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風をよぶ君〜国を継ぎし双璧の皇子〜  作者: 栗木麻衣
陸 二人の皇子(4)医務官と少年
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15:求める道の始まり

「近う寄れ」


 子穂が表情を変えずに言う。珞の記憶の中の父とはかけ離れた表情であったことから、彼は少々落ち着きを取り戻した。周りには外科医学を専門とする老獪の医務官たちが座っていた。


「口頭試問の前に一つ問おう。そなたはなぜ、医務官になろうと思ったのだ?」

 周囲の医務官たちが何か言いたげな表情を見せるが、誰も何も言わない。珞は胸を張り、子穂を見上げた。


「恐れながら申し上げます。わたくしが医務官、特に外科医学の医務官になりたいと思った理由は一つです。それはこの世に存在する、不当に体を傷つけられ、刺青を入れられた者たちを救いたいと思ったからでございます」


「刺青は神聖なるものぞ!」

 老獪の医務官が唾を飛ばしながら言った。珞はその医務官を一瞥した。


「恐れながら。刺青が神聖なるものと仰いましたが、本人の同意なく、『奴隷』と彫られた刺青を持つ者をわたくしは知っております。『奴隷』とは呪いではありませぬか。わたくしはそのように神聖なるものではなく、呪いとして彫られた刺青をなくしていきたいと考えております」


 珞は子穂を見た。何やら考えている様子である。すると隣に座っていた子孝が言葉を繋いだ。


「陛下、恐れながら、周辺を荒らす海賊の中には海賊遊女ハイチェージュリに不当な刺青を彫る輩がいると報告を受けております。この者の申す通り、医務官のみが行える刺青の処置が危ぶまれる事態となるやもしれません」

「そうだな、考えておこう。そなたの考え、相分かった。それでは試験を始めよう」


 口頭試問は難しい問題が多数出てきた。特に、珞の考えに反論した医務官からは他の医務官から制止を促されるほどの内容まで聞かれた。そのたびに、珞は間髪入れずに答えていった。毎日、外科医学専門の緋澄にしごかれていたのは伊達ではないのだ。


 長きに渡る試験が終わり、拝礼して外に出る。そして、行きに珞を大広間まで案内した試験官に促されるがまま、帰り道を示される。珞はその通りに帰っていこうと歩き出した。

 しかし、ある廊下の角を曲がった時、誰かが走ってくる音が聞こえた。


「待て! 珞と名乗ったそなただ」

 珞はその声にひたりと足を止め、振り返った。

「壱ノ皇子殿下」

 急いで走ってきたのだろう。彼の顔には汗がにじみ、息切れを起こしていた。

「ゆっくり息をなさってください」

「何を他人行儀しているんだ! そなたは私の異母弟いぼてい、澪子珞だろう⁉」


 珞はその時、時間が止まったような気がした。そして、ひゅうと喉が鳴った。


「私が子珞を間違えるとでも思ったか? 県土島にいた後、お披露目会で行方不明になり、どれだけ探したことか。そなたとは、これからのことについて話したい」


 子孝は珞の腕を引っ張り、自身の小部屋に連れて行った。ほのかに熱くなってきた夜風が隙間風となり、すだれを通る。


「そなたは子珞で間違いないな。間違いがないかどうか、私はわかるぞ。本物なら背中にあるものがあるはずだ」

「なぜそれを知っているんですか⁉」

「知っているに決まっているだろう。私はそなたのおしめも替えていたんだぞ。――そなたは、澪子珞だな」


 珞は覚悟を決めた。


「はい、俺は澪子珞です」


「今までどうやって生きてきたんだ?」


 珞は子孝に今までの経緯を手短に話した。神妙な顔をして話を聞く兄を見て、珞は不思議な感じを覚えた。


「それで今は珞という名前でいるわけか。“”の文字が付くと王族だとわかってしまうからな。――子珞、単刀直入に聞くが、これからどのような人生を歩んでいきたい? 今のままだと、グスクに連れ戻されて、国継ぎの皇子として皇太子にさせられるぞ」


「兄上、そのことについてご相談したいことがあります」

「私も相談したいことがあったのだ」


 二人は互いに見つめ合い、頷いた。互いの顔が険しい。


「そなたはこれからどうしたいと考えているのだ?」

「俺は"国継ぎの皇子"になりたくない。兄上、俺は好きな人がいるんだ。その子は今、どこにいるかわからない。でもその子を探し出して、結ばれるためには"国継ぎの皇子"では駄目なのです。それに俺はもっと自由でいたい。国のために何かしなければならないのならば、俺は王族として"国継ぎの皇子"以外の方法で貢献したい」


 子孝は黙って聞いていた。珞は急に不安になった。珞が国継ぎの皇子だということを幼い頃から知っていたということは、子孝は珞が国王になるべき未来を想像していたということになる。当然、先程言ったことは反対されるに違いなかった。


 しかし、子孝の言葉は珞が思っていたものとは違うものであった。


「私は"国継ぎの皇子"ではなかったが、子珞がいない間に、内政から国を守っていきたいと思うようになった。また、好いた者を壱ノ夫人にすることができた。私が皇太子にならなければ、壱ノ夫人はそなたの隣に座ることになるだろう。それは私は嫌なのだ」

「俺も嫌です」

「だから、自分の求める道が成る方法を模索したい」

 珞と子孝はお互いが知っている情報を共有した。


 珞は自身の憑き神が白香神はくこうしんであること、過去に白香神が憑いた国継ぎの皇子は夭折していることが多く、代わりの皇子が澪蕭神れいしょうしんを代理で降神させていたこと、それを最も知っているのは王妃である聞得大君きこえおおきみであること、を子孝に伝えた。


 子孝は祖神弁財天や霊幸十二神に関する神事は聞得大君の許しが必要であること、国王の執務室に神話や過去の国王の書いた記録が残されていることを珞に伝えた。


「今日はもう遅い。今日はここに泊まっていくといい」

「ですが、師や文修が心配します」

「香月医務官には私の方から文を出しておこう」


 そして二人は互いの求めるものに向かって、何をするべきか模索し始めた。

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