致命的なズレ
いつものグロいとかとは違う意味で、不快な描写あるかもしれません。ご容赦を。
「ねぇ、ちょっと待ちなさいって! さっきの話どういうことよ!」
「だからその話は今する余裕はないって言ってるじゃないですか!」
こんなやり取りを喫茶店からずっと続けながらラグーンドームに帰ってきた僕達。結界を開き、中に入れてくれたミラさんは僕達を出迎えるなり、いつも通りの雰囲気に安堵の溜息を吐いた。
「全く……その様子だと、また消し屋殿がとんでもないことを言い出したのかの?」
「そういうことじゃないんですよミラさん! こいつ、私の命をまた軽々しく扱って、危なく私死ぬところだったんですから!」
何も言うな。
そんな意味を込めた視線をフェルトに送ろうとする前に、彼女は自然な調子でミラにそう報告した。この人も大した役者だ。ご褒美に、あなたは最後まで利用してあげますよ。
ミラへの説明は適当にフェルトに任せ、僕はある場所へ向かった。
ラグーンドームの通路を五分ほど歩き辿り着いたのは、先ほどリヴァルと激闘を繰り広げた場所と同じ造りとなっているサブアリーナの一つ。遮光魔法が張られ、中世の地下室のように薄暗いその中に、僕は目的の少女を探して踏み入る。一応、そのときも『天衣霧縫』は忘れずに掛けておく。
室内は思った以上に多くの人で溢れかえっていた。
暗がりの中で座る人達は老若男女様々で、中には学騎体に出ていた生徒もチラホラ見えた。
一応、ここには魔力阻害の石を持った手配者を数名常駐させており、その見返りに要人以外ならある程度は好きにしていいとは言ってある。その場合は近くにある個室を使って行為を行うよう言ってあったが、どうなっているか。死体があったら一応確認する必要もあるので後で見に行ってみよう。
さて、しかし暗がりでここまで人数が多いと、目当ての人物を見つけるには少々骨が折れるか。こんなことならば横着せず、最初に要人たちを別室に移しておくべきだった。すぐに交渉に行く必要もあり、それらの仕事はサーシャに一任していたわけだが、彼女はきちんとやってくれているのだろうか。
やがて一通り見て周り、ここにはいないと判断した僕は、他の部屋に行ってみることにした。
扉の前まで来た瞬間、ある程度防音対策の施されている扉の奥からくぐもった女の悲鳴が聞こえて僕はぎくりとした。
嫌な予感がしながら急いで扉を開けると、予想通り、そこにはガトーの手下の男二人がフィーナの服を剥ぎ取ろうとしているところだった。
僕が入った途端、勢いよくこちらに振り返った男たちだったが、入ってきたのが霧を纏った僕だと確認すると、ほっと息を吐いた。
「ッ!? って、なんだ。消し屋かよ。脅かしやがって。お前も愉しみにきたのか?」
「毒蛇や天眼に見つかると厄介だからな。誰も来ねえうちにさっさとヤッちまおう。本当は皇女にお相手してほしいが、バレたらガトーさんに殺されかねないからな」
「…………」
何故かフランクに話しかけてくる男達。レートがそれほど上ではない僕なら自分たちと変わらないとでも思ったのか。ただ、その男たちが何を考えていたのかは終ぞ分かることもないだろう。
「――あ?」
大股で男達に近づいた僕は、人差し指を立てると、それを男の一人の喉に突き入れる。
指先だけに展開した小型の魔力執刀は、何の抵抗もなく男の喉へと滑り込み、一息に指を抜き取ると、男は呆けた顔のまま床に倒れた。
「ッ!? テメエ、どう――」
素早く後ずさった男が何か言おうとしたが、その前に床を蹴って男と肉薄、直後に放った渾身の上段蹴りが男の顎を捉え、異音と共に首を強引に半回転させる。
我に返れば、ほんの三秒足らずで、二人の死体を作ってしまっていた。
「……あー」
やってしまった。
頭を押さえた僕は、あまりの短絡的な行動に自己嫌悪する。
どうせなら見せしめに皆の前で処刑すれば良かったね。
まあ、あまり時間も残されていないししょうがないということにして納得しよう。
僕はそう結論付けて、こちらを見上げるフィーナの方を向く。
彼女はびくりと体を揺らし、瞳に確かな恐怖の色を滲ませる。
先ほどの男達は救いようもなかったが、普段、あれだけ気丈なフィーナを、ここまで怯えた表情にさせたことは功績としてたたえても良いかもしれない。
「……大丈夫かい?」
少し考えた結果、僕は『イレイサー』として彼女と接することにした。色々やりたいことはあったが、今はとにかく時間が惜しかった。
僕は、死体となった男から上着を剥ぎ取ると、胸の辺りから大きく引き裂かれたフィーナの服の上からそれを着せる。少し、犯したい欲求に駆られたが、それも気力で自制した。
何事も、TPOが大事だからね。
「うちの馬鹿が手荒な真似をしてすまない。あいつらの服で申し訳ないが、これでしばらく我慢してくれたまえ」
「あの……」
「じゃあ、僕は行くよ。少し急いでいてね。死体はあとで誰かに片付けさせるから」
フィーナが何か言葉を紡ごうとするのを、僕は言葉を被せることで却下する。
足早にその場を去ろうとした僕の背中に、最後にフィーナから言葉が掛けられた。
「待っています! それで、話をしましょう!」
「……………………時間が、あったらね」
しばらく迷った末に、僕はそう答えた。答えてしまった。
扉を閉じた僕は、次の要人が収容された部屋に向かう。
全く、シズクにせよフィーナにせよ、うちのクラスには賢すぎる生徒が多くいたようだ。
僕が、次の部屋に入ると、今度こそ、目的の人物に会うことが出来た。
「……やあ、ご機嫌はいかがかな?」
「…………」
目前で鎖に縛られた少女、カレン・オルテシアは僕を見上げると、きつい視線で射抜いた。
この部屋はカレンの他にセルベス学園の生き残りであるパニバルとオルガも収容されている。本来はフィーナもこの部屋にいたはずだが、少し目を離したすきにあのプレイルームに連れていかれたようで、目の前の彼女が怒っている理由もそこに起因しそうだ。
「フィーナはどうしたの」
「ああ、その点は問題ありません。先ほど保護して、今は安全な所にいます」
「あら、私たちにとって安全な場所なんてここにあるのかしら」
「それもそうですね」
あくまでいつも通りに。
カレンはこんな状況下であっても彼女らしく、絶対的な余裕を漂わせていた。
先ほどの降伏宣言で、多少は心にダメージを負わせたと思っていたのだが、僕の見通しが甘かったらしい。流石は、オルテシア王国きっての天才皇女様だ。
「……というか、そろそろ、その魔法を解いても良いのじゃない? 私達はこうして捕まっているわけだし。こんな状態でもまだ私のことが怖いのかしら?」
「……ははっ」
更に天才皇女様は僕に挑発までしてきた。
流石に乾いた笑いが出たが、確かに、彼女の言う事も一理ある。
「――それもそうですね」
僕が『天衣霧縫』を解除すると、カレンは息を呑んだ。
背後で、オルガとパニバルも同じく驚いているのが肌を通して感じる。
やがてカレンは、驚いた表情を怨嗟を込めた表情に変え、僕を睨んだ。
「……やっぱり、あなたが黒幕だったってわけね」
「驚いた。まさかフィーナ君たちだけでなく、君まで僕を疑っていたなんて」
信用ないなぁ、と軽く笑った僕に、カレンは食って掛かる。
「あなた、こんなことを起こすってことは、騎士団長の話は本当だったんでしょ? なんで皇女暗殺未遂事件にかかわったあなたが私を助けてくれたの!」
何の話だい?
喉元までその言葉が出かかったが、よくよく思い出してみると、『狩人』が初めて暗殺を企てた時に、一度だけ奴の矢から彼女を護ったことがあった。だが、あのときはカレンを助けるというよりは、正直その隣にいたフィーナを助けるのが目的だったわけだし、カレンを助けたのはそのついでというわけなのだが……。
「うーん……厳密に言えば、君が暗殺されかけた事件に僕は参加しているわけじゃないんだけどね。でも、あのとき君を助けたのには他に理由があってね。別に、君を助けたくて助けたわけじゃあないんだよ」
「……ッ」
カレンが小さく下唇を噛む。常に冷静だった彼女に、少しだけ失望の色が滲むのが見えた。
そのとき、僕の背後から声が掛かる。
「か、カナキ先生! 本当に、先生がこんなことをしたんですか!? 嘘ですよね!?」
僕より必死な声でそう訴えかけてきたのはパニバルだ。そういえば、彼女は生徒の中でも僕に信頼を寄せていたなぁ、と他人事のように思い出し、一応彼女に申し訳なさそうな顔を作った。
「ごめんね、パニバル君。全て本当なんだ」
「そんな……それじゃあ、誰かに脅されているとか!」
「はは、脅しはしても脅されることなんてありえないよ。これは、僕が望んだ結果なんだよ」
「そんな……」
そのとき、丁度よいタイミングで部屋に人が入ってきた。
見ると、それはガトー子連れの手下の男たちだった。
男の一人が、不満そうな態度を隠すことなく僕に報告してくる。
「言いつけ通り、奥の部屋で転がってた死体は片付けておきましたよ。ついでに、その部屋にいた女には指一本触れてません。これでいいですかね?」
「ああ、うん。すまないね、あんな雑事を押し付けてしまって」
「……こう見えても俺たち、レートA近い手配者で、ガトーさんにも結構信頼されてるんですけどね」
「ああ、そうだったのかい。すまないね」
「……なんか、報酬とかはないのかよ?」
思わず溜息が出そうになる。
なんだってガトーの手下の男たちは、揃いも揃ってすぐにご褒美を欲しがるのだろう。セルベスの生徒なんて、毎日勉強や演習を続ける毎日を送っても、文句こそ言えど、皆サボらずに取り組むというのに。
「おい、聞いてんのかよ。流石に皇女を貸せとは言わねえからよ。そこのメスガキでいいから寄越せよ!」
僕の失望の感情を知ってか知らずか、男達が苛立った空気を見せる。
殺すことは容易いが、あまり殺し過ぎてもこのあとの作戦に支障が生じる。
それを口にしようとした時、一瞬だけ、心に迷いが生じた。
これを言えば、もう学園の生徒達はおろか、その中でもエトやフィーナとも、決定的な隔たりを作ってしまうだろうと直感的に悟ったからだ。
それでも結局迷ったのは一瞬だ。何を今更な話をしているのか。そんなことを言い出せば、彼女たちとは出会った瞬間から違う次元に存在していたのだ。どんなに言葉を重ね、信頼されようとも、互いの価値観に致命的なズレのある僕達では、所詮住む世界が違うのだ。
僕は溜息を一つ吐くと、親指をパニバルに向けた。
「分かりましたよ。その娘なら壊しても良いですから好きに遊んでください」
「――え?」
「お、やりぃ」
パニバルが一瞬、信じられない物を見たかのように瞼を持ち上げ、僕の方を見た。
直後、殺到してくる男達を見て状況を理解したパニバルが、ひっくり返ったような叫び声を上げた。
「きゃぁあああああああッッ!! いやっ、いやぁああああ! 助けて、センセェ!!」
「おらっ、暴れんじゃねえ!」
「がっ!」
気の短い男が、暴れるパニバルの顔を思い切り殴りつけると、パニバルの前歯が飛び、僕の足元まで転がってきた。
それを見たカレンが、血相を変えて僕に怒鳴る。
「何やってるのあなた! 早く止めないと、パニバルが!」
「ああ、うん――」
正直、パニバルは結構好きな生徒だったし、あんな三下共に襲わせるのは無念極まりないのだが、既に手放した以上、それなりの利用価値は生んでおきたい。幸いなことに、パニバルはセニゼル流を生み出した家の直系。ゴロツキ共にとって高嶺の花と言っても十分だし、“それ”を与えるとなれば、それなりにストレスの捌け口となるだろう。
「ああ、君たち。別に好きに使ってくれて構わないけど、君たちだけじゃなくて、他の人達にも有効に使って欲しいんだ。だから、向こうに行って、まあ他に使いたい人がいたらその人達にも譲ってあげてくれ」
「なっ……」
「…………せんせい」
絶句するカレンとパニバル。
そんなことをお構いなしに、僕の話を承知した男達が鎖を外したパニバルを引きずって部屋の外に連れて行く。
既にぼろきれとなった制服は本来の用途を為しておらず、ほぼ全裸の状態になったパニバルが、何事かを僕に叫びながら引きずられていく。「がんばれ」とでも言おうかと思ったが、流石にそれは酷な気がした。だから代わりに「すまない」と謝ってみると、彼女の抵抗は少しだけ弱くなった。
やがてパニバルと男達が消え、部屋には再び静寂が戻る。
残りは魔晶石の素材であるオルガと、目の前で怒りに震えるカレンだけということだ。
私自身、ここまで書くのは迷いながら執筆しました。
御意見御感想ありましたら、是非お寄せください。




