そう上手くことが進むとも限らない。特に、カレンが向こう側から回収できる距離になった瞬間、一斉攻撃を仕掛けてくる可能性が最も高いと僕は睨んでいる。それは事前に他の人にも伝えてあり、ガトーなど隠すことなく闘志を剥きだしにしている。


「…………」

「…………」


 これだけの人が集まっているというのに、誰も、何も一言も喋らない。まるで、カレンとエトの足音以外、この世界から音が無くなったかのようだ。ここまで緊迫した状況は、僕の人生の中でも数えるくらいしかない。

 太陽は遂に完全に姿を消し、街には暗闇と静寂が降りてきていた。二人の歩みはゆっくりだ。当たり前なのだが、それが狂ってしまいそうなほどじれったい。緊張で頭に心臓が付いているかのような激しい頭痛にも襲われる。エトが転びそうになった。駆け寄りたい気持ちを気力で封殺する。


「あ……」


 遂に、カレンとエトがすれ違った。これで、互いの人質が自陣に近くなり、攻撃しやすい位置取りになった。こちらから攻撃することはないのだが、問題は王宮サイドだ。カレンの毅然とした足取りに比べ、エトの歩みはやはり拙い。栄養失調のせいか、いや、それにしても、両脚があれだけうっ血するというのはおかしい……。


「カナキ、先生」


 やたらと懐かしい声。

 エトが初めて顔を上げ、こちらを、僕を見ていた。

 蒼白い足や腕に比べ、エトの顔はまだ血色が良く、少女特有の化粧のいらない、自然な美しさを残していた。

 何と声を掛ければいいか迷った時、エトは額に大粒の汗を浮かべながら、薄幸の笑顔を向けた。


「こんなことまでして……先生は、本当に悪い人ですね。シズクちゃんから、話は大体聞かせてもらいました」


 エトの足取りは相変わらず覚束ない。ただ、彼女の歩みは、地面に足跡がくっきり残るほど力強い。

 ……いや、違う。

 エトの歩き方は……そう、まるで後ろから何かに引っ張られるのを無視して、強引にこちらに向かって歩いているような感じだ。


「沢山、沢山の生徒を殺して。リヴァル教官まで倒したって言うんですから、怒るのを通り越して、呆れちゃいましたよ。でも、やっぱり先生はすごいなぁって思っちゃう私もいて……頭の中がまたぐちゃぐちゃになっちゃって」

「……おい、消し屋。何かあの嬢ちゃん、歩き方が妙じゃねえか? それに、足も」


 遂に僕だけでなく、他の手配者たちも異変に気付いたようだ。ガトーの言葉にうなずき、更によく見ると、エトの両脚からは、うっすらと血まで滲み始めていた。


「ずっとずっと悩んで、先生を嫌いになろうって思ったことも一度や二度じゃなくて、それでも嫌いになれなくて……やっぱり私は、先生のことが好きなんです」

「エト君、もういい……!」


 エトの体に異変があるのは最早明らかだ。それでも僕は、今彼女の元へ駆け出すべきか迷った。彼女を囮にした罠である可能性が高いことを、僕の本能が叫んでいた。

 だからこそ、間に合わなかった。


「だから……これは私にとっての、罰なんです。本当に好きなら……いつかこうなることが分かっていたなら、先生を止めるべきだったんです。そうしたら、アルティちゃんも――」


 二人の足音しかなかった世界に、ブツリ、と異音が生まれた。




 エトの両脚が、膝から下が千切れていた。




「~~~~ッッ!!」


 ここまでエトが近づいてきてやっと気づいた。

 エトの両膝から下には、僕でさえ目を凝らさないと見えないほどの極細のワイヤーが幾重にも巻き付いており、それがエトの両脚をずっと圧迫し、最後に切り刻んだのだ。

 ワイヤーはこまぎれになったエトの足の残骸から離れ、するすると主の元へと戻っていく。途中でワイヤー自体は見失ったが、ワイヤーに付着したエトの血液が主の正体を教えてくれる。

 やがてワイヤーが戻ったのは、二メートルほどはある大剣の尻の部分、つまりシリュウの剣だった。


「あいつが……ッ!」


 嫌な予感はしていた。なのに、一瞬でも自己保身から迷ってしまった自分が恨めしい。

 だが、後悔している間にも時間は進む。

 王宮側の魔法師が、一斉に遠距離魔法を撃つ態勢に入る。

 僕は迷わず、エトの元へと駆け出していた。


「消し屋殿!」「カナキ!」


 ミラとフェルトの声が重なるが、僕は止まらなかった。

 しかし直後に、自分の胴の辺りに魔力が膨張するのを察知。咄嗟に躱そうとするが、勢いの乗った体では上手く制御できず、左腕が逃げ遅れる。


「ッ!」


 次の瞬間、何もない空間が突然ぱっくりと割れ、僕の左腕を斬り落とした。

 突然すぎる出来事だが、僕はこの芸当に心当たりがあった。この国の王国騎士団長、彼の持つ最上級魔法、『次元斬』は間合いの概念を無視する不可視の斬撃を生み出すということで有名だった。


「ッ……やはり」


 おびき出されたか。

 この程度、致命傷には程遠いが、無理な体勢で回避したうえに左腕を無くしたせいでバランスを崩す。膝を突いた僕の眼前には、両脚を無くして大地に倒れたエトと、その奥から無数に迫る、火の玉の数々だった。

 まるで夜に太陽が昇ったかのようだ。

 僕は場違いとは知りつつもそんなことを考えながらも、体を前に進もうとする。だが、起き上がろうと体を支えていた右腕が、またも『次元斬』で斬り落とされ、僕は顎を大地に擦りつける。そこで、奇しくもエトと同じ目線の高さとなり、正面から見つめあう形になった。


「ッ……エト!」


 這いずりながら、エトの元へと向かおうとするが、火の玉が到達する前に辿り着けそうもないし、たとえ辿りついても彼女を助ける両腕がない。

 それでも、僕は彼女に向かっていった。意味なんて分からない。ただ、体が勝手にそちらに向かっていた。

 流石にこちらに来るとは思わなかったのか、驚いた顔を見せるエトに言った。

 ――君を助けなきゃ、僕がここまでやった意味がなくなるからね。

 僕は彼女に笑いかける。いつもの、だが本心から、安心させる笑顔を向けた。


「……先生」


 しょうがないなぁ。

 エトは、すぐそこまで迫った炎の眩い光を背にして、微かに笑った。

 罪人を赦す聖女のような、またはデートに遅刻してきた彼氏を許すような。


「――――」


 エトが何かを口にしようとする。だが、それを聞き取る時間は既に残されていなかった。

 ―――また……またこれなのか。

 何故いつも自分は間に合わない。膨大な下準備と緻密な計画を立てれば、出来ないことなど何もないと思っていた僕は、結局最後で一番欲しい物を取り逃す。

 日本にいた頃に起こした最後の事件も、シールでアリスにエトを殺された時も、何故、僕は――

 エトの頬を一筋の涙が伝った。

 その直後、視界が急激に光に染まり、爆音が耳に届いた。





















「――まだ何も終わっていないぞカナキッ!!」






 気づけば、僕は大きく後ろに吹き飛ばされていた。

 再生したばかりの左腕で、暖かく柔らかい感触の何かを必死に抱き留める。

 やがて強烈な光を受けて駄目になっていた視力が戻り、自分の抱き留めている者を見ると、それは僕がずっと欲していたもの――エトだった。


「――お父さん……?」


 信じられない、と言った表情で僕を間近で見つめたエトは、次いで僕達を放り投げた人物へと目を向けて、茫然とした声を上げた。

 僕達を助けたマティアスは、あちこち服を焦してはいたが、驚くべきことに無傷だった。

 僅かに首を捻り、こちらを見たマティアスは、覇気の充溢した瞳でこちらを見た。


「ここは抑える。行けッ!」


読んでいただきありがとうございます。

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[良い点] マティアスさんかっけぇ
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