第48話 スライムレース
「よしっ。次は二番だ!」
「……フランク神官。これで最後にしてくださいね。これ以上貸しませんからね」
「まあ待て。次で倍にして返してやるから。俺の勘を信じろ」
「毎回それでスッカラカンになっていると思うのですが」
「わはは。スッカラカンとはな。シモンもそんな庶民の言葉を覚えたか。成長したなぁ」
「誰のせいですか、誰の!」
「師としては感慨深いな。それに貴族のままじゃできない経験ができて、良かったじゃねぇか。……おっ。始まるぞ。二番来い!」
フランクさんとシモンさんの会話を聞いていると、アマンダさんが私の両耳をふさいだ。どうして? と思って見上げると、少しかがんだアマンダさんはちょっとだけ耳に当てた手を離す。
「あんなにダメな大人の会話を聞いたら、教育に悪いわ。ユーリちゃんには聞かせられないわね」
でも、耳をふさいでも聞こえる大きな声が――
「マジかぁぁぁぁぁ! 嘘だろう!? 何で4番に追い抜かれるんだよ!」
えーっと。
フランクさん、何をやっているんだろう?
と、そこに、険しい顔をしたアルにーさまがやって来るのが見えた。
「お前たち、何をやっている。砦の中での賭け事は禁止しているぞ!」
アマンダさんは少しかがんでいるし私はちびっこなので、私たちには気がつかなかったみたいで、人垣をかき分けて前に進む。
「あ、アルゴさんっ。いや、俺たちはただ見ていただけです」
「見ていたなら止めないか」
「申し訳ありませんっ」
「賭けていた者以外は解散!」
「は、はいっ」
蜘蛛の子を散らすように見物人が去っていくと、そこにいたのはやっぱりフランクさんとシモンさんとカリンさんだった。
他にもイゼル砦の騎士さんが三人いて、見つかっちゃったぞという顔をしている。
「うわっ、ヤバい。逃げるぞ」
「今から逃げても無駄だと思いますけど」
「そうか、シモン。師を逃がしてくれるのか。後は任せたぞ!」
「――後は任せたじゃないでしょう、フランク神官」
逃げようとするフランクさんの前に、腕を組んだアルにーさまが立ちはだかる。
「おう、アルゴじゃねぇか。お前もこのレースを見ていくか?」
「きゅうっ」
アルゴさんは、フランクさんの頭の上のルアンを見て、はぁ、とため息をつく。
「まったく、神官ともあろう人が何をやっているんですか。ここでは賭け事は禁止ですよ?」
「固い事言うなよ、アルゴ。魔の氾濫が終わってやっと家に帰れるんだぜ? ちょっとくらいハメをはずしたっていいだろうに」
「……シモン。お前がいて、なぜ止めなかった?」
アルにーさまの低い声に、シモンさんは肩をすくめる。
「ちょっとルアンを貸して欲しくて」
あぁ、そういえば、キュアで変異種の子供が懐くのは分かったけど、なかなか魔物の子供が見つからないから、ノアールとルアンに探してもらうのはどうかって話が出てるんだよね。
だから、別にこんなことしなくても、ルアンと一緒に変異種の子供を探してくれたと思うんだけどなぁ。
もっとも、そんなことはちゃんとシモンさんには分かってて、フランクさんに付き合ってあげてるだけかもしれないけど。
もしそうだったら、シモンさんって大人だなぁ。
……その分、フランクさんが大人気ないから、ちょうどいいのかも。
「それより、このスライムレースはすっげぇ面白いぞ。嬢ちゃんも見たいだろ?」
フランクさんの言葉にアルにーさまが振り向いて、私とアマンダさんがいるのに気がついた。
「ユーリとアマンダ。こんなところで何をしているんだ?」
「人だかりがしていたから見に来たんだけど……。一体、これは何?」
アマンダさんが聞いたのはカリンさんだ。
カリンさんは、よくぞ聞いてくれましたとでもいう風に、平たい胸を張る。
「おお、アマンダではないか。ふふふ。これが何か聞きたいか? 聞きたいであろう? これはな、私の考えた大発明。その名も『スライムレース』なのだ!」
スライムレース!?
エリュシアオンラインにもあったけど、あれってカリンさんが発明したの!?
ゲームではカジノ島という、スロットマシンとかルーレットで遊べる場所があって、そこで毎週土曜日に『スライムレース』が行われていた。
合計10匹のスライムが速さを競うだけのレースなんだけど、そこに出ているスライムは、スライムブリーダーと呼ばれるプレイヤーが、速いスライム同士を掛け合わせて育てたスライムだ。
土曜日の『スライムレース』に出るには、月曜日から金曜日までの間に行われる予選で、上から10番目までのタイムを出さなければならない。
土曜日の午前0時にどのスライムが出るか分かるから、そこから夜の9時までに、どのスライムが勝つかを予想してお金を賭けるのだ。
もちろん、優勝したスライムを育てたスライムブリーダーは賞金をもらえるっていうシステムだった。
最初に買うスライムレース用のスライムはカジノの売店でしか売ってないんだけど、その能力はランダムだから、買ったスライムの中で速いスライム同士を掛け合わせて、もっと速いスライムを作る。
ちなみに、プレイヤー同士でスライムの譲渡はできないから、一人でせっせと速いスライムを作らないといけなんだよね。
たまにとんでもなく速いスライムが現れるんだけど、20回勝つと殿堂入りして『スライムレース』には出られなくなるから、ずっと同じスライムが勝ち続けるっていうことはない。
スライムブリーダーはその速いスライムと別のスライムを掛け合わせて、また別のスライムを作らないといけないんだけど、必ずしも元になったスライムより能力が上になるとは限らないところが、育成ゲーム好きに熱烈な支持を受けていたんだよね。
うわぁ。また『スライムレース』を見られるなんて嬉しい!




