10:万上医務官 澪子珞
珞は医務官科の合格発表まで城で過ごした。文修は珞が何かやらかしたのではないかと冷汗をかいていたが、そういうものではないと珞が文をしたためた。
大門に掲げられた名前は、点数の高い順に書き上げられている。上位三名は科試と同じく、状元・傍眼・探花と順に呼ばれる。昨年までは選んだ医学分野で順位が出ていたようだが、今年は違うようである。
珞は城の裏口から出、大門までやってきた。そこに、城に勤める医務官が大門の壁掛けに合格者の名前が書かれた板が掲げられる。
珞の名はそこにはなかった。——否、「珞」という名はなかった。
『探花 澪子珞』
その名を見つけた者たちが徐々にざわめき出す。
「おい、珞!」
突如、文修の声が聞こえた。
「心配したんだからな! このぉ!」
珞は文修に笑いかけた。そして、彼の肩を叩いた。
「状元合格おめでとう、文修。ほんとお前は凄いよ。あれだけ苦手だった食医学で状元取るんだもんな」
「お前は……」
珞の本名を知らない文修は、憐憫の目を彼に向けた。
「あったよ」
「嘘だろ⁉」
珞は文修を抱きしめる形で耳元に唇を寄せた。
「探花 澪子珞、俺のことなんだ。みんなには内緒な」
文修は唖然として、何も言えない様子である。
「そ、そりゃ……内緒にするしかないだろう」
「今更、敬語や拝礼はなしな。俺だって市井育ちなんだ」
考えていたことを当てられ、文修は苦笑した。
「それは嬉しいな」
二人は合格者のみが入れる医務官処に入り、どこに封ぜられたかの紙を一人ずつ受け取る。今年の合格者は十人程であったようだ。
「状元 比嘉文修」
「はい」
名前を呼ばれ、文修は前に出た。
「陛下のお言葉を告げる。心して拝命せよ。そなたは、医務官処付き医務官に封ずる」
「謹んで拝命致します」
全員に自分の正体がばれるじゃないかと珞は苦笑した。傍眼の拝命が終わり、次は珞の番になった。
「探花 澪子珞……」
敬称をつけるか迷ったのだろう。珞の名を呼んだ医務官の額に脂汗がにじんでいるのが見える。珞は苦笑した。そして、顔を引き締める。
「はい」
周りの目が自分に注がれた。こうなることはわかりきっていたことだ。
「陛下のお言葉を告げる。心して拝命せよ。そなたは、万上医務官に封ずる」
「謹んで拝命致します」
珞は最敬礼を行った。
合格者十二人全員の拝命が終わった。ぞろぞろと医務官処を出ていくと、周りの目が気になった。どうも話しかけたいものの、どのように話してよいかわからないようだ。そこに文修がやってきた。
「文修! 医務官処なんて出世街道じゃないか!」
「珞のその、『万上医務官』って何なんだ。聞いたこともないぞ」
「どこでも医療行為をやっていいってことじゃないか?」
すっとぼけると、文修から湿った目を向けられる。
「まぁ、いいけど。じゃあ、帰るか」
「あぁ」
珞は再度、城を振り返った。一度、緋澄の下に戻り、報告してから、また城に戻り、今後の予定を父に伝える約束している。
「師たちの下へ帰ろう」
帰り道、二人は医務官科の解答について論議を交わした。珞が間違えた問題もわかり、納得する。
「というかだ! お前が子珞殿下だって一言も聞いてないぞ」
珞は苦笑いをし、文修に伝える。
「そんなの言えるわけないだろう。文修だって、もし自分が行方不明の皇子だったら、俺に言えるか?」
文修は即座に「言えるわけない!」と言い、共に笑い転げた。
「文修。俺たち、医務官になったんだな」
「そうだな……」
「医務官やって、民草医やって、ずっとやっていこうな」
二人は頷き、自然に腕をがっちりと合わせていた。




