鬼の再来
「フッ!」
飛び込んできた獣型の魔物を屠り、カレンは死角に回り込もうとしていた魔物に魔弾を放つ。それらはことごとく命中し、魔物を塵に還すが、地からは次々と新たな魔物が姿を現す。
キリが無い。
かつてカナキがアリスと相対したときも、この感想を抱いたが、このときのカレンも同じ気持ちだった。
「あは、遠慮しないでバリバリ倒してくれて構わないよ~。私、魔力量には自信あるから、いくらでも相手してあげるからさ~」
石柱の上で高見の見物をしているアリスがけらけらと笑う。
「――あら、ほんとね?」
だが、気持ちはカナキと同じでも、取った行動はカナキとは違った。
「ふふ、ほんとだよ~……ッ!」
突如、危険を感じたアリスが後方に大きく跳躍。一拍の後、カレンを中心に周囲十メートルが燃え上がる。
「ちっ」
アリスの使役する魔物は総じて火に弱く、すぐにドロドロになって消滅する。新たな魔物を召喚しようとしたところで、カレンの体がふわりと浮き上がった。
「つまらない時間稼ぎに付き合う暇はないわ。魔力はなるべく節約するつもりだったけど、一気に決めてあげる」
カナキが言っていた、『自由』というのはこの魔法のことか。
アリスが見上げる先、上空十数メートルで制止したカレンは、自身の周囲に、九つの魔法陣を浮かび上がらせる。
逃げる暇はない。そう判断したアリスは、眼前に二重の防御魔法を構築する。
「『無限障壁』!」
「『雷雷鳥』」
アリスが山のような巨大な壁を形成した直後、九つの雷鳥が滑空して襲い掛かる。
雷雷鳥は早さこそ脅威的だが、威力は上級魔法の中ではそれほど高くない。一つ目の障壁は破壊されるが、もう一つ組んでおいた無限障壁には傷すら付けずに、アリスはカレンの攻撃を防ぎきる。
しかし、アリスが息を吐く暇なく、自分の真下に魔法が展開されかけているのに気づく。
「やばっ……」
「『獄火炎柱』」
アリスが魔力を足に集中させ、後退した瞬間、眼前に巨大な火柱が立つ。カレンは無限障壁で見えていないはずのアリスのいる場所にこんな大技を放ったのか。凄まじい魔力の精密度と度胸だ。
アリスが動揺する間にも、カレンは行動を起こしている。
無限障壁から飛び出してきたアリスに、カレンは上空から滑空して接近。彼女がこちらに気づいたときにはもう、カレンの双剣はアリスを捉えていた。
「ハッ!」
「がぁっ!?」
カレンとアリスは魔法師としての腕は互角であったが、剣を使った近接戦ではカレンが圧倒的に上だった。
「ぐうううう……痛い痛い痛いいたいいたいいたいイタイイタイイタイ!!」
双剣による攻撃をまともに受けたアリスは、その場で悶える。自身の体に屍術を施し、常人なら即死の攻撃でも生き永らえることができるアリスだったが、痛みだけはどうにもならない。カナキと違って痛みに耐性のないアリスにとって、その攻撃は耐えがたい苦痛であった。
「…………」
カレンは、アリスの様子を顔色一つ変えずに見下ろすと、トドメを刺すべく魔双剣を構える。
「ぐぅ……このガキィ!」
先ほどまでの余裕を捨て、殺意を込めた瞳でカレンを睨んだアリスは、自身の前方に多数の魔物とゴーレムを展開。それらを総動員してカレンを襲わせるが、再び空中に浮いたカレンに攻撃は届かない。
「チィ、焔刃!」
悪態と共にアリスは炎の刃を多数飛ばすが、そのどれもが躱され、あるいは叩き落されて防がれる。
強い。アリスはここにきて、自分がカレンのことを過小評価していたことに気が付いた。いくら準一級魔法師とはいえ、相手は経験の浅い小娘。そんな彼女に、十年近く準一級魔法師として君臨していた自分が負けるはずがないのだと、アリスは驕っていたのだ。
「あなた、私と同等だと思っていたのなら大間違いよ。あなたと私、同じ準一級魔法師でも、私にとってはただの通過点。準一級で限界が見えているあなた程度じゃ、私に敵う道理はないわ」
「ッ……この、クソガキがぁああああ!!」
激昂したアリスが更に攻撃の手数を増やそうとしたとき、カレンがそれを読んでいたかのように急降下、攻撃に意識を向け過ぎていたアリスは対応に遅れる。
「ッ!?」
自身の周囲を固めていた護衛代わりの魔物たちが次々と屠られ、瞬く間にカレンがアリスに肉薄する。カレンが急降下を開始してから一秒足らずの出来事。速すぎる。
アリスが障壁を張ろうとしたとき、カレンが魔双剣を振るう。間に合うかは際どいタイミングだったが、結果的にカレンの攻撃は届かずに終わった。
「くっ!」
突如乱入してきた相手に、カレンは歯噛みしながら急上昇し距離を取る。
「随分手こずってますね、アリスさん」
「ッ……うるさいわね! 邪魔すんじゃないわよ!」
自分を庇うように前に立ったカナキを見て、アリスは虚勢を張る。口では強気なことを言っているが、内心カナキが来てくれなかったら危なかったことは分かっていた。
一方、カレンはこの場にイレイサーが来たことに動揺を隠せない。
「『イレイサー』……何故ここに」
「ああ、セルベス学園の生徒たちですか? そっちは全部片付いたので帰ってきました」
難なく言ったイレイサーに、カレンは引き攣った笑みを浮かべる。
「ふ、ふふ……。嘘ね。消耗しているフィーナたちはともかく、向こうにはアルダール先輩とリヴァル教官が向かったわ。あなた程度の小物一人にあの二人が負けるわけがない」
「……まあ、確かに二人同時に掛かってこられたら負けてましたね」
「……どういうこと」
意味深な言葉を吐いたイレイサー。『天衣霧縫』に隠されてその表情は分からなかったが、奴は笑っているのだとカレンは確信できた。
そのとき、生き残りも少なくなったメインアリーナ内で爆発音が起きる。
目の前の相手に注意しながらそちらを向いたカレンは、思わず大きな声を上げてしまった。
「アルダール先輩!?」
爆発音の正体は、メインアリーナの一部の壁が爆発し、そこからレインが飛び出したことによるものだった。
レインは右手に自身の魔導具を持ち、未だ戦闘続行の意欲を見せているが、身体の至る所には、何か鋭いもので引き裂かれたかのような無残な裂傷が見て取れた。
そのとき、吹き飛んだ壁の奥からもう一人の男が出てくる。
いや、それは本当に人間なのか。出てきたのは、全長二メートルは優に越えており、全身は漆黒の鱗、龍のような長い口先には鋭い歯が幾重にも並び、手足には凶悪な鉤爪、更には尻尾まで生えていた。
「フッ、フッ……フハハハハハ! こいつはすげえや! お前、何者だぁ? 今年の大会優勝候補って言われてた奴はあらかた殺したが、お前はそいつらなんか目じゃねえくらい強ぇじゃねえかぁ!」
上機嫌にそう笑った異形。それにレインが答えることは勿論ないが、肩で大きく息をするその姿はこれまで見たことがないくらい彼が追い詰められていることを意味していた。
「ほら、こういうことですよ?」
おどけたように肩を竦めてみせるのは下からカレンを見上げるイレイサー。その仕草にカレンは怒りに任せて滑空しようかと思ったが、どうにか自制する。
その様子を見ていたイレイサーは肩を竦めると(やはり攻撃を誘っていたらしい)、今度はカレンを諭すような口調で言った。
「皇女殿下、どうかこの辺りで降伏してくれませんか? 僕達の狙いはあくまであなた、他の者はなるべく“殺さないように”したいのです。周囲をご覧ください。あとどれだけの人間が、まだ戦う力を残していますか?」
カレンは言われて、周囲に視線を向ける。
確かにイレイサーの言う通り、気づけば未だ戦いを続けている者はほとんど残っていなかった。
観客は勿論のこと、警備兵も見渡す限りは全滅。無論、敵の死体も多くみられるが、全体的に見れば、やはりまだ数は残っている。学騎体に出場していた生徒達も、最早学校単位では残っておらず、カレンでさえ知っている有名な生徒がチラホラ残っているのみだ。
そこでカレンは気づく。そういえば、ここの警備代表を務めているはずのバデスの姿が見えない。最初はどこか違うところで戦っているのかと思っていたが、彼の性格からすれば、カレンを真っ先に助けにきてもおかしくないはずだ。それが、ここまで来ても姿を現さないということは……。
「バデスさんをお探しですか? 彼なら死んで頂きましたよ」
「ッ!」
カレンの脳裏によぎった嫌な予感を言い当てるようにイレイサーは言う。
「そんなわけないわ! バデスはエリアスや師匠と肩を並べる最高峰の戦士よ! 彼があなた程度に負けるなんて!」
「僕に? はは、いやいやまさか。僕なんかがバデスさんに勝てるわけないじゃないですか」
笑って首を振るイレイサーに、カレンは混乱する。
気づけば、イレイサーに食い入るように尋ねていた。
「じゃ、じゃあ誰がやるっていうのよ! あなた達もそれなりの戦力を揃えたみたいだけど、それでもバデスに届くとは思えないわ!」
「……まあ、ここでそんな答え合わせをしたところで特に意味はないのですが。まあ、いいでしょう。丁度、その人もここに来てくれたみたいですし」
そう言ってイレイサーが振り向いた先を見て、カレンは凍り付いた。
どさっ、と土嚢でも投げるかのように捨てられたのは、間違いない。カレンが信頼する数少ない実力者、バデスだった。
「ありえない……」
「まあ、確かに真っ向勝負だったらバデスさんに軍配が上がったかもしれませんけど、相手が悪かったですね」
そして、イレイサーはバデスを放り投げた男の元に歩いていくと、
「お久しぶりです、マティアスさん」
深く、頭を下げた。
「――か。久しいな」
「おっとぉ。まだ名前は出さないでください。これは僕の数少ない愉しみで、後に取っておいてるんですから」
「……お前はやはり、変わらんな」
親密そうに話す二人。だが、カレンはその痩躯の男を見ても、バデスが負けたとは到底信じられなかった。
なにせあの男、魔力を一切感じない。
「やっほぉ、マティアスさん。体の調子はどう?」
「アリスか。今のところ問題はない。それより、今はこちらの仕事に集中するぞ」
「はぁい。相変わらずマティアスさんは融通が利かないんだから」
マティアスがカレンを見上げると、それだけで体が凍り付いた。
「ッ!?」
なんだ、これは。体が鉛のように重い。あの男、何をしたと言うんだ。魔法を使われた形勢もないのに。
「皇女殿下。降伏してください。今ならまだ生き残っている人達だけは助かりますよ。例えば、ほら、彼女たちとか」
イレイサーが顎をしゃくった先を見て、カレンは息が詰まる。
「フィーナ! パニバル!」
壁に背を預けた状態の二人は意識はないが、胸が静かに上下している所をみると命に別状はなさそうだ。
今のところは。
「ハッハー!」
「ッ!」
笑い声と共に甲高い金属音。見ると、レインと異形の戦いが再開されていた。全身が武器である異形の攻撃を、レインは器用に捌いているが、それもいつまで保つか分からない。
「今この場に残っているのは……セルベス主席のレイン・アルダール、アカデメン主席のディーイ・マックール、更に去年の学騎体本選二位のレベッカ・ホークマン。あとは雑魚が数名と……おお、セルベスのオルガ・シュメル君も残ってるね。セルベスの一年生は本当に優秀なようだ」
イレイサーは周囲を見渡して、何故か感慨深そうな声音でしみじみと言うと、眠るフィーナ達の元まで行き、魔力執刀を突きつけた。
「や、やめなさい!」
思わず叫んでしまったカレンに、イレイサーは喜色を滲ませた声で言う。
「ああ、君のそんな顔が見れるなんてね、感無量だよ……。殺させたくないなら、要求に従ってくれないかな? 大丈夫、ここで君が大人しく言う事を聞けば、約束は守るよ」
「…………」
イレイサーが笑っていることだけは、カレンには手に取るように分かった。
どうする。カレンの中で様々な考えがグルグルと回り、答えの出ない袋小路へと落ちていく。フィーナ達を殺させることは絶対にダメだが、この国の皇女として、テロリストに屈することだけは避けねばならない。ここでカレンが折れれば、この先の未来、オルテシア王国はテロに屈する国としてのレッテルを貼られ、他国から軽蔑されることになりかねない。それは大きな国益の損害だし、カレンの気持ちとしても、斃れるまで抗い続ける所存だったが……。
「――遅いね」
ピッ。
イレイサーが魔力執刀を振るうと、パニバルの首から血があふれ出し、彼女の体が一度大きく震えた。
「ッ! やめなさい! やめて!」
「あなたの答えが遅いせいですよ。僕たちは交渉事は苦手なんです。殺した方が手っ取り早いですしね。だから、これが最後通告ですよ。断れば次はこちらを斬ります」
イレイサーが、魔力執刀をフィーナの首筋に近づける。
「駄目! それだけは絶対だめ! やめてちょうだい!」
「だから嫌なら降伏してくださいと何度も言っているじゃありませんか。早くしないと――」
「オルテシアッ! 絶対に降伏するなよ!」
イレイサーが舌打ち。声の主は、未だに戦闘を続けるレインだった。
「テロリストを信用するな! 奴らが口約束を守るわけがないだろ! 正気に戻れ!」
「余所見とは余裕だなぁ!」
異形の振るった鉤爪を躱し、それまで防戦一方だったレインが突如前進、異形の懐に飛び込むと、『雷光千鳥』の魔法を放つ。
「ぐぉおおおお!? ……ハッ、そうでなくちゃ!」
「なにっ!?」
最上級魔法の雷光千鳥をまともに受けた異形だったが、即座に反撃。
距離を取ろうとしたレインの体を尻尾で巻き付けて阻害し、そこに両手のクロ―を振るう。防御も出来ずにまともに受けたレインの体は震え、ぐったりとして動かなくなった。
「はぁ……久しぶりにワクワクする戦いだったぜ」
尻尾で巻き付けていたレインの体を放り投げ、満足気に息を吐く異形。
それをただ眺めることしか出来ていなかったカレンに、イレイサーは冷たく言い放つ。
「あなたが早く決断していれば、彼は死ぬことはなかったのですがね……」
「ッ!」
イレイサーの手に力が籠る。フィーナの首筋に浅く傷がつき、一筋の血が流れ落ちた。
「降伏しろ。お前に選択権はない」
「……………………分かったわ」
カレンは言葉と共に魔双剣を放棄。
その後、放たれたカレンの降伏宣言で、その戦いはテロリストの勝利で終わりを迎えた。
御意見御感想、お待ちしております。
次回からカナキ視点に戻ります。




