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風をよぶ君〜国を継ぎし双璧の皇子〜  作者: 栗木麻衣
伍 二人の皇子(3)壱ノ皇子と語らずの媛
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4:散歩

 子珞が見つからないまま、子孝は十一歳を迎えた。引き続き、壱ノ夫人選びは続く。漸くの二回目であった。


 弐の試験は廊下を歩くのをひたすら見るという、見る側こそ苦行だった。下品な歩き方をする者はいないが、やけに響く音のする歩き方をする者もいるため、子孝は思わず嘆息した。子穂に至っては、来ていない。王妃と二人、会話もないまま、すだれ越しに女児たちが廊下を歩くのを見ていた。


「はぁ~、今日はつまらんのう」と蓮彗が独り言を言った。


 無視していると、「子孝に言っておるのじゃ」と絡まれる。


「何がつまらないのですか」

「前回のようにもめごとがないからよのう。それにのう、廊下を歩くだけじゃ、ちと刺激にかけるの」


 にやにやと笑いながら、ひじ掛けに肘をつき、子珞を眺めてくる。


「それ、伯山の媛が歩き始めよる」


 蓮彗はすだれの外に視線を移した。今日は前回と違い、黄色の紅型の着物を着ているが、その刺繍は見事なものであった。足音はせず、衣擦れの音だけが楽の音のように鳴り響いた。


 蓮彗はその見事な歩き様にうっとりと目を細めている。


「そなた、この試験が終わったら、伯山の媛と散歩でもしてきてはいかがかえ。わらわは知っておるぞ。そなたが豆本を媛に送ったことよ」


 私も含め、女官や官吏がぎょっと目を見張った。最終試験に至るまで、一人の女児を特別扱いするのは前例のないことである。


「そなたも話したいじゃろ? 次は会えるの、1年後じゃものなあ。わらわならそんなことはできやせんがなあ」


 ちらちらと様子を伺っているのを見ていると、彼は蓮彗に対して、照子と同様の苛つきを覚える。さすがは親子である。しかし、その挑戦的な瞳に、拒否するのは負けと同じと思ってしまい、子孝は女官を呼んだ。


 試験後にいつまで経っても自身の迎えが来ないことに、彼女は戸惑っているようであった。そして、女官から要件を告げられると、眉をひそめ、困ったような顔で女官と会話している。


 蓮彗はちっとも了承が得られないことに我慢できなくなったのか、彼の背中を押した。


「はよう、行ってモノにしてきな」


 モノにしてきな、ってなんだこのババアと思いつつも、子孝は「はいはい」と言って、外に出ようとして気づく。今日、まさか外に出ると思わなくて髪結ってなかった、ということだ。というのは言い訳で、実は子孝は今日が楽しみすぎて寝られず、寝坊してしまったのである。どうせお話しして終わりだろう、と彼はすだれの端から外に出た。


 子孝の姿に気付いた官吏や女官、紗鶴が拝礼する。拝礼されているのが当たり前のはずなのに、一抹の寂しさを覚えた。そうか、こういう気持ちを素直に伝えればよいのだ、と彼は頷いた。


「紗鶴媛は拝礼しなくても良いよ。拝礼されたら、私は悲しい」


 紗鶴は「ありがたきお言葉にございます」と言うと、顔を上げた。しかし、すぐに眉を寄せ、渋い顔をする。彼女の目線は髪にあった。やはり髪をまとめていないのは失礼にあたっていたか。


「髪、結われていらっしゃらないのですね」


 ツンと澄ましたような声で、案の定指摘をされる。朝から皇后や女官、官吏からも言われていなかったにも関わらず、この媛から言われるのはなんだか嫌な気はしない。そして、笑いが込み上げてくる。

 澄ましたような声が鈴の音のように可愛い。また、実母や外戚を弾劾していることは聞いているにも関わらず、子孝にそのような注意を促したその心を、彼はとても気になった。


「ははっ、紗鶴媛は私のこと怖くない?」


 笑い涙を浮かべながら、私は彼女の方を見た。すると、その言葉に動じず、冷ややかな瞳で淡々と物言われる。


「本当のことを言ったまでですから」


 彼は面白くて、ふふっと小さく笑った。もっと彼女のいろいろな表情を見てみたいと思った。


「散歩しようか」と提案すれば、案の定想像と同じ言葉が彼女の唇から紡がれる。


「以前にも申し上げましたが、試験中の私用なことはやめていただきたく」


 彼の提案を無下にできないことくらいわかっているだろうに、最後の悪あがきだろうか。


「私は命令しているのだ」


 声色を今まで見せていた様とは違うもの、政務に用いる声色を使えば、彼女の浅葱色の瞳に畏れと動揺が走った。


「申し訳ありません」


 彼女は素早く拝礼した。その声も揺れ、動揺が見て取れる。気高き白兎を手籠めにしているようで、彼はぞくぞくと胸が高鳴った。もっと近くで、もっと可愛い顔も、怒っている顔も、泣いている顔も見てみたい。そう思った。


 子孝は拝礼する紗鶴の傍に近づいた。


「顔を上げて」と呼びかけつつ、自分から上げさせる前に彼女の顎に指がかけた。


 細い喉がこくりと唾を下すのがわかる。子孝はそっと彼女の顔を上げた。顔を上げた彼女は私の瞳をじっと見つめ、離れようとしても離れることができない様子であった。


「ねぇ、紗鶴媛。散歩しようか」


 子孝は同じ提案をした。彼女はかすれた声で小さく「よろしくお願いします」と呟いた。


 正殿の庭は池と芝、木々が剪定されて植えられている。その周りを彼女と共に歩いた。歩いている彼女の様子を見ているだけで、彼は満足だったが、紗鶴の側はそうではないようであった。無言の散歩は逆にソワソワとさせるらしい。それはそれで愛らしいと彼は思った。

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