理性ある怪物
最初にどんな表情を浮かべればいいか迷ったが、結局僕はいつも通りの笑顔で応じることにした。
「やあ、シズク君。シリュウ君。二人とはウィンデル以来だったかな? 元気にしていたかい」
「あなた……ッ、よくそんなことをぬけぬけと……!」
「やめとけ、シズク」
激昂したシズクを諫めるシリュウに、僕は意外感を覚える。彼なら今すぐ襲い掛かってきてもおかしくないと身構えていた僕としては、少々拍子抜けだった。
「……あんた、当たり前だけどすっごいいろんな人から恨みを買ってるわよね。当たり前だけど」
「二度も言わないでくださいよ……」
こんな状況でもそんなことを耳打ちしてくるフェルトも、ある意味大物だと思う。
「知っての通り、彼らはエリアスの養子であり、同時に非常に優秀な部下でのう。この交渉に同席させたいのだが、構わぬかな?」
「ええ、是非。僕も、彼ら、というかシズク君には訊きたいことがあったので」
「……その質問に私が答えるとは限りませんが」
つっけんどんにそう言いながら、シズクはエリアスの隣に座り、シリュウもそこに続く。
気を取り直すように、アンブラウスがわざとらしく首を傾げた。
「ふむ、それでは、どこから話したものかな?」
「とりあえず手っ取り早く、僕達の要求から伝えましょうか――僕達の要求は、この間シールで起きた皇女暗殺未遂事件の犯人とされているアリス・レゾンテートル、そしてエト・ヴァスティの釈放です。その身柄との交換に、こちらはカレン・オルテシアとはじめとするこれだけの人質を用意しています」
僕が人質としている要人の紙を渡すと、アンブラウスとエリアスがそれを眺めた。
そして、一通りを目を通したところで、エリアスがいきり立った。
「おい、これで人質は全部じゃないだろ? バデス殿の名前が無いぞ」
「ああ、彼ですか。あのレベルを捕縛するのは困難なので、死んでもらいましたよ」
「……なんだと」
「いや、普通に考えてあの化け物を捕まえるとか無理でしょ。あと、ちなみにあなたの親友であるリヴァル教官にも死んで頂きました。彼には学園でいつもお世話になっていたので、僕の手できちんと恩返しができて良かったで――」
「死ね」
物騒な言葉を吐いたのはエリアスではなくシリュウ。
直後、彼の得物である大剣を顕現させ、高速で振るわれたそれは、僕の首の数ミリ手前で止まっていた。
絶句するシリュウに向かって、僕は溜息を吐く。
「はぁ……シリュウ君。ここは交渉の場だよ? これくらいの挑発に乗ってどうするんだい?」
「な……」
シリュウは大剣を引こうとするが、僕の親指と人差し指、中指の三本で挟まれた大剣はピクリとも動かない。その光景にシリュウやシズクはおろか、エリアスやアンブラウスも僅かに目を細めた。
「……いや、そもそもあんたが無駄な挑発なんかしなければいいだけでしょ」
ただ一人、それを平然と眺めていたフェルトが冷静にツッコんだ。
「いやぁ、この二人には色々と借りがあるからね。これくらいの意趣返しは大目に見て欲しいものだよ」
僕が大剣から指を離すと、シリュウは舌打ちしながら大剣を引き、虚空にしまい込んだ。
そこで僕がシズクに視線を投げかけると、意図を察した彼女は口を引き結んだ。
ここでその事実を隠すことにメリットは存在しない。僕は、もう少しシズクが話しやすくなるよう、はっきりと告げた。
「シズク君、君だよね? 僕が『イレイサー』だと正体を突き止めて、エリアスさん達に密告したのは」
「…………」
シズクの表情は変わらない。だが、僅かに彼女が驚いたことは、視線の動きを見たら明らかだった。
「いやね、シズク君。僕は君を素直に評価しているんだよ。痕跡は出来る限り抹消して、注目されないために大きな犯罪は避けていた僕を、この短期間で手配者だと目星を付けたことは。一体僕は、どこで尻尾を出してしまったのかな?」
シズクがチラリとエリアスを見る。
彼が頷いたことを確認すると、シズクは静かに口を開いた。
「決定的な証拠になったのは、ウィンデルの寄宿舎の裏に落ちていたメモ。書かれていた内容と落ちていた場所から、落とした犯人に大体の目星は付いていたけど、確定的だったのは、そのメモに記されていた文字が、この世界ではありえない、日本語で書かれていたということです」
「……どういうことだい?」
「惚けなくてけっこうです。カナキ・タイガ……いえ、『イレイサー』と呼ばれたあなたの本当の正体は日本からこの世界に転移してきた死刑囚、金木亮ですね」
「――――はは」
少しの間の後、僕は思わず乾いた笑いを漏らした。
それは、次第に大渦のように僕の胸中の様々な感情を呑み込んでいき、笑いが止まらなくなる。
「あは、ははは、ははははは、はははははははははははははははははははははははッ」
「……気でも狂ったのか?」
「…………」
シリュウが気味悪い物を見るような目で僕を睨み、シズクは静かに僕の返答を待つ。いや、こうしてみると、本当にこの二人は兄妹には思えないね。
しばらくしてようやく笑いを止めた僕は、歪に口の端を歪めてシズクを見た。
「……はぁ、参ったね。そういうことだったのか。つまり君たちも、僕と同じっていうことか」
「ちょっと、あんた。自分だけ納得してないで説明しなさいよ。ニホンってなによ?」
話に付いていけなくなったフェルトが抗議するが、僕は「あとで教えますから」と宥めて話を進める。
「でも、皮肉なものだね。それじゃあ、僕があのとき日本語ではなく、こちらの言語でメモを書いていれば、僕の正体もバレなかったと。まったく……日本人じゃなくて、こちらの世界の住人だったらこんなことにもならなかったわけか」
「いいえ、あなたの本当の敗因は。そもそも日本であれだけの大量虐殺を行ったうえで、それに飽き足らずこの世界でも犯罪に手を染めたことです。あなたの非道な所業は、これから全て自分へと返ってきます」
「因果応報、だと言いたいのかな? ふっ、君は裁判官みたいなことを言うんだな」
実際言われたしね。
僕が肩を竦めると、その態度が気に入らなかったようだ。シズクが声を荒げた。
「なぜ……なぜあなたはこれほどまでの犯罪を犯してきながら、そこまで平然としていられるのです!? セルベスにいる間、あなたのことを生徒に聞いて回りましたが、悪い噂なんてほとんど出なかった。そのうえ、一年四組に至っては、あなたの事を尊敬し、好意を寄せている生徒だっていました! そこまで慕われていたのに、あなたはどうして、そんな態度を取れるのですか!」
「ん? 手配者の顔と教師の顔を上手く使い分けたことがそんなに不思議かな? 僕ほど年季が入ると、それほど難しいことじゃないんだよ。例えば、シズク君だって嘘は吐くだろう? 僕はそれを適切に、効果的なタイミングで使い続けただけだよ。カナキ・タイガという教師の顔だって、自分の目的と他人からの評価のされ方を計算して作り上げれば、それほど難しいことじゃあ――」
「そんなことを訊いているんじゃありません! 私は、どうしてあなたはそこまで簡単に人の信頼を裏切られるのか、と訊いているのです!」
「ああ、そういうことか」
恥ずかしくなった僕は頭を掻いた。全く的外れな答えを意気揚々と語っていることに気づいたときは、いつになっても恥ずかしいね。
「それは簡単なことだよ。僕は“その行為自体に快楽を覚えるから”さ」
「――え?」
シズクが小首をかしげた。
無意識の行動だったのだろうが、その仕草はとても愛嬌があり、彼女を滅茶苦茶に壊したいという衝動が体中を一瞬突き抜ける。
これまで何万回と感じてきた衝動。僕はそれをいつも通り、瞬時に呑み込んだ。
「シズク君にだって趣味はあるだろう? 読書をする、音楽をきく、友人と遊ぶ、美味しいごはんを食べる……これらの快楽を求めようとするのは人間の本能であり、否定することの出来ない人間の本質であるはずだ。そして、僕にも趣味……いや、嗜好と言った方が正しいのかな。僕にも快楽を求める本能がある。ただそれが周りの人間とは違う、他人の絶望や恐怖、苦痛といった負の感情を作り出し、鑑賞するのが好きなだけなんだよ」
「…………」
絶句するシズク。
それに気づいた僕は、慌てて謝罪した。
「ああ、ごめん! 僕の趣味嗜好の話を女の子にするのは、ある意味セクハラにあたるかもしれないからね。ちょっとデリカシーに欠ける発言だったよ」
「……あなたは」
「――うん?」
「あなたは、一体なんなのですか?」
色白の肌が、まるで透けるかのように変化したシズクの顔を見据え、僕は冗談交じりに嗤いながら、こう言った。
「――怪物だよ。ちょっと理性が働くだけの、ね」
次話から、遂に最終幕最終章です。




