狂宴 1
Outside
カナキが空に向けて放った閃光の矢が強烈な光を放ったのが決められていた合図だった。
その直後、光の瞬きが消えないうちに、いくつもの悲鳴が聞こえてくる。
「ハッハア!」
一際喜色を滲ませて警備兵に襲いかかったのはガトーの一派だった。
彼は、観客に扮して共に会場入りしていた部下たちと共に、近くにいる者から手あたり次第に襲い掛かる。目が眩んでいる警備兵の喉をナイフで掻き切り、老若男女問わず観客も手あたり襲い掛かる。成人男性は勿論のこと、老人の枯れ木のような足を粉砕し、若い女性の両目を潰し、子供の首を圧し折る。
ガトーの一派はそれらに全くの躊躇が無く、むしろ喜々として行っており、閃光が消えて視力が戻った者から、その光景を見てパニックに陥る。本来なら避難誘導する警備兵は真っ先に殺されており、観客席から出口へと繋がる階段に、必然と人が殺到するが――
「なんで!? ここから先に進めない!?」
真っ先に階段へ走った女性が、階段を散歩駆け下りたところで見えない壁にぶつかる。どうにか先に進もうともがくが、まるでガラスの壁でもあるかのように、全く先に進めない。そのうちに後ろから続々と逃げようとした観客が詰めかけ、先頭にいたその女は、後ろから殺到する人と壁で板挟みになり圧死した。
「――ふふ、たとえ何人来ようが、妾の作った結界は突破できぬよ」
パニックにより、真っ先に逃げ出した観客が結界に挟まれて次々と圧死していく中、その結界を作った張本人であるミラは扇子を口元で拡げ、妖艶に笑う。彼女がいるラグーンドームの入り口には既に無数の死体が転がっており、息をしている人間はいない。更に、ドーム全体には、彼女が持つ最上級魔法『時空の壁』が形成されており、何人たりともラグーンドームへは入ることも出ることも叶わなくなっていた。
いくらSS-レートのミラでも、本来こんな大規模で最上級魔法を常時発動していれば、すぐに魔力切れを起こしてしまうところだが……。
「ふふ、最初は半信半疑であったが、まさかこんな優れた物を作る技術を持っていようとは……。つくづく底が見えん男よ」
ミラは自身の振袖の中から魔晶石を一つ取り出すと、鉄扇で小突いて砕く。カナキがミラのために用意した魔晶石は八個。これならばあと四十分くらいは結界を張り続けることが出来るだろう。そして、まさにその四十分こそが、試合会場にいるカナキたちに与えられた、制圧を完了するまでのタイムリミットだった。
一方作戦開始の狼煙を上げたカナキも、そのまま黙って成り行きを見つめるだけでは勿論ない。
「ぼちぼち、僕も始めますか」
カナキは、手に持った弓矢を収納用魔導具の中に戻すと、フィーナに視線を戻す。
まだ彼女は、先ほどの閃光で目をやられ、視界が戻っていない。
カナキが、フィーナの元へ駆け寄ろうとした瞬間、不意に殺気を感じ、そちらに魔力障壁を展開する。
「金剛障壁ッ!」
「ヅッ!!」
カナキの作った障壁が砕け散り、途方もない圧力の結界が、カナキの体を吹き飛ばした。
空中で体勢を立て直し、靴底を減らしながら体を制止させたカナキは、自分を吹き飛ばしたレイモンドを見据える。
「……まさか、さっきあれだけの死闘を繰り広げて、まだそこまで動けるとはね……」
「テロリストを前に、オチオチ眠ることなど出来んわ!」
レイモンドは鼻息荒く、そう豪語すると、フィーナを庇うように前に出た。
「フィーナ・トリニティ! 早く起きろ! あの男の狙いはお前だ!」
余計なことを……。
カナキが右手に魔力を集中させると、掌に真珠のような漆黒の球体が浮かぶ。
生成したそれを、カナキは瞬時に右手で握りつぶし、その掌をレイモンドに向ける。レイモンドも、それに危険を感じたのか、己の前方に『金剛障壁』を展開する。大した危険察知能力だ。
まあ、何の意味もないのだが。
「『終末』」
先ほどの黒い粒子がカナキの手から放たれ、それは金剛障壁を易々と貫通し、レイモンドの顔を呑み込んだ。
魔法図書館で奪取した禁忌指定の魔導書を基に、『霧幻泡影』から派生させた分解魔法だ。どんなに強固な結界を作っても意味がない。
頭部を丸ごと失ったレイモンドの体は、やがて力無く倒れた。
「あ、『魂喰』の餌用に生かしておいても良かったな」
殺してからその可能性を思い至り、カナキは自分の短絡さを後悔する。ついイラッとしてしまい殺してしまった。
「本当に……カナキ……先生、ですか?」
「…………」
そして、そんな下らないことを考えているうちに、フィーナも復活してしまった。彼女は信じられないような瞳で、いや、何かを信じたくないような様子で僕を見つめている。彼女には、僕の正体を知らないままの方が彼女のためだろう。
「ッ!?」
カナキが一歩前に出ると、フィーナは怯えるように後ずさる。いつものフィーナでは考えられないようなその仕草に、カナキはこれまでにないほど強い快感を覚える。
ついに、この日が――
「フィーナ!」
「ッ! カレン様!」
しかし、そこですぐに邪魔者が乱入する。
それがこの作戦の第一目標のカレン・オルテシアだと気づいた時、カナキは逆に好都合だと口元を歪める。
「すぐそこにルイス達が来ているわ。あなたはそちらに逃げなさい」
「そ、そんなことできません!」
「……さっきの試合で消耗した今のあなたじゃ、ここにいたら気にかかって集中できないの。分かって頂戴」
「ッ……分かりました」
悔しそうに下唇を噛んだフィーナが、フィールドの出入り口で手を振るルイス達の方に向かう。セルベス陣営側には、僕が直々に手を下したいために、あまり大人数を贈らなかったが、見た限り全員無事なように見える。まさか、あの奇襲で誰一人失わないとはね。
「私を前にして余所見とは余裕ね」
視線を戻すと、カレンは両手に持つ魔双剣を十字に切り払い、僕を親の仇でも見るような目で睨む。
「カナキ先生なのか他の誰だかは知らないけど……ここまで派手にやってくれたんだもの。相応の覚悟は出来てるわよね?」
「僕をどうするつもりだい?」
「あなたは危険だわ。出来れば捕縛したいところだけど、ここで殺す」
宣言と共にカレンが疾駆した直後、すぐさまカレンは後退。そこに、巨大な石柱が飛び出し、先端に一人の女性が飛び乗る。
「あなたは…………」
「あは、お久しぶりね。オルテシアさん」
石柱の上から見下ろす形で、アリスがカレンに笑いかける。
「……いつのまに脱獄していたのかしら」
「つい最近よ。すぐばれるとは思ったけど、今になるまで誰も気づかないなんて。この国の憲兵団は、人形と人間も見分けられない三流ばかりなのかしら」
「――王国を侮辱した罪、重いわよ」
「あは、あはははははは!」
殺意を込めたカレンの視線を受けたアリスは、壊れたように嗤う。
「――それではアリスさん」
「ええ、ここは私に任せなさい」
カナキは“予定通り”カレンをアリスに任せると、フィーナの後を追う。カレンはカナキを止めようとするが、
「――ッ」
「あは、あなたは私と遊びましょう?」
カレンを取り囲むように無数に湧き出てくる魔物を目にして、考えを改める。かつてカレンの手で直接捕縛した『屍術姫』だが、あのときはカレンに会った時、既に彼女は満身創痍だった。外道に落ちようとも、元は自分と同じ準一級魔法師。不用意に背中を向けて良い相手ではないとカレンの理性が訴えていた。
「オルテシアさんにはたーくさん、借りがあるからねぇ。今度こそ、殺してあげるッ!」
カナキは、アリスのその言葉を最後に、二人の戦闘が始まった事を確認すると、先を急ぐ。今頃、ガトー一派やフェルトたちが第三目標である学騎体出場者たちを狩っているはずだ。まだ子供とはいえ、彼らが油断できない相手だということは、魔法学校で教鞭を振ってきたカナキは十分承知している。特に、レイモンドのような去年ベスト四以上に残った生徒達は、掛け値なしで強者だ。ガトー達とて、油断すれば喰われかねない。
近衛隊長のバデスを、“あの人”が抑えてくれている間に、なんとか頭数を減らしておかないと……。
ルイス達を追ってフィールドを出て、ドーム内の円環状になった廊下に出ると、フィーナを背負って逃げるセルベス学園生徒の背中が見える。
この距離なら『終末』の射程圏内だが、それではフィーナまで殺しかねない。それに、彼らは出来るだけ近くまでいって殺してあげたいと思っていた。それが、担任としての僕の務めだろうからね――
「ッ! 来やがった!」
ルイス達を追ってきたカナキの存在を背中越しに見たルイスは、仲間たちに警告する。
向こうはカレン、オルガ、レインを抜いた七人で、人数差は圧倒的だが、先の試合で消耗した生徒も多いため、逃走を選択していたのだろう。レインの指示かカレンの指示か。どちらにせよ、彼らはこのとき逃走を止め、カナキを迎え撃つことを選択した。
このまま出口に向かっていれば、ミラと挟み撃ちに出来たのだが、まあ僕一人でけじめをつけるという意味では都合が良いかもしれない。
「フィーナは下がってろ! パニバルはフィーナを護ってやってくれ!」
「う、うん!」
意外なリーダーシップを発揮したルイスに、カナキは嬉しい気持ちになる。生徒の成長は担任を務めるカナキとしても嬉しいところだ。あ、元担任か、とカナキは心の中でツッコミを入れる。
上級生たちと共に武器を構えるルイス。カナキは、何故かウキウキした気持ちになりながら、かつてシヴァの武器だった魔槍、雷轟槍を取り出した――
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