押し寄せる鉄壁 上
「ッ!」
「む――」
あの二人を相手に二対一では分が悪い――
それでも、逃げ出すことが許されない今の状況では戦うしかないカナキは、迷うことなく奇襲を選択する。
「おっと!」
走るやいなや放たれたレインの不可視の魔弾を回避。レイン持ち前のクイックリリースもタイミングさえ分かっていれば、カナキの動体視力で銃口の位置から魔弾の弾道も予測できる。無論それは以前カナキがその体で何度もレインの魔弾を受けていたから出来る芸当であったが。
初弾が躱されたことに僅かに眉を顰めるレイン。初めて戦ったときと比べてカナキの動きが違うことに驚いているのだろう。悪いね、今日は出し惜しみなしの、正真正銘の本気だから――
まずは初動の早いレインを潰す。カナキが魔力執刀を展開し、レインの首を刈り取ろうとしたとき、急速に接近してくる殺気を感知。そちらを見ずに顔だけ後ろに逸らすと、目の前を大木のような太い腕が高速で通過した。
「…………!」
ギロリ、と自分のパンチを躱したカナキを、リヴァルが鬼の形相で睨む。この図体でレインと同等の速さで動くのか。予想以上に厄介だ。
カナキは、リヴァルが腕を引く前に、眼前に伸びている腕を両腕で絡めとる。そのまま体全体で腕を抱え込み、関節技に持っていこうとしたが、リヴァルは瞬時に右腕に組み付いたカナキを床に叩きつける。魔力強化もしていないはずなのに、その一撃はサブアリーナの床が易々と陥没する威力だった。
常人より痛みに何倍も耐性があるカナキは、その程度で腕を外したりしないが、いくら締め上げてもリヴァルの腕は鉄骨のように固く、全く関節を極められない。関節技を諦めたカナキは拘束を解除し、リヴァルから離れる。レインから牽制とばかりに魔弾が飛ぶが、全てカナキには届かない。
「以前とは別人の動きだな……」
忌々し気にレインは言うと、魔導具を短剣の形態へと切り替える。近接戦闘にするつもりか。カナキとしては好都合で、思わず笑みが零れる。
「――レイン。お前はトリニティとセニゼルを連れていけ」
しかし、直後に告げられたリヴァルの命令に、レインは胡乱気な表情になった。自分がお荷物扱いされたと感じたのだろう。
「……お言葉ですが、教官一人では多少危険が残ります。ここは、二人でかかって確実に勝利を納めるべきかと――」
「誰もお前の意見は訊いていない。それに――」
リヴァルはカナキに向けた鬼の形相をレインに向けた。
「……誰に向かって口を利いている。ならばはっきり言ってやるが、お前は足手まといだ。二人を警護しながらさっさとドームを脱出しろっ!」
遠目に聞いていたカナキでさえも震えあがる迫力だった。こんな本気で怒るリヴァルは、学校内でも見たことがない。流石のレインも、これには面食らったようで、素直に従った。
「……了解しました。ご武運を、教官」
「ああ、俺も後から追いつく」
レインが背を向けて駆け出したので、その背中に駄目元で『電撃』を撃ってみるが、当然のようにリヴァルに素手で防がれる。
「素手って……まじか」
呆れかえるカナキは、次の瞬間、纏っていた『天衣霧縫』が引き剥がされ、正体が露わになる。
「……ッ!?」
意味がないと分かりつつも、咄嗟に腕で顔を隠し、何が起こったのかを確認するカナキ。やがてそれが目の前にいるリヴァルの仕業だと気づき、顔を隠すのをやめた。
「やはり……お前だったか……」
『イレイサー』の正体が僕とわかっても、リヴァルはそれほど驚かなかった。誰かから聞かされていたのか、おおよそ見当がついていたのだろう。何か言った方がいいかな、とカナキが思った直後、リヴァルは静かに目を閉じた。
「この……下衆がぁッ!!」
「ッ!!」
大気が振動し、サブアリーナ全体が悲鳴を上げるように軋む。目を見開いたリヴァルがカナキを射抜き、怒声を上げた瞬間、カナキの体がびりびりと震えた。凄まじいプレッシャーだ。
カナキが気圧されたとき、リヴァルが動く。
「金剛障壁!」
前方に展開した障壁は、先ほど殺したレイモンドと同じ魔法だったが、レイモンドが自分の周囲のみに展開していたのに対して、目の前のリヴァルのそれは、天井に達するくらいの巨大な障壁だ。中級魔法レベルならまず歯が立たないレベルの障壁だが……。
「『無限障壁』ッ! 『風来槍』ッ!」
「なっ……」
しかし、リヴァルはそれで終わらなかった。最初に展開した金剛障壁の前方に、更に無限障壁を展開。サブアリーナの天井を今度こそ突き破り、山といっても信じられるような巨大な壁を作り上げる。仕上げとばかりに、障壁の前方に巨大な風の槍を幾つも搭載させれば、出来上がったのは城塞だった。上級魔法と最上級魔法を掛け合わせた巨大な障壁は城壁のようにそびえ立ち、鋭く伸びる風来槍で障壁に容易に近づくことさえ叶わない。術者であるリヴァルは障壁に阻まれ、もはや姿さえも見えなくなっていた。
だが、これだけの障壁を展開させた状態は、リヴァルといえども決して楽ではないはず。持久戦に持ち込めば、やがて障壁は消え、あとは魔力切れを熾したリヴァル本体を殺すだけ……。
そんなカナキの予想は、あっさりと裏切られることになる。
「――行くぞ」
障壁の奥で、リヴァルが低く唸った気がした。
直後、カナキはとんでもないものを見ることになる。
「…………嘘だろ」
城壁が、ゆっくりと前進を始めた。
最初は見間違いかと思ったが、やはりそれは確実に、カナキの方にむかって進行していた。事実、サブアリーナの天井が、障壁が進むごとに抉られていき、天井の残骸が床に落ちていき、やがてそれらも障壁に押しつぶされ、呑み込まれていく。
そこで、カナキは初めてリヴァルの異名を思い出した。
「押し寄せる鉄壁……!」
学校にいた頃は比喩か何かだと思っていたが、まさか言葉通りの意味とはね……ッ!
「ウゥオオオオオオ!!」
リヴァルの咆哮と共に、障壁の前進スピードが跳ね上がる。
カナキの顔から一切の余裕が消え、魔晶石を取り出すと、二つ同時に砕いた。
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