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風をよぶ君〜国を継ぎし双璧の皇子〜  作者: 栗木麻衣
陸 二人の皇子(4)医務官と少年
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13:珞と文修の夢

 内科医学の知識と実地、外科医学の知識と実地が終わった頃、珞と文修は修行先から緋澄に呼び出された。


「香月が医務官科いむかんこうの受験票を送ってくれたぞ」


 小春日和が続く日々の中、二人に木札が渡された。


「おれも受けるんですか⁉」


 まさか自分も受けると思っていなかった文修は木札を見て、仰天した。


「もちろんだよ。ワシから見ても、お前の成長は著しいと思うぞ。食医学が苦手と香月から聞いていたが、それも乗り越えた様だしな」

「珞がいたからですよ」


 文修は珞と共に学ぶ中で、他人を尊敬し、努力することを学んでいった。そのため、とげとげしかった様子がなくなり、温厚で謙虚な少年へと成長していた。


 珞はじっと木札を見つめた。

「ようやく、なんですね」


「いいや、残念ながら、口頭試問の内容を決めなければならないし、ここから試験勉強を始めるのはとても大変だ。あくまで試験を受ける資格を得ただけで、まだ医務官なわけではない。口頭試問の内容だが、食医学、産科医学、内科医学、外科医学から選んでいいことになっているわけさ。それについては、二人の意思を尊重したいと思っている」


 珞は「俺は外科医学にします。それにまだ刺青のことについて教えてもらってない」と即答した。それに対し、緋澄は頷いた。

「外科医学を選択したら、刺青のことを教えようと思っていた。専門外の医務官は刺青を入れることを禁じられているからな。刺青は神の加護を与える行為だ。医務官でも民草医でも外科医学を専門にしている者以外はできないことになっている」


 珞と緋澄が話している間、文修は一人悩んでいた。文修の真剣な顔に、珞は驚いた。てっきり香月と同じ産科医学を即答すると思っていたのだ。

「文修はどうする?」


 緋澄の促しに文修は顔を上げた。その瞳に強い光が宿っていることに、珞は脅威を覚えた。そのように目を輝かせる文修を珞は今まで見たことがなかったのだ。


「おれは今まで夢がなかったんです。でも、珞と出会って、西方の医学を学んでみたいと思いました。だから本当は医学全般がいいけど、それができないなら、一番留学しやすい外科医学にします。外科医学なら、『勤学きんがく』になれますよね?」


 その返答に緋澄は困った顔をした。


「文修、よく聞くのだよ。特に西方の医学は外科医学のみ許されている学問ではあるものの、留学に行った者も聞いたことがない。勤学は私費留学だが、李国福州の白澪館に留まり、学ばなければならないと聞く。西方の言葉を学ぶことさえ禁じているこの国で、西方に留学に行くことはほぼ不可能と言っていい」

 文修は呆然とした。


「せ、西方には行けないのですか? 李国以外の国の医学を学ぶことはできないのですか?」


 緋澄は険しい顔をした。


「方法がないわけではない。宮廷医務官になった後、民草医になり、西方に行くんだよ。西方に行くことは誰もしたことのない偉業になるが、暗黙の了解で御法度だ。しかし、帰ってきたときに、元宮廷医務官であれば、命だけは助けてくれる可能性がある」


「自分の命をかける……。それが唯一残された道ならば、おれは宮廷医務官になります。宮廷医務官は食医学を選んだ上級士族しかなれないと聞きました。でも、おれが食医学で状元を取れば、一番になれば宮廷は無視できなくなると思います。――おれ、やります」


 緋澄は「そうだな」と言葉を濁す。珞もふっと文修から目を逸らした。彼らは宮廷の白も黒も見たことがある。だからこそ、明るい未来を描く文修が眩しすぎた。


「そうと決まれば、俺は食医学で頑張るさ。一番苦手だったけど、内科医学や産科医学とも繋がっていると考えたら、食医学も楽しくなってきたしな」


 緋澄は決意した文修を見て、「わかった。文修は食医学を中心にしながら、すべての医学を網羅できるようにしよう」と伝える。


「ありがとうございます!」

 文修の声が明るく響いた。



 その日の夜、文修と珞は同室で寝るために布団に入っていた。沈黙が支配する。

「「なあ」」

 二人の声が同時に響いた。お互い、目を合わす。

「先いいよ」

 文修は珞に先を譲るが、珞からは文修に先に言えとでもいうように促される。


「なんで珞はそんなに外科医学にこだわるんだ? 特に刺青のことについては何度も緋澄師に絡んでいるだろう?」


 珞は一瞬黙り、「誰にも言うなよ」と釘を刺す。本来であれば秘するべきことなのである。文修は確実に言わないということをわかった上で話そうと決めた。


「県土島で出会った好きな子の体にあった刺青を消すために、俺は医務官になろうと決めた。だから、外科医学を極める必要があるんだ」


 文修は笑わずに、ただ聞いた。

「その子はどこにいるわけ?」

「どこかの若奥様の護衛をしている、はずだ。俺もそれだけしかわからないんだ」

「医務官になるより、その子を探す方が大変だ」

 そらそうだな、と珞は軽く笑った。


「俺もお前に聞きたかったんだ。なんでそんなに西方にこだわるんだ? 別に内科医学を極めるために勤学で留学したっていいだろう?」

「そうだな。お前には話していなかったっけ。引くなよ?」

 引くような笑いが文修の口から洩れる。

「引くわけがないさ」


「それはどうかな。おれはな。“祝福の子”じゃないんだ。香月師に拾われるまで、辻村にいた。おれの母親は遊女ジュリなんだ。そして、父親は白い髪に朱色の瞳をしていた西方の男だった。船が転覆して流れ着いたらしい。そして、母さんが囲った。二人が恋に落ちるのは自然の流れだったそうだ。だけど、父親は母さんが俺を身ごもったと知った後すぐに、白澪を出た。母さんと俺を捨てたんだ。母さんは俺を産んでから、俺を養うために色々な客を取って稼いだ。その一人が梅毒持ちだったんだ。最後、母さんは狂って死んでいった。俺は父親に復讐したいわけじゃない。でも、父親が母さんを捨てた理由を知りたい。俺は西方の国を知る必要がある。俺の半分の血は西方のものだからな。……引いたか?」


「引くわけないさ。文修、お前なら西方に行ける。俺の勘は当たる方なんだ」

 文修は珞の返答を聞いて安心したようだった。軽く笑うと、「なんだそれ」と笑いをこらえ言った。

「でも、ありがとうな。おれ、お前が一緒に弟子してくれてよかったと思っているよ。おれ一人、白継島にいたら、きっと思っているばかりで何も進まなかった」


「感謝しなきゃいけないのは俺の方だよ。俺もお前がいてよかったと思っているよ。お前は言い好敵手だ。文修が食医学で状元を取るなら、俺だって外科医学でやってやるさ」


 文修は嬉しさで口元を緩めた。その様子を見て、珞も少し嬉しくなる。

「言ったな。お互い上位合格目指して頑張ろうな」

 文修は笑顔をこぼした。その笑顔に珞もつられて笑った。

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