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交渉は喫茶店で

 ラグーンドームの入り口まで来ると、そこは一面不可思議な色の結界で覆われていた。

 この『時空の壁』の奥には、更にアリスの『無限障壁(インフィニティウォール)』も展開されており、さしもの王宮魔法師たちも攻めあぐねているようだった。まあその分、魔晶石の消費スピードもすさまじいのだが。

僕が先に進もうとすると、確認するようにミラが尋ねてきた。


「妾とアリスが結界を解くのはそなたの通る道だけでほんの一瞬じゃ。万が一にも結界の向こうの者がこちらに侵入してくることはないと思うが、むしろ心配なのはそなたの方じゃ。正直、この状況下であやつらと交渉など出来るはずもないと思うんじゃが……」


 ミラの指摘はもっともだ。だが、ここをクリアしないことには僕の本願が成就することはない。気合の入れどころだ。


「しかし、こちらはカレン・オルテシアというカードを握っています。この強力なカードを向こうがみすみす見殺しにするとも考えづらいですし、挑戦する価値はあると思います」

「それはそうじゃが……」


 そのとき、外で爆発音がした。今頃、外では魔法師たちが必死に障壁を破壊しようと躍起になっているのだろう。流石にすぐには壊れないだろうが、これ以上続けば何が起こるか分かったものでもないので、僕は急いで交渉に向かうことにした。


「カナキくーん。私も付いていきたーい」


 後ろからアリスが甘ったるい声でそう言ってきたので、一瞥もせずに、


「確実に交渉どころじゃなくなるので却下です」


 と言い切ってやった。

 予想通り、すぐさまアリスから文句や嫌味が飛んでくるがガン無視。彼女の我儘の対処法は基本無視だ。

 僕が障壁に近づくと、目の前の障壁の色が薄くなり、やがて空気に溶けて消えた。『時空の壁』の奥に見えたのはアリスの『無限障壁(インフィニティウォール)』だが、ここまでくると向こう側の話し声や足音まで聞こえてきて、一気に戦場のど真ん中といった感じだ。

 僕はその場で一度深呼吸すると、『天衣霧縫(ミスト・ヴェール)』を発動する。

 それじゃあ、行きますか。

 僕は右手を障壁の前にかざすと、


「『終末(ジャッジメント)』」


 それを一気に霧散させた。






 障壁から姿を見せた僕を視認すると、障壁の最前線にいた騎士や魔法師たちがにわかに騒ぎ出した。ざっと見ても百人は下らない人数だ。


「魔法師団、攻撃よぉい!」


 司令官らしき偉そうな男が僕を見て、号令を発する。それにしたってその掛け声はどうなのか。


「ああ、待ってください。僕に戦意はありません。今回は交渉にきたんです」


 僕がホールドアップしてそう言うと、司令官の男は一瞬鼻白んだが、すぐに、


「テロリストと交渉などせん!」


 と即答してきた。まあそうだよね。


「それはオルテシア王国の正式な解答と解釈していいのですか? こちらは現在カレン・オルテシアを含めるそちらの要人を十数名確保していますが、全員首だけにしてお返しすることだってできるのですよ?」


 これで司令官の男の顔は青ざめた。鼻の下に生えた髭をぷるぷると震わせた彼は、「攻撃中止!」と叫び、一人でぶつぶつ言い始めた。おそらく『思念(メッセージ)』で上司と連絡を取っているのだろう。


「相変わらずよく回る舌ね」

「わっ」


 びっくりして振り返れば、そこには仮面を被った女性、フェルトの姿があった。

 障壁の穴は既に塞がれているが、彼女は意に介していないようだった。


「なんで付いてきちゃったんですか」

「むしろ、なんであんたが一人で行こうとしたのかが不思議よ。生きて帰ってくるつもりあった?」

「いやいや、それはあなたも同じですよ」


 これが付いてきたのがアリスだったら納得もしたが、フェルトが来たのは正直意外だった。国相手に単身姿を現して、交渉の真似事など正気の沙汰ではない。フェルトは、あの集まったメンバーの中では幾分まともな方だと思っていたのだが。


「いし」

「?」

「魔力阻害の石よ。あんた、持ってこなかったでしょ。魔法師長や騎士団長相手には流石に厳しいかもしれないけど、これがあるだけでいざってとき、雑魚の相手はほとんどしなくてすむんだから」

「……もしかして、心配して付いてきてくれたんですか」

「は、はぁ!? そんなわけないでしょ! アンタが私やサーシャを勝手に売ったりしないか監視するためよ!」


 『天衣霧縫(ミスト・ヴェール)』の中で、僕は舌を巻く思いだった。

 交渉での手順を反芻したが、フェルトが来ても問題ないと判断し、彼女をそのまま連れていくことに決める。


「……分かりましたよ。その代わり、巻き添えくって死んでも恨まないでくださいよ」

「何言ってるの。そんなことなくても死んだらあんたを真っ先に恨むから安心しなさい」


 そのとき、司令官の男から声が掛かった。


「……ついて来い。騎士団長様たちがお待ちだ」






 連れてこられたのは、ラグーンドームから少し離れた位置にある建物だった。

 驚いたのは、そこにあった喫茶店で話をするとのこと。カフェでテロリストとお話しようと思う物好きなんてそうそういないだろうね。

 僕が先に店内に入ると、途端に重力が何倍にも増したかのような重圧を感じる。

 見れば、店の奥に座る騎士団長、エリアスが今にも襲い掛かってきそうな雰囲気でこちらを見ていた。対して、隣に座る魔法師長のアンブラウスはいつも通りに見えた。


「うっ」


 続いて後ろから入ってきたフェルトが潰れた蛙のような声を上げた。気持ちは分かる。


「ふむ、とりあえず二人とも座るが良い」


 アンブラウスがこちらをまじまじと見た後にそう言う。

 正直、こんな化け物二人を前に暢気にお茶という気分は毛頭なかったのだが、僕達は一応交渉に来たのだ。断腸の思いでエリアス達のテーブルまで来ると、僕はアンブラウスの対面に座った。


「~~~~~~ッッ!?」


 座った直後に、フェルトから殺気めいた視線を向けられるが無視。殺気を振りまく騎士団長の正面なんかに座ったら、おちおち言葉を出せない。どうせあなたは座っているだけだしいいじゃないですか。

 しばらく迷ったフェルトは、椅子をテーブルから遠ざけ、僕の斜め後ろくらいの位置に腰を下ろした。いや、気持ちは分かるけどさ……。

 すると、僕達の様子を見ていたアンブラウスがエリアスを窘める。


「これ、エリアス。二人が怖がっているではないか。良い大人なのだから、殺気くらい隠すのだ」

「はっ、テロリストを前に何を。そもそもお……私は、この交渉自体反対です。今すぐこいつらを捕らえて、向こうに対するカードにすべきだ」

「僕達を捕らえたところで、あそこにいる人達は誰一人関心を示さないでしょう。所詮僕達は犯罪者、仲間意識などあるわけがありません」


 僕が発言すると、エリアスが鋭い瞳で僕を射抜いた。リヴァルといいガトーといい、最近僕はおっさんに睨まれてばかりだ。


「エリアス。まあ話くらい聞いても良いだろう。あまり堅くならず、柔軟に物事を見るべきじゃぞ」


 アンブラウスはそういうと、改めて僕達の方に向き直った。


「さて、挨拶は必要かな?」

「いいえ。お二人のことは存じております。生憎と、僕達の方は名を明かすことは出来ませんがご容赦を」

「なに、問題ない。こちらも既に知っておるからな」

「え……」

「きゃっ!」


 直後、僕の纏っていた『天衣霧縫(ミスト・ヴェール)』がはじけ飛んだ。

 振り向くと、フェルトの被っていた仮面も粉々に砕け散っている。

 アンブラウスの方を見ると、彼は目尻に深い皺を刻んで笑みを作った。流石は『メル』で最高八位まで上り詰めたこともあるじじいだ。僕も引き攣った笑みを返してやる。


「ほほ、二人ともまだ若いのだから、そう顔を隠すこともあるまい。わしのように皺だらけの顔ならともかくな――『イレイサー』。その正体はやはりおぬしであったか」

「……シールで会った時、捕らえていればよかった」


 エリアスが悔恨するように言う。彼とは、学騎体の選抜戦打ち上げの際、顔を合わせていたので、初対面というわけでもない。この様子だと、二人とも最初から僕の正体には気づいていたわけか。

 しかし、やられっぱなしというのも面白くない。舐められ過ぎても、交渉は成功しないだろうしね。

 僕は、少々反撃に出ることにした。


「はは、僕みたいな小物を知っていただけているとは光栄です――それも、そこに隠れている二人のおかげというわけですかね?」

「……ほぉ」


 アンブラウスが目を細める。

 僕は彼に笑顔を向けると、気配のあるカウンターの奥の方に声を掛けた。


「君たちも、そんなところにいないでこっちに来たらどうだい?」

「…………シズク、シリュウ、もういい。出てこい」


 諦めたようにそう言ったエリアス。

 やがて僕の前に現れたのは、僕が担任をしていた一年一組の生徒、シズク・イドウとシリュウ・イドウだった。


読んでいただきありがとうございます。

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