捕獲
「……ッ」
「アルダール先輩?」
「……いや、なんでもない」
突然背後を振り返ったレインに、後ろから付いてきていたパニバルとフィーナが困惑した様子で尋ねる。
レインはそれに対して軽く首を振ると、目線を前へと戻す。正面玄関は、既に多くの死体が転がる地獄絵図となっており、出口にも強力な結界が張られていた。何度か突破を試みたが、レインたちの火力では到底突破は出来ないという結論に至り、今はフィーナに教えられた王室用の脱出通路に向かっていた。レインはともかく、パニバルとフィーナだけでも逃がすつもりだったが……。
「おい、こっちに三人いるぞ!」
「ちっ!」
廊下の突き当たりから突然姿を見せた男が、後ろに向かって叫ぶ。増援に回り込まれると厄介だ。レインは瞬時に魔導具を抜き取り、男に向かって放つ。
「ぐあ!」
不可視の魔弾に全く反応できなかった男は、初弾で右腕を吹き飛ばされ、次弾で左足を失う。驚愕の表情を浮かべる男に、レインは容赦なくトドメを刺す。
「アルダール先輩……」
「今は余計なことを考えるな。少しの同情がお前だけではなく仲間も殺すぞ」
何か言いたげなパニバルに、レインは先に釘を刺す。『カグヤ』のメンバーにはいつも言っていることだし、フィーナの顔にも驚きはない。それを察したパニバルも、頷いて口を噤んだ。
「今のでここにも追手が来る。その脱出経路まではあとどれくらいかかる」
「何も起こらなければ三分ほどで。しかし、一度敵に見つかれば、雪だるま方式で敵は増えていくでしょう」
フィーナの意見は最もだ。レインは一瞬だけ迷う。
いっそのこと、一度リヴァルの元まで戻り合流したあと、脱出経路を目指すという手も……。
だが、その刹那の迷いが、レインの命運を分けた。
「――あん? なんだ、殺しちまったのか」
「……ちっ」
脱出経路の方からやってきたのは、全身をすっぽりとフードで隠した長身の男。粗野な口調の裏腹に、用心深くレインたちを見つめる男の視線がフィーナの所で止まった。
「……おいおい、こんなところで会えるとはなぁ、フィーナ・トリニティ」
「ッ!」
男の目的が自分だと知ったフィーナは魔導具から魔法剣を取り出すが、魔力の熾りは安定しない。先の戦闘の疲労がまだ残っているようだった。
それでもフィーナは、毅然とした態度でフードの男を睨み返す。
「私に何か用ですか?」
「ああ。お前だろ? シールでキースをやったっていう学生は。あいつは一応俺の弟子だったからよぉ」
キース、と言われてフィーナの脳裏に一人の男の顔が浮かんだ。
「……あなたが『狩人』を育てたということですか。ということは、あなたが『戦争屋』のガトーですね」
名前を呼ばれたガトーは、フードの下で愉快そうに笑った。
「おうさ。奴は俺が育ててきた奴らの中じゃあ優秀な方だったんだがな。敵討ちって柄でもねえが、あいつを倒した小娘の腕くらい拝んでも良いかなってなぁ!」
言葉と共にフィーナに向かって走り出すガトー。遅れてフィーナも迎え撃つ姿勢を取る。
だが、直後にその間に割って入る人物が一人。それを見たガトーは、さも不快そうに舌打ちした。
「テメエはお呼びじゃねえんだよ! 雑魚はどいてなぁ!」
目の前に飛躍り出たレインに、ガトーが右手に持つ短剣を投擲。それを難なく打ち払ったレインだったが、そのときにはもうガトーがレインの目と鼻の先にいた。
「さっさと死ね!」
低い姿勢から伸びあがるようにガトーが短剣を振るう。
しかし、魔導具を短剣形態へと既に変えていたレインは、それをガードする。忌々しそうに舌打ちしたガトーが、瞬時に左手の服の袖から短剣を取り出すと同時に一閃。だが、それも直前で一歩後退したレインには届かない。
更にレインは短剣を銃タイプに変えると同時に魔弾を射出。左肩を貫かれたガトーが揺らめき、直後に放たれた頭への次弾を首を振って躱すが、フードが吹き飛び、男のタトゥーだらけのおぞましい顔が宙に舞う自身の左耳を見たとき、ガトーの顔が一瞬で真剣味を帯びる。
レインは更に魔弾を撃ちながら、後ろにいるフィーナ達に怒鳴る。
「邪魔だ! こいつの相手は俺がする。お前らは別のルートから向かえ!」
「ッ……分かりました」
あえて厳しい口調で言われたレインの指示に、フィーナは悔しさを呑み込み頷く。
パニバルに視線を向けると、彼女も力強く頷いた。
「おらぁっ!」
パニバルとフィーナが来た道を引き返していくのがガトーにも見えたが、最早問題ではなかった。
目の前の奴を殺す。
目標を完全にレインへとシフトしたガトーは、哄笑しながら再びレインへと斬りかかった――
「うそ……」
パニバルと話し合い、再びサブアリーナへと戻ってきたフィーナは呆然と呟いた。
隣でぺたんとパニバルが尻餅をつく。驚愕の色に染まった瞳は、目の前の頭部のない死体を見つめている。
「リヴァル、きょう、かん……」
目の前で倒れている死体、あちこちに出来た血の水たまり、そしてボロボロになったサブアリーナを見れば、ここで起こった戦いが、いかに激しかったかを物語っている。リヴァルと戦っていた『イレイサー』がここにいないとなると、やはりリヴァルが負けたということか……。『イレイサー』が強いことは、直接戦ったことのあるフィーナも分かっていたが、一線を退いたとはいえ、準一級魔法師であり、元王宮近衛隊も務めていたリヴァルを負かすほどとは、正直想像していなかった。
「…………ッ」
フィーナは戦慄した。もしフィーナの推測通り『イレイサー』の正体がカナキだったとしたら、彼はセルベスで、一体どれほどの力を隠していたのだろう。勘の良い彼なら、生徒たちがカナキをどう評価していたかもなんとなく気づいていただろうし、それで苦労したことだってあるだろう。だが、カナキはこれほどの力があるのにおくびにも出さずに昼行灯を演じきるということは、並大抵の精神力ではない。
――そんな風に自分を完全に演じきっていたカナキの何を見て、私は少しでも彼を分かった気になっていたのだろう。
フィーナが自問自答を始め、パニバルも目の前の死体のショックに打ちひしがれていたときだった。突然天井から凄まじい勢いで何かが落ちてきて、床に大きなクレーターを作った時、二人はすぐには反応できなかった。
「きゃあ!」
「ッ!?」
やがて落ちてきたものが人だと分かったフィーナは、恐る恐るそれに近づき正体を確認する。そして、今日何度目になるか分からない大きな驚愕に包まれた。
「なっ…………バデス近衛隊長!?」
なんと、上から落ちてきたのは現在の王宮近衛隊長にして、今日ここに集まった警備隊の中で最強と言っても過言ではない男、バデス・ペッテンコールだった。
試合前に一度会ってはいたが、あのときの猛禽類のような鋭い眼光からは既に光が消え失せており、よく見ると、首の裏側に大きな打撲痕があり、そこからは未だに血液がじくじくと流れ落ちていた。間違いなく致命傷となった一撃だろう。
いつの間にか後ろに来ていたパニバルが、怖々した口調で尋ねてくる。
「こ、この人って、試合前に一度、私たちの所に来た、王宮近衛隊長の人だよね? な、なんでそんな強い人が、こんな所に……」
パニバルに言われて、フィーナはやっと今の自分たちの置かれている状況に気づいた。そうだ、何を暢気にしているのだ。バデスはここに倒れていたのではなく、今しがた上から落ちてきたのだ。ならばバデスをこんな風にした犯人は今、自分たちの丁度真上に――
「パニバルッ! 急いでここを」
「――どこかで、会った顔だな」
「……ッ!」
遅かった。
上から突如聞こえてきた声に顔を上げれば、太陽を背にして痩躯の男が立っていた。
逆光で顔が見えなかったが、天井の穴の淵から飛び降りてきたその男の顔を見たフィーナは目を疑う。この男をフィーナは知っている。だが、聞かされていた情報と現実との矛盾にフィーナは混乱する。
何故なら、目の前に立っている男、確認はされていなかったが、既に死亡扱いになっていたからだ。
「……その男は死んだようだな。完全に奇襲に成功したにも関わらず、ここまで粘られるのは想定外だったが……おかげで探す手間が省けた」
「ッ!」
視線をバデスへと向けた男が、ギロリとフィーナを見る。それだけで、フィーナの体は金縛りにあったかのように動かなくなった。
「ッ! フィーナちゃん――」
男の狙いがフィーナだと察したのだろう。パニバルがフィーナの前に出ると、正面に刀を構えた。
「パニバル、ダメです!」
だが、この男が本物ならば、パニバルでは到底太刀打ちできない。フィーナが自分を置いて逃げろ、という意の言葉を紡ごうとした時、既に男の姿はなかった。
「え」
声を上げたのはフィーナだったか、パニバルだったか。
気づけば男の手刀がパニバルへと刺さっており、崩れ落ちるパニバルの体を男が支える。敵とは思えないくらい、優しい丁寧な支え方だった。
「…………」
「ッ!」
パニバルを静かに寝かせた男が、フィーナを一瞥する。それでフィーナは、無駄だと分かっていながらも、自分の得物を取り出し、構える。
それを男は、無表情で眺め、
「……乱暴には扱わん。大人しく私に付いて来い」
と、ぶっきらぼうながらも、どこか優しさすら滲ませる声で言った。
一瞬、それで心が揺らぎそうになるが、その甘えを捨て、剣を構えて答えを示した。
「……そうか」
次の瞬間、男が姿が消え、同時にフィーナも背後に向かって剣を振るった。
「発想は悪くない……が」
「ぐっ!?」
背後から声が聞こえ、同時に衝撃。
急速に暗転していく視界の中、男の静かな声だけが聞こえてきた。
「……あれとの約束だからな。お前たちはこのまま連れていく」
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