第10話 番外編・アルゴ・オーウェンの驚愕
正直、僕はその瞬間自分の目を疑った。
空からいきなり降ってくる無数の矢。雷属性のそれは小さな手の動きと共に空から放たれた。
目が眩むほどの閃光と轟音。
一瞬の事だったようにも永遠だったようにも思える時が過ぎた後、そこにはスライムの残骸どころか何一つ残ってはいなかった。光の矢に穿たれた地面は大きくえぐれ、その魔法の威力の凄まじさを表している。
あまりの衝撃に、皮膚がチリチリとまだ震えている。
恐れている……?
この僕が、あんな小さな子供の事を……?
このユーリ・クジョウと名乗る子供が現れたのは、魔の森の近くの小高い丘の上だ。たった一人でそんな所にいる子供は、怪しいなんてものではなかった。
砦の防衛には細心の注意を払う。
そもそもアレス王国の砦は、魔の森から発生した魔物を押しとどめる為に存在している。
砦の周りの城壁には強固な防御の魔法陣を刻んでいるし、上空からの侵入も不可能だ。さすがにドラゴンのような災厄に近い魔物の類を阻止することはできないだろうが、ブラッドイーグル程度なら、結界に阻まれて砦内に侵入されることはない。
魔の森の脅威がある以上、我々は共に協力して魔物の王を倒さなければ、国どころか世界が滅びる。だから魔皇国以外の国と敵対することはなく、他国による侵略の懸念は少ない。
特にアレス王国の隣国はエルフの名もなき国とウルグ獣王国だ。どちらも人族とは友好的だから、侵略を警戒する必要はない。
だが問題はアレス王国の中にある。
今まで何度かイゼル砦は戦火に巻き込まれた。それは全て王位継承を巡る戦いが発端だ。
現在、アレス王国は国王派と王弟派に二分されている。
王弟――つまり、我らが団長・レオンハルト様に王位簒奪の意思はない。
だが英雄である彼を、周りが祭り上げようとするのだ。
その英雄の前に突然現れた子供。
これが偶然なのかそうでないのか、イゼル砦の副団長をしている僕には慎重に見極める必要があった。
だがユーリは僕が後ろからわざと殺気を飛ばしても、アマンダが抱擁の振りをして急所を狙っても、何一つ反応を示さなかった。
ただひたすらに無邪気な子供のように、僕やアマンダを慕っていた。
本当にただの子供なのか、それとも殺気にすら反応しないほどの訓練をした者なのか……。
どちらにせよ、今はまだ判断する材料が乏しい。迷子だと主張するから、イゼル砦で保護して、僕とアマンダで監視しよう。砦の他の者とも、最小限の接点にするよう通達しなくてはいけない。
だがそんな僕の思惑も吹き飛ばすほどの力をユーリは見せた。
この子は、密偵でも暗殺者でもない。
こんなにも凄い力を持つ魔法使いを、わざわざ密偵として使うはずがない。
この子が一人いれば、国を落とす事などたやすいだろうからだ。
まだこの幼さでこの魔力……。
このまま育ったなら、一体どれほどの力を持つ事だろう。
やはりこの子は、本人が主張する通り、ニホンという国の有力者の娘であったに違いない。
いつの間にかあの丘で寝ていたという事だから、権力闘争に巻き込まれて、眠らされたところを転移でもさせられたのだろうか。
おそらく、さっきの光の矢は砦からも見えただろう。
もうすぐ団長たちが駆けつけてくるに違いない。
団長がきたら、ユーリの今後の事をよく話し合わないといけないだろう。
あの無垢な子供が、大人たちの思惑に巻き込まれないように守ってやらなくては。
でもその前に魔法の訓練をしないと、威力が大きすぎて、いつか砦を壊しそうだなと考える。
だけど、魔法の威力を高める研究はあっても、威力を抑える研究なんてあるんだろうか……?
周期からはずれた魔の氾濫。
そして驚異的な魔力を持つ少女。
今までであればあり得ないと一笑にふすような、その二つがここに揃ったという事は。
――何かが起こる。
そんな予感がした。




