激動
記念すべき100話!
というせいでもないのですが、とても長くなってしまいました(いつもの四倍くらい〉
「それでは、一回戦一試合目を始めます」
選手の呼び出しをする若い女性の声が会場内に響き、会場の熱気が一際高まったような気がする。少なくとも、セルベス学園の関係者の間では、ボルテージが上がった。
「赤、カムシャフト魔法学校所属、クラウス・ボーデウィンさん。青、セルベス学園所属、レイン・アルダールさん」
呼ばれたレインはウォーミングアップをやめ、手すりに手を掛ける。
「ボス、やっちまって来てください!」
「頑張れよ団長」
「『カグヤ』の後輩たちも沢山見に来てるらしいから、先輩として格好良いとこ見せて来いよ」
ルイスや他の四年生に激励を受けて、軽く頷くだけに留めたレイン。そのまま手すりを飛び越え、ふわりとフィールドに着地した。別に階段を使って降りても構わないのだが、レインにとっては億劫だったのだろう。
レインの相手であるクラウスという生徒は四年生らしく、相当気合が入っていた。カムシャフトは王都にある魔法学校で、地元なだけに応援の声も大きい。
二人は、十メートル程度の位置で立ち止まると、互いの武器となる魔導具を取り出した。
主審である王宮魔導師が両者の準備が整ったことを確認すると、
「勝負、始め!」
と手を振り下ろした。
「『強化』、『魔力鎧』――」
途端に、魔術や魔法で強化を施すクラウス。魔術などで強化を施してから攻撃を開始するのは学騎体では主流の戦術であるが、レインは違った。
「ッ!? ぐっ――」
開始早々、レインが取ったのは攻撃だった。最早セルベスでは皆が見慣れた杖と剣が切り替え可能な魔導具をクラウスに向けると、瞬時に魔弾を撃つ。勿論、これまたいつも通り、不可視の魔法を施した弾だ。
本来なら魔術で強化もしていない魔弾では、中級魔法の『魔力鎧』を施した相手にダメージを与えることは難しいが、レインの魔弾は、たった三発でそれを破壊した。クラウスが激しく動揺したのが観客席からでも見て取れた。あの様子だと、そもそも何をされたかすら気づいていないのだろう。その時点で勝負は決まったようなものだった。
慌てたクラウスは、すぐに攻撃に転じようとするが、魔導具に魔力を送り込む瞬間、レインの魔弾がそれを弾き飛ばしていた。あとは魔弾を着々と当てるだけ。
受けたダメージを自動で吸収する学騎体専用タクティカルベストが、その色を白から桃、やがて赤へと変える。規定の被ダメージ量を超え、主審が試合終了を宣言した。あまりの一方的な試合内容に湧く会場。試合は一分程度で終了した。
「……分かってはいたけど、うちの隊長ってやっぱり強かったんだな」
「それはそうよ。何せ、入学当時の私に勝ったのだから。今は負けないけど」
ルイスの呟きに当然とばかりに言うカレン。確かに、レインの強さは既に王国騎士にも劣らぬ強さを持っているとフィーナも思う。肩を落として自陣へと帰っていくクラウスに、少し同情の念が湧いた。
衝撃を生んだ一試合目だったが、その後の試合は順当に進んだ。それを見てやはりというか、思ったことは、セルベスのレベルの高さだった。先のカレンを狙った事件で多くの優秀な生徒を喪ったセルベスだが、それでも今回選ばれたメンバーは他の学校の生徒とレベルは遜色なく、むしろこちらの方が上手ではないかと思わせるほどだった。
先輩たちも着々と勝ち残り、いよいよ次の試合は一年生の番となった。
「それでは、一回戦九試合目、赤、セルベス魔法学校所属、ルイス・アルバスさん。青、オレイル魔法学校所属、ギレン・コットールさん」
「よっしゃあ、やってやるぜ!」
追い風ムードのセルベス陣に送られ、ルイスがフィールドに降り立つ。相手は三年生ながら、去年はベスト十六だった生徒だ。一年生のルイスにはなかなかきつい相手だろう。
所定の位置に着くと、それぞれ得物を取り出す。ルイスは使い慣れた緑の刺繍が入った槍。相手のギレンは魔法剣を構えた。
「勝負、始め!」
掛け声と共に、ルイスは大地を蹴る。五級魔法師のルイスは選抜戦でも、その高い身体能力を活かした奇襲を得意としてきた。
「ッ! 『強化』――」
ギレンが『強化』を施した時点で、二人の距離は既に槍の間合いに入っていた。ルイスが槍を引き絞ったのをみて、ギレンもそれ以上の身体強化を諦めて、剣を構えた。
「おらぁ!」
「ちっ!」
勢いの乗ったルイスの刺突をギレンは受け止めるが、衝撃を殺しきれず後ずさる。一度距離を取ろうとするギレンをルイスは逃さず、追撃の手を緩めない。何とか攻撃を捌いているものの、ギレンはやがて壁際まで追いやらていく。
このままではマズイと悟ったのか、ギレンが反撃に出る。やや大振りになったルイスの横薙ぎを屈んで躱すと、一気に前へと躍り出る。彼我の距離は更に縮まり、槍の間合いから剣の間合いへ、つまりギレンの間合いへと変わる。
「シッ!」
ギレンは剣をレイピアのように構え、鋭い刺突を繰り出す。一撃必殺というよりは、とにかく手数を出すことに意識を割いているように取れる攻撃だ。それらをルイスは槍の柄の部分で弾き、防御する。
攻勢に出たギレン、最初は口元に余裕を浮かべていたが、徐々にそれは驚愕と共に引き締まる。何故なら、防戦一方であるルイスが、後ずさるのではなく、なんとそのまま前進を始めたからだ。
レイピアではなく剣であるため、刺突の速さはどうしても落ちてしまうが、それでもこれだけ繰り返せば一発くらいは入っても良さそうなもの、しかも受け手側の武器が間合いに見合わない長さの槍ならば尚更だ。しかし、いくらギレンが攻撃してもルイスは全てを正確に打ち払う。そのうちに、とうとうルイスは相手を壁際まで追いやった。
「くそっ!」
ギレンが毒づき、最後の賭けに出た。
彼はサイドステップで間合いを取ると同時に、ルイスの足元に小型の『泥沼』を形成。それはルイスの右足の足首程度までを埋める深さでしかなかったが、ルイスの追撃がそれで一瞬遅れる。あれだけの近接戦を繰り広げながらも正確な位置に魔法を展開したのは褒めるべきだろう。必死に作ったその僅かな時間で、ギレンはもてるだけの魔力を熾し、自身の魔導具である剣に流し込んだ。
魔力に呼応するように、剣の刀身が光り出し、紫電が蛇のように絡みつく。次の瞬間、ルイスに向けられた剣先から、光線のような勢いで中級魔法『電撃破』が放たれた。
流石にこれはやられたか……!?
「ぐ、おおおおおお!!」
しかし、そこでルイスは意地を見せた。
泥沼から足を引き抜いた瞬間放たれた電撃破を、ルイスは素早く身を捻って直撃を避ける。それでも左手は電撃に貫かれ、ルイスが苦悶の声を上げ、タクティカルベストの色は白から桃色に変わるが、その攻撃を受けきる。
「ッ、おおおおおおおおお!!」
そして大技で隙を見せるギレンへ、ルイスは得物である槍を思い切りぶん投げた!
躱すことも出来ず、それが胸に直撃したギレンは衝撃で吹き飛ぶ。タクティカルベストで威力は軽減されているとはいえ、あれは確実にダメージを殺しきれていないだろう。
大の字に倒れたギレンがピクリとも動かなくなったところで、試合終了の掛け声。
肩で息をするルイスが雄たけびを上げ、会場が大歓声に包まれた。
「すごい……!」
「あら、やれば出来るじゃない、ルイスも」
「ええ、お見事です」
パニバルが口元を抑え、カレンもルイスに賛辞を贈る。フィーナも、こればかりはルイスを認めざるを得ないな、と思った。
やがて帰ってきたルイスは、へとへとになっていたが、顔は達成感に満ち溢れていた。不覚にも、ちょっと格好いいなと思ってしまったのは内緒である。
「どうだカレン、俺だってやるときやるだろ!」
「まるで優勝したような雰囲気で少し癇に障るけど、確かにそうね。ちょっと見直したわ」
「はっはっはっ! あの皇女様に褒められちまったぜ!」
「……ルイス、あまり調子に乗らないでください」
調子に乗りまくるルイスに、フィーナは先ほど抱いた感想を撤回。やっぱりこの男は、カレン様に無礼を働く不届き者だ。
だが、レインや他の先輩、そして駄目押しともいえるルイスの勝利で、セルベス陣営は完全に波に乗った。
次に試合に出たカレンも、その圧倒的な実力で相手を瞬殺し、会場は湧くのを通り越して唖然。パニバルも、自身の家派であるセニゼル流剣術を惜しげもなく披露。知覚魔法と剣術を複合した絶妙な間合いコントロールで勝利を納める。ここまで、なんと我がセルべス陣営の選手たちは全勝という快挙を打ち出している。このままフィーナも全勝の波に乗りたいところだが、フィーナの相手は、なんと去年ベスト四だった強敵だ。『障壁王』の異名を持つその相手と初戦で戦うというのは、セルベス陣営の中でも確実に一番の貧乏くじだろう。
フィーナの前の試合であるオルガの試合が終わる。カレンにも無礼な態度を取る憎たらしい男だが、先ほどの試合では上級生相手に危なげなく勝ってみせた。帰ってきたオルガを皆が讃えるが、本人は知らん顔で席に座った。
この反応には皆も苦笑する。既に皆、彼との距離間も分かってきたようだ。
「次はいよいよ一回戦最終試合、フィーナの出番だな。ま、気楽にやってこいよ」
「が、頑張ってね!」
ルイスとパニバルの激励に、フィーナは頷いて応じる。ルイスの軽口も、このときばかりは肩の力が抜けて楽になった。
選手の呼び出しでフィーナの名前も呼ばれ、フィールドの降りようとしたところで、カレンがフィーナの正面に立ち塞がった。
「勝ちなさい」
カレンは一言、そう命令した。いつもの通りに。
「――はい、必ず」
フィーナが答えると、カレンがうっすらと微笑んだ。
フィールドの降り立つと、既に対戦相手は中央で待ち構えていた。
『障壁王』レイモンド・ザリューズ。顎髭を生やし、腕を組む巨躯の男はとてもレインと同年代とは思えない。
「良い勝負にしよう」
大歓声の中、レイモンドは良く響く声で、そう言った。
「全力で戦わせていただきます」
四年生であり、しかも前大会ベスト四の相手が、わざわざ挨拶してくれたのだ。一年生フィーナも、それに応えて素直に頭を下げた。
フィーナは魔法剣を取り出し、レイモンドは両手に鋼の手甲を身につける。
双方の準備が整ったことを確認した主審が右手を高く掲げ、振り下ろした。
「勝負、始め!」
一回戦最終試合、フィーナの試合が始まった。
相手は去年のベスト四、二級魔法師の肩書を持つ強敵だ。
彼女にとっては『狩人』戦以来の強敵。さて、彼女はどれくらい成長したのだろう――
「『強化』、『疾風』、『頑強』、『魔知眼』……!」
審判の号令と共に、フィーナは素早く強化魔術を自身に施していく。レイモンドもフィーナに一拍遅れて強化魔術を施していく。僅かに遅れたのは、これまでのセルベスの生徒達が奇襲を多用していたためにそちらに警戒しすぎたためだろう。
レイモンドが掛けていく強化魔法は、やはりというか、防御系が多い。彼との対戦が決まった日から、彼の過去の対戦データは洗い直しているが、やはり厄介なのは攻防一体となる『金剛障壁』と、絶対的な防御を誇る『魔力障壁』だろう。遠距離戦で圧倒的な火力をもってねじ伏せるのが正攻法であるが、フィーナにそんな火力を持つ魔法はない。ならば一か八か、彼の得意とする接近戦で押し通る……!
フィーナは地を蹴り、爆発的な脚力を以て、一気にレイモンドに肉薄する。相手もそれに気づいて途中の強化魔法をキャンセル、フィーナを迎え撃つ体勢に移る。
「はぁ!」
「ぬぅん!」
フィーナが剣を一閃し、レイモンドはそれに拳を打ち合わせる。
凄まじい激突音。剣から今にも弾き返されそうな重い衝撃が伝わってきて、フィーナの次撃を遅らせる。打ち合わせた手甲ごと斬るつもりであったが、彼の拳には、金色の結界が張られていた。
これが噂に聞く『金剛障壁』、最高峰の物理防御魔法というのは伊達ではなさそうだ。
「ッ!」
フィーナは、続けて放たれたレイモンドのパンチを躱し、懐に潜り込む。一撃の重さはレイモンドが上だが、スピードは圧倒的にフィーナが上。ならば、手数を増やして障壁の隙間を突く。
「ッ!」
フィーナは、頭上に伸びるレイモンドの左腕の付け根を下から斬りつけようとするが、再び堅い感触。そこには、レイモンドがいつのまにか展開した『魔力障壁』があった。
一極型の魔導具で発動タイミングが早まっているとはいえ、凄まじい速さと精度だ。
もう一撃加えようとしたところで、レイモンドのミドルキックが飛んでくる。それを読んでいたフィーナは難なく回避、今度は正面から袈裟斬り――に見せてローキック。体術はカナキがいなくなってからも修練は怠らなかったため、かなり自信があったのだが、肉を打つ感触はあってもレイモンドは大して痛そうな表情を浮かべない。筋肉で受け止められたか。
「金剛――」
「ッ!」
「障壁!」
右手を引き絞った動作に危険を覚え、横に跳ぶフィーナ。
次の瞬間、レイモンドのパンチに合わせて前方五メートルを巨大な金色の壁が通過した。
その勢いで強風が生まれ、レイモンドの前方に位置していた座席の座る観客から悲鳴が起きた。風に煽られて誰かの麦わら帽子が空に舞っている。
間一髪これを避けたフィーナは、すぐさまレイモンドと距離を詰める。過去の対戦データでは、今のを躱すことが出来ても、その威力に気圧されて一度後退してしまう選手がほとんどであったが、フィーナはそれを悪手と捉えていた。あの攻撃はレイモンドにとっても大技のはず。そこを突かなければ、彼の障壁を突破するのは容易ではない。
「シッ!」
「くっ!」
首元を狙った一閃は、レイモンドが顔を逸らしたことで、皮膚を浅く裂くだけに留まる。しかし、障壁は展開されなかった。やはり、あの技のあとは隙が大きい。
「ぬんっ!」
レイモンドの手甲が光り、魔法が発動。地面からいくつも飛び出る『岩氷柱』をフィーナは『魔知眼』で完全に位置を把握。全て危なげなく躱すが、一旦レイモンドとの距離が開く。どうやら、この位置まで誘導し、強引に仕切り直しに持ち込まれたようだ。
レイモンドは首筋に出来た傷を指で触って確認すると、顔を歪ませて呻いた。
「くっ……その年で準二級魔法師になっただけはあるということか……」
「…………」
会話で相手に休みを与える気はない。フィーナは無言で、再び剣を構える。
「『風刃』」
フィーナは、七本の風の刃を形成すると、射出と共に自身も走り出す。
風刃を自在に操り、オールレンジからレイモンドに攻撃するが、それらは全て正確に障壁で阻まれる。
だが、それは全て織り込み済み。フィーナは、障壁の隙間を見つけると、そこに自分の持てる最高速度で突きを放つ。『疾風』で強化し、風魔法で追い風も作っているため、なかなかの速度だと自負していたが。
「ッ!?」
フィーナの全力の一撃は、レイモンドの厚い腕の筋肉で受け止められていた。レイモンドのタクティカルベストが瞬く間に朱に染まっていくが、それを意に介さず彼が拳を引き絞った瞬間、フィーナは自分が今の一撃を誘われていたことに気づいた。
「金剛――」
咄嗟に剣を引き抜こうとしたのがフィーナの失策だった。剣はレイモンドの筋肉でがっちりとホールドされており、簡単には抜けない。
焦ったフィーナは、回避は間に合わないと判断。持てる魔力を全て『魔力障壁』に叩き込んで迎撃を阻止しようとする。
「障壁ッ!」
「がぁあっ!?」
その甘い見通しは、即座に消し飛んだ。
狩人の狙撃すら防いだフィーナの『魔力障壁』は一瞬で砕け散り、直後に身体を潰されたかと錯覚するほどの圧力がフィーナを吹き飛ばした。
体の前になんとか剣を滑り込ませたが、そんなことを意に介さないような馬鹿らしい威力の衝撃がフィーナを襲う。十数メートル吹き飛び、壁に背中を強かにぶつけたフィーナは、肺から空気を搾り取られる。
「ぐ、ぅう……」
まともに喰らって、それでも立っていられたのは、タクティカルベストが衝撃を吸収したのと、風魔法で追い風の状況を作っていたおかげだ。追い風を纏っていなければ、壁にぶつかった時の衝撃は何倍にも増し、今頃意識を失っていただろう。
「……これを受けてまだ立ち上がるか」
レイモンドが悠然と歩いてくるが、それは慢心からではなく、おそらく疲労からきているものだろう。彼もタクティカルベストはすっかり変色し、右腕からは未だに血が滴り落ちている。
フィーナは視線を下げると、自分のタクティカルベストがレイモンドに負けず劣らず赤色に染まっていることが分かった。タクティカルベストの色だけで言えば、フィーナの方が赤に近いが、レイモンドはそれ以外に右腕も負傷している。主審を見ると、彼も判断に困っているようだった。
――おそらく、次の一撃を入れた方が勝つ。
フィーナは剣を構えようとしたが、その軽さに違和感を持ち剣を見ると、刀身が砕かれているのに気づいた。先ほどの攻撃で破壊されてしまったようだ。カレン様にもらった大事な物なのに……と、フィーナは一瞬顔を歪めた。
「ッ!」
フィーナは壊れた剣をレイモンドに投げつけると、徒手空拳の構えを取った。投げつけた剣が障壁に弾かれたタイミングで、フィーナも前に飛び出す。
「フン、俺に体術で挑むか!」
レイモンドが吠え、突っ込んできたフィーナに拳を振り上げる。当たれば今のフィーナでは致命傷を免れない一撃。だが、レイモンドは瞬きのあと、フィーナがいつの間にか目の前まで来ていることに驚愕を示す。
「なぁ!?」
「はぁ!」
縮地でレイモンドのタイミングをずらしたフィーナは、障壁を展開する間を与えることなく、強烈なアッパーカットをレイモンドの顎に決める。一歩後退しながらも、倒れなかったのは彼の意地か。更に、続けて放たれたフィーナのミドルキックを、金剛障壁で防御するが――
「『颶風炸裂』!」
「ヅッッ!?」
威力を爆発的に上昇させる炸裂系の風魔法が放たれ、フィーナの蹴りは障壁を打ち破り、レイモンドの巨躯に吸い込まれる。やがて膝を突いたレイモンドに、主審が「それまで!」と鋭い声を上げた。
「勝者、赤、フィーナ・トリニティ!」
自分の柄ではない、と思っていたが、フィーナはこのとき、右手を思い切り天へと突きあげた。
――カレン様、先生。私、やりました!
今日一番の歓声。いや、それはもう怒号に近かった。
疲れ切って動けない中、フィーナの横でもぞりと起き上がる巨躯。見ると、レイモンドがもう立ち上がっていた。
医務室に担ぎ込もうとしていた医療魔法師たちもこれには唖然としており、フィーナも、目の前に立つ男のタフさに驚きを通り越して、最早尊敬の念を抱いた。
レイモンドは真っ赤になったタクティカルベストを医療魔法師たちに放り投げると、フィーナに右手を差し出した。フィーナが剣で突き刺したのは右腕だったはずなのだが、その傷は既に見当たらない。一体どんな体をしているのか。
「良い試合だった。セルベスにはとんでもない一年がいるみたいだな」
「いえ……これがもし本当の戦いだったら、負けていたのは私の方です」
フィーナの視線が自分の右腕にいっていることに気づいたようで、レイモンドは豪快に笑う。
「俺ぁ生まれつき傷の治りが早くてな。まあでも、学騎体で負けたことには変わらねえ。せめて俺の分まで暴れてくれよ」
フィーナは、差し出されたレイモンドの手を握り返す。
「はい。必ず」
いつの間にか、場内は拍手に包まれていた。今の激闘を讃える拍手か、二人の正々堂々とした態度を讃えるための拍手か。
フィーナが視線をセルベス陣営に向けると、カレンもこちらを見て拍手を送っていた。
顔にはうっすらとした微笑が。それは、よくやったとフィーナに言っているような気がして、フィーナの胸に、なんとも形容しがたい激情が押し寄せた。同時に、一抹の寂寥感も彼女の胸に飛来する。
この戦い、勝てたのは私だけの力じゃない。あの人が教えてくれた体術があったからこそ、勝利を掴むことが出来たのだ……。
この戦いを見せたかったもう一人の人物を思い出し、フィーナは気持ちが沈んでいくのを自覚する。先日エリアスやアンブラウスの前では自信満々で啖呵を切ったが、正直なところ、やはり自分の推測に確証が持てていないのも事実だった。
もしも私と接していたカナキが、微塵も本性を出していない完全な別人格だったら? カナキが自己保身を優先して、エト先輩を見捨てたら――
「………先生」
様々な憶測が頭の内を飛び交い、フィーナが誰にも聞こえないような声量でそれを口にした時だった。
「――おめでとう、フィーナ君。本当に強くなったね――」
『ッ!?』
突然聞こえてきた懐かしい声。それに驚いたのは、フィーナだけではなかった。
「誰だあいつ?」「突然出てきたぞ」「薄い靄がかかって顔がよく見えないけど……」「どっかの学校の生徒か?」
突然フィールドに現れた謎の人物に、観客は疑問の声を上げる。だが、フィーナにはそれが誰か、絶対的な確信があった。
「貴様、何者だ! 本選中に選手以外で侵入するとは、どんな理由があっても許されんぞ!」
代表して主審がその人物に向かって行ったところで、靄がかったその人物が、くつくつと笑う。独特の響きがある、男の声だった。
「捕まえる前に、そんな前時代的なことを言う人なんて初めて見ましたよ。王宮魔法師は、どれも実戦を経験したことがない学者タイプってことですかね」
「な、貴様――」
男が主審に向かって掌を向けた。止まれ、という意思表示だと取ったのか。主審が自身の杖を持ち出し、男を捕縛しようとした時だった。
「――『終末』」
男の手から、黒い、靄のようなものが直線状に放たれた。
最速の下級魔法『電撃』と同等程度の速さで、それは突き進み、主審を通過して向かいの壁にぶつかった。
ドンッ、と重い音。
主審が地に倒れた。見ると、黒い靄が通った箇所が、まるまる消失していた。見上げれば、黒い靄がぶつかったドームの壁も。食い破られたのとも違う、まるで最初から無かったかのように消失していた。
一瞬の静寂。
男が、再びくつくつと笑いだした。
「うん、予想通りだね。それじゃあ、今日の授業を始めましょうか」
男が虚空から魔道具を取り出す。
それは以前フィーナが戦い、下した相手――狩人が使用していた、漆黒の弓だった。
「前の時間までが模擬戦を兼ねた演習。それじゃあ、これからが本番です。皆さん今まで培ってきた魔法
――殺しの技術を、僕達に存分に披露してください! 落第生には、来世で補習です!」
愉しみましょう!
靄の男がそう言った瞬間、目の前が鮮烈な光一色で包まれた――
読んでいただきありがとうございます。
次からカナキ視点に戻ります。




