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交渉成立

「……と、それじゃあ余談はこれくらいにしましょうかね。話を戻して交渉の続きと行きましょうか」

「……ふむ、まあそれもそうじゃな」


 手を叩き、僕はアンブラウスを見ると、納得のいかない雰囲気を醸しながらも、老人は頷いてくれた。

 シリュウとシズクは明らかに話を続けたかった様子だが、それはエリアスが黙らせた。交渉に反対の立場である彼も、この交渉の重要性自体は理解しているようだ。


「ありがとうございます。では、この要人含む人質全てと、エト・ヴァスティとアリス・レゾンテートルの二名の交換と、僕達を国外追放扱いにして、身の安全を保障すること、これでどうでしょうか?」

「……流石にそれでは王宮の信用が失墜するデメリットが多すぎるな。却下だ」


 答えたのはエリアス。アンブラウスが口を挟まないところを見ると、この意見と同じということか。

 まあこれは確実に却下されるだろうと考えていたので落胆はない。


「では、こちらも譲歩しましょう。人質の交換を、エト・ヴァスティ一名だけにします。これならどうでしょう?」

「ほう、屍術姫はお前さんの仲間であろう? そうすれば処刑は免れんが、良いのか?」

「ええ、あの人には最後の最後で裏切られたので、別に助ける必要もないですから」


 これも本音ではあったが、最たる理由は、勿論アリスが既に脱獄を済ませているという点だ。

 しかし、ここで思わぬ誤算が起きた。


「アンブラウス様」

「ん? どうした、シズク」

「裏切られたとはいえ、最初の譲歩で屍術姫を見捨てるのは戦力の面から考えても少し妙です。聞けば、彼女は優秀なネクロマンサー。なら、もしかすると今収容されているのは影武者である可能性が考えられます」


 本当に賢しい子だな、彼女は。

 僕は、表情を変えずにシズクを見つめた。視線を感じたらしい彼女は、僕を見て顔をこわばらせる。僕の表情は完全にコントロール出来ているはずだが、その中から僕の感情を読み取ったのかもしれない。だとすれば本当に厄介な生徒だ。この国から逃亡するとしても、彼女だけは処分しておきたい。


「ふむ、一理ある。確認する時間を取りたいのだが、少し宜しいかな?」


 シズクの意見を聞いたアンブラウスが尋ねるので、一応僕は悪あがきを試みる。


「僕達にはあまり時間がありませんので、それはちょっと……」

「ふむ。では確認が取れない以上、今の交換条件では呑めんのう」


 困った、と言った風にアンブラウスは唸る。狸じじいめ。


「……分かりました。ではこちらも最大限の譲歩をしましょう」


 僕は用意していたもう一つの資料を取り出す。

 それは、手配書の一部を切り取ったものだった。


「これは……」

「現在こちら側についている高レートの手配者です。そのうちの『天眼』、『戦争屋』、『無音の鬼人』の三人をそちらにプレゼントしますよ」


 ぎょっとした顔でこちらを向いたのはフェルト。

 言葉には出さないものの、「あんた、何言いだしてんのよ!?」と顔に書かれていた。

 元々、僕は今回の交渉の切り札にこれは用意していた。本当は隣に座るフェルトと彼女の主人であるサーシャの名前もここで挙げるつもりだったのだが、フェルトが交渉に付いてきてしまったので仕方なく予定を変更したのだ。

 良かったですね、交渉に付いてきて。

 心の中でフェルトを祝福してあげていると、アンブラウスが困惑を含んだ声で言った。


「……それは、いささか信用しかねるな」

「それはお互い様ではないですか? 僕達だって、あなた方が素直に国外追放して見逃がしてくれるとは正直考えていませんし。ただ、もしこの譲歩で交渉を呑んでくださるのでしたら、人質を交換後、ラグーンドームを出て行く時に、この三人を半殺しにして置いておきますよ。なんなら、それをそちらが確認してから僕達を逃がす、ということでもいい」


 僕の言葉にアンブラウスは考え込む。シズクはおろか、エリアスさえも顎に手を添えて僕の真意を伺う。

 確かに、この条件は僕にとって絶対的な不利だ。仮にミラ達を手土産にしても、逃走経路が素直に確保されるとは考えづらい。僕に裏があると考えてもしょうがないだろう。

 皆が考え込む中でただ一人、シリュウだけは表情を変えずに僕を見続けていた。彼は決して頭の良い生徒ではなかったが、妹と同じく勘の鋭い生徒ではあった。もしかしたら彼は、この交渉自体が無意味だということに気づいているのかもしれないね。

 長い沈黙の後、答えを口にしたのは意外なことにエリアスだった。


「……分かった。お前の提示したその条件で呑んでやる。その代わり、約束はきっちり守れよ」

「……エリアスよ、良いのか?」

「ええ。憎たらしいことですが、国益を考えればこの条件がベストです。レートS以上を三人以上捕縛出来ることを考えたら、最低限の面子だけは保たれるでしょう」


 エリアスの明瞭な答えにアンブラウスは顎髭を擦るだけで何も言わなかった。

 それを肯定と受け取った僕は席を立った。


「では、交渉成立ですね。人質とエト・ヴァスティの交換は三時間後、ラグーンドームの前で行いましょう。ああ、間違ってもエト君には傷一つ付けないでくださいよ」

「分かっている。さっさと消えろ」


 殺気立ったエリアスに僕は肩を竦めると、フェルトを促して席を立った――






「……本当にあれで良かったのか、エリアス」


 カナキと毒蛇が消えた後、喫茶店に残った四人の中で、アンブラウスが言った。


「はい。どうせ、あの場での交渉なんて口約束。言葉に強制力はありません」

「……なるほど、そういうことか」


 疑問が氷解したアンブラウスは深く頷いた。

 そのやり取りで、頭の良いシズクもエリアスの意図に気づく。


「やはり、約束を違えるつもりですね」

「ああ、とはいえ、人質とヴァスティの身柄交換だけは行う。いくら何でも皇女殿下だけは見捨てるわけにはいかないからな。だが、他の犠牲なら多少は目を瞑れる」

「それは……他の人質の方を見捨てるということですか?」


 信じられないという目でシズクがエリアスを見るが、彼の意思は堅いようだった。


「無論、極力助けようとはするさ。だが、奴らを取り逃がすような事態になれば、それこそ本末転倒だ。おそらく、人質の交換を行う時にはあの厄介な結界も解除される。そこを俺とシリュウの力技で突破する。アンブラウス様は、奴らが他のルートから逃げないようにバックアップに回ってください」

「ふむ、まあウィンデルではあの若造に一杯喰わされたからのう。老いぼれもやるときはやるということを教えてやる必要はあるか」

「お二人とも……本気ですか? それじゃあ、彼らと同じになってしまいます!」

「――シズク、甘い考えは捨てろ」


 いつにない厳しい兄の口調に、シズクはシリュウの方に振り向いた。


「本当に守りたいものがあるなら、他を気にしている余裕なんてないだろ。体裁を護る余裕なんて今の俺たちにはないはずだ」

「兄さん……」

「それに……向こうも多分、今のと同じことを考えてる。エトって先輩を助けることが出来たら、後はどうでもいいって感じだった」

「あの人が……? でも、あんな狂っている人が、生徒一人のために何でそこまで……」

「さあな。ただ、その唯一の執着している人を俺たちが握っているっていうのは、こちらの唯一の有利な点だ」


 シズクは最初、困惑したが、やがてシリュウの意図に気づいた彼女は大きく目を開いた。


「兄さん、まさか……」


読んでいただきありがとうございます。

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