6:進言と甘言
気まぐれだった手紙も、彼は毎日出すようになった。だが、返事はない。子孝は少し寂しく感じ、ある時、文にしたためた。
『お返事は頂けないのですか。私は貴女の流れるような麗しい文字が好きです。もし、貴方に慈悲の心があるのならば、お返事を頂けないでしょうか』
彼女の書く文字は流れるようで美しい。その文が届いたからなのか、返事をくれるようになった。そして彼は文だけではなく、文と共に美しく小さな花を摘んでは押し花にして、彼女に送った。彼らは一年間会うことなく、文通を続けた。
十一歳になり、参の試験が始まった。今回の試験は以前までの試験とは違い、弐の試験である程度合格者を絞られた上で行われる。そのため、四高士族や琉城の上級士族、地方の上級按司と女児が合格となっている。無論、伯山紗鶴も弐の試験は合格していた。
「早く会いたいなあ」
「はいはい」
「お前はいいな。もう想い人と許嫁になれていて」
つい不満を徹にぶつける。徹は何も言わず、肩をすくめた。
「今回の試験は高官たちの前で問答をしなくてはならない。相当頭のキレる女児でないと合格はでないぞ」
子孝は独りごとのように呟いた。
現国王澪子穂の壱ノ夫人や外戚夏一族が弾劾されたことにより、のちに王妃になる可能性の高い壱ノ夫人決めに対する締め付けが厳しくなった。それは、子穂自身が朝議に出したものである。
現国王までは参の試験は国王、王妃、皇子との茶会での面会だったという。それを王妃にふさわしい人選を行うために変更すべきだと、子穂は言った。誰も反対はしなかった。
「私も今回は彼女に厳しく接しなければならないな」
「そうですね。でれでれでは困りますからね」
しんみりとしている子孝に徹は言葉で切りつける。
「段々と照子と性格が似てくるな」
「殿下は紗鶴媛と出会われて、性格が柔らかくなっておりますよ」
「そうかな。それだったら、紗鶴媛のお陰だな」
「朝議では性悪皇子ですけれどね」
子孝はムッとしたが、まさにその通りであるため、無視する。面会の時は厳しく接しなければならないが、彼には得策を既に練っていた。
「さぁ、行くか」
今日は参の試験、媛たちとの面会である。
いつも朝議が行われる大広間に入ると、宰相はじめ高官から遠方の島の族長まで迎え入れている。それほどまでに今回の壱ノ夫人の選出には慎重にならざるを得ないのだ。
幾人かの媛の問答が終わる。その間にいる高官たちの娘もいるようだが、まともに答えられる者はいない。その答えに対し問えば、その厳しさに泣き出す者がほとんどであった。そもそも度台無理な話なのである。今回の問答は十一の娘たちには非常に厳しいものだ。
「伯山家の紗鶴媛様がおいでになられました」
子孝は姿勢を正した。
女官の言葉に対し、「入れ」と子穂が伝える。子穂は狭良が亡くなってから、非常に重厚な考えの持ち主になっていた。息抜きと言えば、王妃蓮彗との問答だけである。今回の壱ノ夫人選びの問答に対しても、慎重になっていた。
"国継ぎの皇子"ではなかったとはいえ、子孝には共に子珞を支えられる女性と生きてほしいと思っている。何事にも冷静に物事を処理していく子孝が唯一心を動かされたのが次の問答に出てくる宰相の孫娘である伯山紗鶴である。顔には出さなかったが、子穂も非常に興味を持っていた。
紗鶴は立位のまま拝礼し、頭を下げたまま、大広間に入ってきた。そして、入り口付近の下座にて最敬礼を行う。
「面をあげよ」
子穂が紗鶴に命じた。紗鶴は無表情のまま、じっと上座に座る子穂、蓮彗、子孝を見つめた。その心は全く読めない。
「自身の名前、自分が壱ノ妃になることでこの国にどのような益を生むのかについて述べよ」
紗鶴の耳がぴくりと動いた。表情は相変らずである。子孝は心の中で笑んだ。彼女は表情が耳に出る。一瞬戸惑ったのだろう。
彼女は再度、最敬礼を行い、顔を上げた。そして、涼やかな声ではっきりと考えを述べた。
「陛下、皇后陛下、壱ノ皇子殿下、および高官・族長の皆様方、お初にお目にかかります。伯山家の紗鶴と申します。よろしくお願いいたします。
わたくしが壱ノ妃になることによって益を生むこととは、すなわち、この国の女性が必要とする政策を殿下を通して提案することが可能でございます。伯山の命、それはその身に宿す豊富な知識量と優秀な人材。
この国には女が医務官になれる道はあれど、官吏になる道はございません。そのため、どうしても女性に対する政策がおざなりになると考えます。
それを解消するためには、同じく女性であるわたくしが政策を進呈することにより、女性の地位向上を目指せるのではないかと考えます」
その堂々とした物言いと、夫人が政に口を出すという考えに、高官たちは気まずそうな顔をしている。彼女の祖父である宰相でさえ、珍しく脂汗がにじんでいた。
今日は厳しくいかなければならないのだよ、と子孝は心の中で紗鶴に謝った。そして、暫しの沈黙を破る。
「陛下、媛に言質を取らせていただいてもよろしいでしょうか」
子穂は無表情のまま、「好きなようにしろ」と子孝に言質を取ることを許す。蓮彗は表情を強張らせたが、瞳の笑っていない笑顔を見せた。
子孝はじっと紗鶴を見つめた。周りの高官たちが息をひそめている。彼は紗鶴を見て、にっこりと唇を吊り上げた。彼女の体が微かに身震いをしたことを子孝からはよく見えた。彼の瞳は全く笑っていなかった。今まで彼が紗鶴に見せてきた、『優しい子孝殿下』とは全く違ったものであった。
「そなた、我に琉城王朝の綸穆王になれと言っているのか」
その場が一層静寂さが増した。それもそうであろう。
前統一王朝であった琉城王朝の最期の王である綸穆王は、王妃の甘言により外戚を増やした悪王である。最後には寵妃が王を毒殺し、自身が王になろうと画策し、三山時代となった。
彼女が考えた女性に対する政策を進言することは、内容は別として、進言すること自体が甘言と捉えられても仕方ないのである。
紗鶴は胸を張り、子孝を見つめた。彼女の言質に周囲は関心を寄せています。そして、彼女の言質によっては、不敬罪で宰相の立場が悪くなることも紗鶴自身分かっていた。
「いいえ、わたくしは甘言を申し上げようとしているのではありません」
「我に進言する時点で甘言であると思うが……? それとも、そなたには自身が甘言と捉えられないほどの心身共に醜いと申すのか?」
厭味ったらしく言えば、彼女は眉を寄せ、より大きな声で答えた。
「わたくしは、この国の女性の立場改善に対して幼少期から思いがありました。
ですが、女性官吏がいないこの国で唯一、国家に対して発言権があるのがわたくしです。それを活用しなくて、なにが壱ノ夫人でしょう。例外はあれど、壱ノ夫人は王妃様に一番近い者となりましょう。
そして、京の内の御嶽の神女たちをまとめる役目もあると存じております。確かにこの国にとって、神々を奉ることは非常に重要であると存じております。しかしながら、この国に住まう民草のことを考えるのが王族の役目だと、わたくしは考えております。
壱ノ夫人になることによって、女性の民がより健やかに過ごせるのであれば、私は陰でなんと言われようと殿下に進言いたします」
「もしも一度甘言とされれば、一族連座となって処される可能性があるのにか?」
面白そうに子孝は唇をゆがめ、唇を舌で舐めた。
「殿下。伯山一族を舐めないでくださいませ。伯山一族が甘言を行うような娘をこの場に座らせると思いますか。そんな娘が一族にいる価値がない。この場ならず、伯山の屋敷を跨げないようにしております。それは実の娘でも同じでございます。見込みがないと思ったら、即養子に出されるのが伯山のお家ですもの」
子孝は驚いて、宰相の祖父の方を見た。
「宰相、それは誠か」
宰相は先程の脂汗が嘘のように消えていた。
伯山一族はそのようにして中央政権に優秀なものを排出し、国の状況に合わせて動くことによって、琉城王朝時代から粛清を生き延びてきた稀有な存在であった。
「誠でございます。王家を支えるに値する人材を輩出することが、伯山一族の誇りであり、唯一の生き延びるすべであるのですから」
宰相の言葉を聞いた後、子孝はふむ、と考えるような仕草をされ、私のほうをチラリと見ました。
「そなたは自身が壱ノ夫人に値すると思うか」
私はその問いかけの後、息を吐きました。まともな壱ノ妃を目指している者ならば、こう答えるでしょう。私はその言葉を紡ぎます。
「それは私が決めるのではなく、ここにいらっしゃる皆さま、そして陛下、王妃様、殿下の御心のみにあることではないでしょうか。この国を愛している者ならばおのずから、どなたが殿下の壱ノ夫人にふさわしいか、見えてくるのではないでしょうか」
無表情だった子穂の顔がピクリと動いた。その言葉を聞き、子孝は子穂の方に向き直り、「言質を取らせていただき、感謝いたします」と仰いました。
子穂は「もうよい、下がるが良い」と命を下す。
紗鶴はその命に従い、深く拝礼した後、その場を去った。
さすがは私が惹かれた娘だ、と子孝は心の中でほくそ笑んだ。




