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風をよぶ君〜国を継ぎし双璧の皇子〜  作者: 栗木麻衣
肆 二人の皇子(2)剣奴と悪鬼
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【1万PV記念】俺、三太。陛下の諜報部隊に抜擢されちまった!

1万PV記念の作品です。三太の物語になります。楽しんでいただけたら嬉しいです。

 黒い闇に波が揺れる。船に乗っているのは、船頭、俺、黒い外套を着た男だった。


 まさか、俺が諜報部隊に抜擢されるなんて思ってもみなかったさ。だって、俺はずっと剣奴になるために生きてきた。珞と半年ずれて剣奴になって、お披露目会で戦って、死なずに金を貯めて自分を買う。それは俺にとって、生きがいだった。それは県土島にいる奴みんなが思っていることだと思う。ただ、全員が剣奴になるわけじゃないっていることも、話には聞いたことがある。でも、まさか俺が剣奴じゃない道に進むなんてな……。


 珞は元気かな。今は森にこもって洞窟の試練に備えていることだろう。翠とも上手くやっているだろうか。あの二人は両想いだと思う、たぶん。翠の無表情さはいつも同じだけど、珞と話している時だけ、ピリピリした雰囲気が柔らかくなっている気がする。しかも、翠が鍛錬している時に珞と俺が話している時、珞の姿を目で追っていることに俺は気づいていた。まぁ、珞は気づいてなかったけど。


 ていうか、諜報部隊って俺がやれるのかよ。誰だよ、俺を推薦したの。しかもこんな暑い中で黒い外套とか、見ているだけで暑苦しいし。


 この外套を着た男は俺を迎えに来た案内人らしい。俺が師匠たちの寮に行った時には話は終わっていたらしく、俺はおとなしく引き渡された。師匠たちが嬉しそうだったのは、俺もちょっと嬉しかった。俺だって、剣奴になって、昨年俺が守り手した先輩みたいに獣に喰い殺されたりされたくない。それを師匠たちもわかっているから、喜んでくれたんだろうなぁ……。暗器の師匠たちが特に喜んでいたな。やっぱり、諜報部隊だから?よくわかんないけど、俺は俺のままで行っていいってことなのかな。しかもさ、どこの諜報部隊だよ。どこかのご貴族様なのかねぇ。


 そんなこと考えていたら、船が本土に着いた。もちろん、外套の男は何も言わずに船から降りる。船賃は既に払っているようだ。気味悪いのは、外套の男は外套を目深く被っていて、唇しか見えない。


 ガラガラと音がして、馬車が止まった。暗闇に紛れて、色のわからない馬車だが、きっと黒いんだろう。


「乗りなさい」


 外套を着た男が一言、俺に言った。俺は「はい」と言って馬車に乗る。馬車には窓が全くなく、空気穴として、小さい穴が開いてある。


「秘匿のため、目を開けられないように縛らせてもらう」


 俺は頷いたけど、さすがにちょっと怖くない?

 もちろん、目には布で縛られて、我慢した。そして、すごく長い時間がかかった気がした。ゴトゴトと揺れる中で、土の独特の臭いから、何か花のような匂いが漂う場所にやってきた。


「目は縛ったままで申し訳ないが、今から馬車を降りて、ある場所に向かう」

「はい」


 こっわ……。俺、どこに連れて行かれるんだろう。馬車を降りたら、手を引かれて、注意点を教えられながら小さな穴をくぐる。そして、木のにおいのする場所に入っていった。

 突然、人の気配が増えた。


「そこに座りなさい」

「はい」


 言いつけられた通り、そこに正座すると、冷たい地面が足から伝わった。目をふさいでいた布が外される。

 はい、ぎょっとしました。だって、そこには黒い外套を着た人たちが何人もいたんだから。一応、顔は出ているんだけど、全員俺を品定めするような目をしている。怖すぎだろ。


「県土島から買い入れた三太だ」


 案内役の男も、外套を外した。


「県土島では人の雰囲気に(さと)く、感覚も敏感、どの人も三太とは気軽に話せるという。暗器術の成績は優。三太の直属は月楊(げつよう)にしようと思っている」


 俺って、そんなふうに紹介されていたの?確かに、人の雰囲気が変わったな~とか思うこともあるし、匂いや音に敏感なのは確かだけど……。


「三太、挨拶をしなさい」


 俺は生唾を飲み込んだ。


「三太です。よろしくお願いします」


 誰も返事してくれねぇ……。


「半年、見習いをさせて、実地に入らせる。異論ある者は」


 はい、誰も何も言わんのよ。これは異論ないってことだろうな。


「月楊以外は解散」


 俺は呆気にとられた。瞬き、目を開けた瞬間には一人を除いて、他の者はいなくなっていたからだ。


「え……」


 信じられない光景にあんぐりと口を開ける俺を放置して、案内人の男と一人残った男が会話している。俺、とんでもないところに来たのかもしれない……。


「月楊、主へのご挨拶や詳しい説明、密約書の作成など、もろもろ頼む。私も任務に戻る」

「了解致しました」


 そして、案内人の男は消えた。月楊さんと呼ばれた男は、俺の方を向いた。鋭く黒い瞳に黒い髪が印象的だった。俺も黒髪だけど、俺と比べるのもおこがましいくらい真っ黒の髪をしている。


「俺は月楊、お前の教育係だ。戸惑うことも多いだろうが、表情を顔に出すな。表情を出してよいのは、仕事で必要なときにみ。そして、半年間は寝食共にし、ここで必要な勉学に励んでもらう」


 ま、まじか……。嘘だろ。また勉強……。

 その想いを察されてしまったのか、月楊さんは眉を寄せる。


「真名は月楊だが、任務上の名は丈月だ。先程のような会合以外の時は丈月と呼ぶように」

「丈月さん」

「あぁ。お前も三太という名前から任務上の名前を与えなければならない。希望はあるか」

「希望……特にないです」


 特にないのは本当だ。しかも新しい名前が必要と言われ、パッと言える奴なんていないだろう?


「希望がないなら、お前は陸治(りくじ)だ。早く新しい名前に慣れろよ。ちなみに俺が担当した六番目の見習いだからだ」


 だから六の陸ですかい……なんて安直な。


「これから一人前になったら一緒に任務に就くやつもいるだろうが、番号ついている者は俺が教育したやつばかりだ。きちんと指導してくれる……と思う」


 丈月さんはまともそうだけど、その先輩たちはやばい奴もいそうな雰囲気がした。


「今から、お前が仕える主に挨拶に参る。今からこれに着替えろ」


 渡されたのは絹の着物だった。丈月さんも外套の下にはその着物を着ている。


「こんな高級なもの、俺着れません」


 丈月さんは俺の言葉を聞いて、呆れたようだった。


「馬鹿者。これを着なければ、主に無礼だ。それに、朱に交わることができない。お前がやってきたここは剣奴になるためじゃない。主のお役に立つため、命をささげる場所。そして、そのためなら老人から子ども、貧民から富民に紛れる必要が出てくる。それを忘れるな」


 そうだ、俺は間諜部隊に買われたのだ。ここが俺の生きていく場所なんだ。浮足だった足が地に着いたような感覚があった。


「早く着替えろ。主がお待ちだ」


 俺は丈月さんに手伝ってもらいながら、絹の着物に初めて腕を通した。さらさらとする衣擦れが、なんだかむず痒い。


「お前は貧民の出だと聞いている。絹物は慣れないだろうが、それも慣れていけ」

「はい」


 そして、丈月さんは主に拝謁した時の礼の仕方と話し方を伝えた。そして、主の前では嘘をつかないように、とも言われた。主とは密約が交わされるそうだ。やっぱり、とんでもないところに来てしまったようだ。


 俺は丈月さんと共に、その部屋を出た。今までいた場所は蔵だったようだ。蔵からしばらく歩くと、朱色の柱や屋根、白壁の見える美しい建物が見えた。俺もう考えられないわ……ここがどこかわかった気がするけど、もうそれが本当だった時、頭吹っ飛びそうだから。


 同じような着物を着た男たちとすれ違うたびに、会釈をして通っていく。廊下で話すことはなかった。


 そして、丈月さんと俺はある大きな部屋にたどり着いた。けれども簡素である。


「失礼いたします。月楊が新しい者を連れて参りました」

「入りなさい」


 すだれの内側から、快活でありながらも静かな声が聞こえた。


「失礼いたします」


 丈月さんを真似て、すだれの縁からするりと入る。そして、丈月さんは下座の一番縁に正座し、畳に頭をこすりつける程、深く下げた。俺も丈月さんと同じようにする。


「頭を上げなさい」

「ご拝顔失礼いたします」

「ご拝顔失礼いたします」


 丈月さんに合わせて、俺も顔を上げた。そして、その先に座っているお方を拝顔し、俺は目を見開いて、口をあんぐり開けてしまった。


「……珞?」


 だって、そこには大人になった珞にそっくりの男性が座っていたんだ。


 目の前の男性は俺の言葉を聞いて眉をひそめた。丈月さんは慌てて俺の頭をがしっと掴み、額を床にたたきつけられた。


「馬鹿野郎!何やってるんだ。――も、もうしわけありません、陛下」

「いや、月楊。罰しないでくれ。さあ、誓約をしよう」


 丈月さんは袂から、長方形の紙と小さな墨壺を取り出した。その紙には村の呪い師ユタが使うようなよくわからない文字が書かれている。丈月さんから墨壺と小さな筆を渡される。墨壺には黄金色に輝く墨が入っていた。


「自分の真名を大きく書きなさい」


 俺には拒否権なしかよ~。わかっていたけどさあ。俺は“三太”とでっかく書いた。まぁ、字はへたくそだけど。こういう時、珞みたいにうまい字が書けるといいんだけど。


 丈月さんは俺が書いた紙を持って、目の前の男性――陛下に献上しに行った。陛下は俺の書いた文字の上から、自身の名前を書いたようだった。頭を下げているのに、なぜわかるかって?――そりゃあ、名前が書かれた瞬間、俺の心臓が掴まれたようになったから。思わず叫びそうになるのを陛下の前だからって、ちゃんと我慢した俺凄い。


 でも、痛い痛い痛い痛い……。全身脂汗がにじみ出る。これが誓約ってやつなのか?


「はぁ……はぁ……」


 気分が落ち着いてきた。


「誓約は終了だ。――さて、“珞”という少年について、話してもらおうか」


 え、もしかして、俺やばいこと言っちまった?というより、確かに珞は背中に鱗があって……。あ、そういえば俺、あいつへの手紙に誰にも言わないなんてこと書いていた……はず?でもまぁ、大丈夫だ。陛下だし。なんたって、俺の主だし!


「月楊、お前は一度戻っていろ。私はこの三太から、その“珞”の話、聞かせてもらおう」


 丈月さんは「はっ」と言った後、俺の方を向いた。


「粗相はするなよ。首が飛ぶぞ」


 俺はびびってしまったさ。だって、一人なんだもん。丈月さんは一瞬で消えた。なんだアレは。確かに県土島でも習ったけど、そんなに早く消えるんかよ。


「三太とやら、楽にして良いよ。顔もあげなさい」


 優しい声が部屋に響いた。さっきの厳しい声とは全然違う、慈愛に満ちた声だと思った。


「失礼いたします」


 俺は顔を上げて、陛下を拝顔した。やっぱり珞に似ている。


「その“珞”という少年に私は似ているのかい?」

「はい、そっくりです」

「その少年について、知っていることを話してくれないか」


 俺は陛下に言われた通り、珞と出会った時のこと、県土島での鍛錬のこと、翠との初恋のような話まで……ごめん。陛下は珞の話を聞いて、最初は真剣な顔つきで聞いていたが、俺と珞のやりとりや翠とのじらされる初恋話になってくると顔をくしゃりと歪めて、笑った。

 一通り話が終わると、陛下は俺に問いかけた。


「さて、私から君に聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


 俺は頷いた。だけど、その後に続いた言葉に俺はギクリとしたんだ。


「その珞という少年、背中に特徴はなかったかい?」


 俺は黙った。だって、背中に龍の鱗みたいなものがあるなんて、誰も信じない。それに珞は俺にも隠そうとしていた。


 陛下は俺のそんな様子を見かねたのか、立ち上がり後ろを向いて、上半身の召し物を脱いだ。俺は目を見張ったよ。だって、そこには背中一帯に龍の鱗の刺青がびっしり描かれていたんだから。珞のは本当に鱗だったけど、陛下のは刺青みたいになっている。


「このように、背中になにかなかったかい?」

「……ありました。もっと鱗っぽい感じでしたけど」

「だろうな」


 陛下は上半身の召し物を着て、元に戻すと、俺の方を向いた。


「ありがとう、三太」


 何がありがとうなんだろう。でも、そんな疑問は陛下の瞳に溜まった涙を見て、俺は押し黙った。陛下は何も言わなかったけれど、陛下と珞には何かしらの繋がりがあるのだとわかった。きっと、それはいつしか俺も知っていくことなんだろう。


「三太、また話そう。とても楽しかった」

「ありがとう存じます」


 俺は頭を下げた。陛下の方から、石をこする音が聞こえる。


「ただいま馳せ参じました」


 すだれの外から丈月さんの声が聞こえた。


「大事な時間をもらったな。彼を立派な目公まで成長させてやるのだぞ」

「は」


 丈月さんはすだれと柱の間から、俺を見た。早く出てこいという合図だろう。


「陛下、貴重なお時間いただきありがとう存じます。この三太、これから陛下のために尽くしていく所存でございます。どうかよろしくお願いいたします」

「うん、こちらこそだ。期待している。月楊がしびれを切らしているであろう、戻って良いぞ」


 俺は最敬礼をすると、立ち上がり、陛下に尻を見せないようにしながら外に出た。外には丈月さんが待っていた。


「遅い」


 丈月さんはだいぶ不機嫌そうだ。こっわいわ。


「すみません」

「陛下はお忙しいのだ。戻るぞ」


 そして、俺はさっきの部屋に戻された。そこには、陛下の元に向かう前には置かれていなかったたくさんの書物が置かれていた。


「我らは陛下と皇太子殿下の間諜であり、隠密であり、諜報部隊である。時には、お二方に害なす者あらば、人を弑することもある。すなわち、宮に住まう陛下と殿下の目と耳だ。そのため、『耳公・目公』と呼ばれる。耳公はお前のような新参者のことだ。耳公は教育係の目公と行動を共にし、目公が認めた場合は耳公から目公へと昇格する。それはお前の働き次第になるだろう。だがまずは、ここにある書物をその頭に叩き込め。白澪国の地理から、各地に配置されている按司(あじ)・豪族の名前・家族構成・力関係、霊幸(ひょうこう)十二神の各守護地と神殿の位置、その他諸々だ」


 べ、勉強……この書物の山を全部。どうやら俺は勉強から逃げられないようだ。俺、勉強あんまり好きじゃないんだけど。

 でも、勉強のことが吹っ飛ぶくらい衝撃的な言葉が俺を待っていた。


「それから陸治、お前には毒の耐性をつけてもらう」

「え?」


 新しい名前に慣れないなあ、なんて思っていたら、毒耐性だって?


「今晩から、弱い毒から順番に慣らしていく。体が辛くなるだろうが、これも陛下の御身のためだ。自分を納得させろ」

「……はい」


 毒耐性つけるなんて話、聞いてないよ。俺ってめちゃくちゃ苦労人じゃん。でも、行くところないから。俺は頑張るよ。珞だって頑張っているんだからさ。


 そんで、俺の頑張りは始まった。午前中は体術だったり、大和伝来の忍術だったりを学ぶ。午後はお勉強。そして夜は寝る1時間前に毒を飲む。毒が強くて次の日死にそうになった時は、次の日はお休みだ。うん、毒はきついけど、勉強しなくていいのは悪くない。


 俺が陛下と契約して半年くらい経った。さすがの俺でもその時点ですでに書物は全部覚えていたよ。丈月さん、こええけど、意外と面倒見がいい人なんだ。でも仕事はまだ来ない。当たり前だけどね。微々たるもんだけど、金も入った。耳公・目公であることは人に言っちゃいけないから、貯金は壺に入れた。軒の下に土を掘って、壺を埋めた。食事も服も支給品だし、俺買うもんないもんね。


 他の耳公・目公との関わりの中で、珞はお披露目会の際に、人喰い熊猫(パンダ)と戦うことになり、無事勝利したものの、そのまま行方をくらましたと聞いた。心配だったけれど、あいつならきっとどこかで生きている。それは俺の勘でわかったよ。


 そして、陛下に呼び出されたのはその話を聞いた晩のことだった。


「緑がかった黒髪、黒い瞳をした秘匿医務官の傍にいる、白髪に赤い瞳の少年を探し、少年の動きを探れ。弐ノ皇子の可能性が高い。一人になった時を狙って接触しろ。情報を少しでも引き出せ」


 陛下の言葉がすだれの向こう側から聞こえた。俺と丈月さんは頭を下げ、小さく「は」と告げると消えた。


 あぁ、やっぱり珞は行方不明だった弐ノ皇子だったんだな。お前は俺にとって、変化の風を呼んできてくれた男だよ。これから、影でお前を見ていくけれど、俺のことを忘れないでほしい。


 俺はお前を守る影になるよ。


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