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桃色サディスティック

 机に座って丁寧に計算式を書いていきながら説明をする。

 ふんふんと聞きながら途中で「わかった」と手を打ってニコニコ笑う顔を見たら、こっちまで嬉しくなって笑顔が出た。ふと、教えている相手、詩織の髪が耳の後ろでピンク色のシュシュに結ばれているのに気がついた。前から見ても大きくフリフリが見えて可愛い感じだ。


「珍しいね、髪の毛結んでるなんて」

「ええ。この前の誕生日プレゼントの中に入ってたから、付けたのよ。可愛いでしょ」


 頷いて、そのままの流れで教室移動をしているとクラスの女の子達が振り返りながら話しかけてきた。


「山田くんも言ってくれれば良かったのにー」

「何を?」

「詩織ちゃんと誕生日一緒だったんでしょ?」


 頷きながら笑った。

 この子達は最寄り駅が大正駅でないため、今日、僕らの誕生日が同じ日だったと言う事を聞いたらしい。でも、一緒に祝ってくれると言う話になった時、女の子ばかりで僕1人が委員長の家に招かれるだなんてちょっと気まずい。やっぱり何も言わないので正解だったと思った。それに貰う物ってまたピンクのクッションでも…困る事はないけど、なんだかな。


「へぇじゃあ2人とも、もう18歳だ?」

「18よ。でもなったからって、パチ屋さんも行けないし免許も取れないから意味ないわよね」


 言われてみれば高校生だと18になっても特に出来るようになる事なんてない…と思う。


「そういえば私と詩織ちゃんは同じ病院で生まれたんだよ…まぁ月が全然違うから会ってないだろうけど、お母さん達は出会ってたかもね。山田くんはどこ? 私たちは葛の葉総合病院なんだけど」

「…どこだったかな。多分、姉さんと一緒だろうから…僕もそこかも」

「「えー!?」」


 体がビクつくほどの大きな声を出された。な、何?

 理科室のドアを開けながら教室を見渡す。末永達が一番後ろの場所を取っているのを確認しながら先に女の子達を教室へ入れる。


「じゃあ赤ちゃんの頃会ってたかも知れないってこと!?」

「そうなるのかしら」

「でも記憶なんかないから意味ないよね」

「そういう問題じゃなーい!! ヤダー運命感じちゃうわよぉ、ねぇ?」

「うんうん。同じ日に同じ病院で生まれた2人が同じ高校に来て恋人同士なんて…素敵ぃ」


 -----恋人じゃないからそこも意味ないのに。

 うっとりとしたような顔を見て苦笑した。女の子ってどうして占いだとか運命だとかって言う言葉に過剰反応を示すのだろう? 偶然の一言で済ませられそうな気もするのに。まぁ朝の占いくらいはなんとなく見て来るけど…3秒後には忘れてしまう男の僕には理解出来ないことだ。

 手を振って末永達が陣取ってくれている席に移動した。

 化学式が流れ、実験を始める。ビーカーを火にかけて気泡が発生しているのを眺めた。ビーカーの向こうには詩織の綺麗な顔。


 -----運命…ね?

 そういえば、KENさんが詩織の出生の話をしてくれた事を思い出した。彼はいつの間にか詩織がいたって言っていたけど、詩織自身は自分が生まれた病院まで知っている…ということはやっぱり自分のお母さんがお兄さんとは違う事ぐらいは知っているんじゃないかと思う。ん、彼は僕たちの秘密がそこら辺にあるんじゃないかって言って秘密を教えてくれたんだっけ。


 詩織の黒髪が気泡で歪んで見えた。


 もしお兄さんの言うように出生の時が鍵だとするならば、それこそ今言っていた病院が同じってことに何か関係があるのかも知れない。生まれた時にベッドが隣だったり? いや、だから何だって言う話だ。もしそこから話を延ばせるとしても、多分赤ちゃんだった詩織が僕に蹴りを喰らわせたくらいだろう。ま、それさえ普通無理だよね。だって赤ちゃんって一人ずつのベッドに入れさせられるもの。

 この話は本当に偶然の域だ。それに確率的にない話じゃない。住んでいる地域が近いのだから大きな総合病院で生まれればそういうこともあるだろう。多分、僕らの他にも何人もそんな子達はいて、ただ僕らが偶然に知り合っただけってコトだけだ。

 やっぱりここはキレるのを抑えられるって言うのと関係ない気がする。どっちかって言うと、そっちを探っていくより詩織がなぜ“美人”と言う言葉をプッツンワードにしているか、どうしてそこまで暴れるかを探った方がいい気が…。


「ユーヤ、駒込ピペット取って」

「うん」


 器具を渡しながら考えを改めた。

 もしキレる原因が分かったからってなんだと言うのだ。感情の起伏が激しい、キレるってことは精神的な問題なのだと推測する。ということは、何か精神的なショックを受けてしまったか何かが原因なのだろうか? だとすると僕にはどうする事も出来そうにない。

 ただ探っていって治せるようなものだったら、治してあげたい。

 まぁ精神疾患系だったらその原因を探ってって受け入れさせると和らぐということは聞いた事はあるけれど…。最近の研究ではもともと脳のホルモンを出すとこだったり、それを受けるとトコに元々、日常生活には支障ない程度の小さな欠陥があったりして、それがある時、ストレスやひょんなコトがキッカケで伝達がうまくいかなくなって起因になる…ということが分かってきたハズ。こないだ借りた論文にそんなようなことが書いていた。

 だから分かったって僕には何もしてあげられない。出来るとすれば、過去を受け止めてあげる事だけだ。そう、僕はただのイチ高校生であって医者でも何でもない。医者だって手術なんか出来るようなモノじゃないから無理だと思うけど…。


 -----あ、じゃあ僕が治せるようになればいいのか…?

 ふっと思った。

 そういえば父さんは医者だけど大学の研究室にこもって医薬の研究をしている。投薬治療の研究を大学の教授としてしつつ臨床も一応こなしていた。直接の治療じゃなくてもそういうサポートの仕方もありだと思う。もしくはそのまま、神経科や精神科の医師を目指すのもありじゃないだろうか?

 詩織にこっそり話しかける。


「キレるの治ったら嬉しい?」

「何急に…。そうね、でも治ったら嬉しいわね。その時は思う存分あの言葉で褒めちぎってくれる?」


 笑って「治ればね」と濁しておいた。褒めるのは出来ても褒めちぎるまでは恥ずかしくて出来そうにないからだ。僕はシャイな日本男児だ。イタリアの男の人みたいに女の人の事をそこまで言ってあげられないよ。

 -----まぁでも、とりあえず…早くも何科の医師になりたいかが決まりそうだ。

 友人のためなんてちょっと格好いいじゃないか。ドラマでありそうな感じだ。ま、詩織は僕より先に死んだりしそうにないからバッドエンドなドラマにはなりそうにないしね。

 アルコールランプの火を消した。






「今日の日直は…?」

「僕と虹村さんです」


 手を挙げると化学室を出る時に実験器具を資料室へしまっておいてくれと言われた。実は化学の先生は担任の草原先生だから化学室でそのまま帰りの会をしてしまったのだ。だから後は帰るだけ。


「教室に戻られますか?」

「いや。だから日誌は職員室の方で受け取るよ。いなかったら机の上に置いててくれればいいから」


 返事をするなり、理科室から皆がパラパラ帰り始めた。末長と神無月さんに僕らのノートを持って教室に行ってもらえるように頼むとヒラヒラと手を振られた。了承したと言う事だろう。

 詩織に目配せをして箱に収まった実験道具を抱え、詩織が資料室の鍵を握ったのを確認して脚を踏み出した。

 歩き始めて「しまった」と思った。

 資料室は1階の東側校舎の1階にあるのだ。今僕は2階にある渡り廊下を渡っている。このまま行くと1年生の教室の前を通って階段を下がらないといけない。わざわざ噂をされにいくなんてバカらしいじゃないか。でも、すでに廊下を渡り終える寸前。ここから引き返すって言うのも詩織に悪い。一生懸命ストレスを吹き飛ばそうとヅラの空中遊泳を思い出した。


「手、繋ぎましょうか?」

「そう…だね。危険地帯だから」

「お腹でもいいんだけど…ふふ」

「残念ながら箱が大きくて出せそうにありません。…手も自分じゃ出せそうにないから、シャツを捲ってどっか掴んでてよ」


 5月だと言うのにヒンヤリと冷たい手が僕の腕を掴んできた。

 おっと、早くも視線を集めてしまった。ああ、ヅラヅラ、校長のヅラ。

 まるで撒き餌をした船に魚が群がるように1年生達が僕らの後ろをゾロゾロついてくる。一瞬、む…なんて思ったが、ヅラが頭を横切るとイタズラ心が湧いて来た。コソコソ明らかに僕の名前を言った瞬間、パッと後ろを振り返ってやった。ビクっと驚いたような様子を見せる可愛い1年生'S。

 -----くくく、驚いてる。

 にっこり笑ってまた前を向いて、名前が出る度、後ろを向いてみた。隣でクスクス笑う詩織も僕の名前が出ると一緒に振り返り始めた。君は山田じゃないでしょ?

 すると1年生達も僕らがノリでやっていると言うのを理解し始めたのか、キャッキャして名前を呼んできた。普通に、可愛いと思う。けど、そろそろボケも終わっておかないと辿り着けそうにない。

 どう終わろうと考えていると詩織が僕の名前を呼ばれると振り返って舌を出し、腕を引き始めた。慌てて走る。多分、彼女も同じ考えに至ったようだ。


「はぁ可愛かったわね」


 資料室のドアを開けながら詩織が笑った。お礼を言いながら資料室に入ると、ホコリっぽかった。さて、これを元の場所に戻さないと行けないんだけど…中身と棚を確認しているとどうやら1つ1つ違う場所から出されていた物らしい。だから箱ごと置いて帰れない。少し面倒に思いつつも下の棚、裏側の引き戸の中、奥の棚に次々と並べていく。


「あら…これで最後なんだけど、どこかしら?」

「んー」


 周りを見渡して棚の中を探すけどない。それは見つからなかったけど、ドアの隙間から1年生達が僕たちの様子を伺っているのを見つけた。クスリと笑ってもう1度探す。


「あ、上ね」


 指差す場所を見れば棚の上にダンボールが載っていて、マジックで大きく配線コードと書かれてあった。

 手を伸ばしてみるが箱の上まで手が届きそうにはない。これは椅子か何かを持ってきて隙間から突っ込むか、箱ごと一度下に降ろして…だろう。

 でもさっき奥まで行ったけど椅子とか踏み台にするような物なんて置いてなかった。これは校舎の反対側にある図書館まで椅子を取りに行かないといけないパターンだ。


「図書館から椅子持って来るよ」

「いいわよ」

「は?」


 言うなり詩織が上履きを脱いで僕を手招いた。

 すぐに察知して首を振った。肩車か、馬か、飛び越え競技みたいなアレをさせられるに決まってる。


「ヤダよ」

「時間かかるじゃない」


 否定をもう一度する前に僕の頭を前に倒しながら彼女がジャンプした。曲がった膝を軽く蹴られてピョンと背中の上に乗ってきた。

 突然の事に用意をしてなかったもんだから呻き声が出た。慌てて下を向いて膝に手を当てた。まぁ別に上履きを履いてないし、軽いから別にいいけどさ…。

 文句も言えず踏み台になってやる。


「…と、よし」


 ダンボールの中に配線が入った音がした。「いいわ」と言いつつ詩織が背中から飛び降りたので膝から手を離しながら横を向くと、ふわりとスカートが舞い上がっていた。もちろん見えるのは形のいいお尻と可愛い色した下着。ついでに衝撃でサラサラの黒髪からスルリとピンクのゴムが抜け落ちて足下に転がった。

 -----うあ!!

 顔が紅潮する。バッと下を向き見なかった振りをした、のに…


「桃色!」


 誰かがパンツの色を口に出した。

 バッと詩織がスカートを抑えた。顔を上げると桃色より赤い顔で見上げられた。

 -----僕じゃない!!

 見てない振りをするつもりなのに狼狽えてしまった。


「み、見たのね!?」

「何…」


 シラを切ろうとした瞬間、パシっとふくらはぎを蹴られた。本気じゃないからそこまで痛くはないけど…ドアの隙間から覗いていた子達をチラリと睨んだ。だって皆見たのに僕だけ天誅喰らわせられるなんて、酷いじゃないか。と、こちらの視線に気づいてゆっくりと扉が閉まり始めた。

 -----やっぱズルい!!

 真っ赤な顔をした詩織を置いてドアに走って一気に開けた。


「見つかったぁ」

「うわー!!」


 数人の男の子達がダッシュで駆けて行った。


「あら…」

「気配で気づいてたでしょ?」

「いるのは知ってたけど…覗いてるのは知らなかったのよ。じゃあさっきの…」

「パンツの色言ったのはあの子達のうちの誰か。僕は見てない」


 頬を膨らませると、詩織が腕を組みながら上履きを履いた。そして眉をピクリと上げて詰め寄ってきた。な、何?


「ユーヤは見てないのよね?」

「うん」

 

 応えると僕の背中を介して肩に手が乗ってきた。

 ガシっと掴まれた。


「じゃあ、どうしてパンツの色が桃色だって言えるのかしら…シュシュだって同じ色でしょ? あの子達が言ったのはそっちかも知れないじゃない!?」


 ハッと口を抑えた。

 -----自滅!!

 心の中で後悔の叫び声を上げた瞬間、膝の裏を蹴られて肩も押さえつけられ、ガクンと体が垂直運動を始めた。

 床に尻餅をつくと、詩織の手が目の前…中指がデコピンをするため、親指に押さえられて丸を作っている。


「ちょ、待って!!」

「やっぱり、見てないフリしたのね!?」


 言いながら彼女の腕を押さえた。

 グググと力が入って攻防を始める。同時に僕は気づいた…プニっと柔らかい物が腕に当たっているコトに…。

 -----こ、この感触は!!

 考えなくても本能で分かった。詩織の体の位置、僕の腕の位置から言って僕の腕触れている物はもう、アレしかないわけで…。

 カァと顔が赤くなるのがわかった。と、僕の全神経がそっちに注がれてしまったせいで、腕の力は半減。気がつけば指が僕のオデコを射程範囲ないに捕らえていた。


「ま!! ご、ごめんなさい。嘘付きました。見ました、あや、謝りますー」

「遅いわ!!」


 ビシという軽い音と鋭い痛みが僕の額を襲った。

 キュと瞑っていた目を開ければ、さっきまでの怒っていたような顔はなくなっていていつものとびきりな笑顔。ホッと安心すると、顔の前にまた手。


「ちょ、もう1回したじゃない!?」

「だって…デコピンする前、嬉しそうな顔したじゃない。反省してないんじゃない?」


   挿絵(By みてみん)


 -----反省はしてますー!!

 反論したいが、じゃあなんで一瞬ニヤけたのかなんて言われても応えられない。そうだろ? 「胸が腕に当たって嬉しかったからです」なんて…僕は末長じゃないから言えないよ。

 顔を赤くし、さっきの体勢のまま口をつぐんでいると「じゃあ、行くわよー」と笑いながら、またしても指が射程距離ないに入ってきた。

 -----同じとこ2回はヤメテー!!

 ビシ。


「あぅ」


 衝撃と共に声が出た。

 -----痛い。

 同じ所をされて、痛みが2倍になったオデコを擦りながら先に立ち上がった詩織を見上げた。にっこりして手を差し伸べてきた。手を取って立ち上がる。


「次、見たらデコピンじゃすまさないわよ?」

「どうなるの?」


 聞きながら床に転がっている桃色のシュシュと手に取った。


「1週間、ナイトと王子の入れ替わりよ。私がお姫様で、ユーヤがナイト」

「…今でも、お姫様扱いしてると思うんだけど」


 唇をすぼめると、詩織が「そうかしら?」なんて言い始めた。

 そんなこと言ったって、僕は既に結構頑張っていると思うんだけどな。階段は常に下を登っているし、どこかへ一緒に食べにいった時は椅子だって引いてるし、車道側を歩いてるし、重そうなドアの時にはさりげなく開けてるし、ご飯だってペースを合わせて食べてる。映画館に一緒に行った時は僕が初めに入ったし、荷物も…重い物がある時はちゃんと持ってる、節度あるエスコートをしてるつもりだよ? 褒めるのだって…うまくは出来ないけど僕なりに頑張ってるよ? 何がいけないっていうんだろう…。

 疑問に思いつつ後ろに回り、髪を結う。ピンクのシュシュでキュッと縛りながら指先を手に取った。


「姫、家までお送りしましょうか?」


 とりあえず、思いついたまま言葉に出すと一瞬驚いたような顔をして詩織が満面の笑みを零した。

 -----あ、姫って呼んで欲しかったのか。やっぱりメルヘン…。

 一瞬で理解して、心の中でにんまりほくそ笑んだ。


「先払いってことでいいかな?」

「ダメよ」 


 もう一度デコピンを喰らわせられた。

 冗談で言っただけなのに…いや、すみません嘘です。本音でした。

途中の素敵挿絵、まずはこちらでお礼を言わせて頂きます。

けい様、本当にありがとうございました。

あの画があるだけで、やっぱり違います。10倍は魅力的に見えますね!!

本当にお忙しい所、ありがとうございました。


続きのお礼は活動報告の方でさせていただきます。

よろしければ見て下さいませ。

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