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風をよぶ君〜国を継ぎし双璧の皇子〜  作者: 栗木麻衣
肆 二人の皇子(2)剣奴と悪鬼
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17:大師との手合わせ

 昨晩、翠と共に眠りについたこともあり、珞も落ち着いて当日を迎えることができた。調子がよさそうな珞の様子を見て、翠が心配そうに言う。


「調子乗っていると大体そういう時はやらかすから、ほどほどにね」


「わかっているよ」と珞は生返事をする。その様子に翠は嘆息するのだった。


 今、二人がいる洞窟はいろいろな経路に分かれており、迷路状になっている。その迷路のように道分かれた道が一堂に集まるのが、大師との試練を行う演舞場であった。そのため、他の小演舞場とは違い、洞窟の中は広く、四方八方から道が開いている。


 そこに、三席の椅子が並んでいる。二席は向かい合わせに、そして、一席だけは離れたところに。二人はまだ誰も居ぬ演舞場に入った。だが、誰かが入ってくる気配はない。


「とりあえず、座る……べきなのか?」


 疑念を抱きつつ、二人はそれぞれの席であろうところに座る。


「ようこそ」と自分たちが入ってきた入り口から入ってくる大師の声に愕く。振り返れば、大師はいつものように長い長着を着、珍しく羽織を羽織っているようだった。大師は珞の向かいの席に座る。


「さて」と大師はひじ掛けに両膝をかけた。「ネタ晴れとなるがね、今年は昨年とは趣旨を変えようと思ってな。君とはもっとよく話したいと思っていたんだ」


 大師はパチンと自身の指を弾く。蔦が足元に巻き付き、何やら、壁から怪しげな靄が噴出してくる。

 椅子の後ろから、翠の寝息が聞こえた。


「彼女には少し眠ってもらった。さて、我らも二人だけになれる場所に行こうか」


 大師はそう言うと、両腕を大きく広げた。それに合わせて、珞と大師二人の周りの土が盛り上がっていく。土の球体が出来上がり、その中はほんのり明るく、まるで西の国にはあるといわれる魔術のようだ、と珞は思った。


『あのさぁ…、これくらいで驚かれてもらったら困るんだけど』


 土の球体に見惚れていた珞は、大師とは違う幼い子どもの声に、ぞわりと背筋が凍るように感じ、そちらをそろりと向く。


 大師が座っていた場所には、大師と形の服を着た幼子が座っていた。短い髪の毛や瞳は様々な濃淡の茶色が混じりあっていた。


『やぁ、はじめまして。ぼくが樽毘神(たるびしん)だよ。ずっと大師として君を観ていた。てっきり君なら、ばれていると思っていた。なんてったって、澪蕭神(れいしょうしん)に愛され? 白香神(はくこうしん)が憑き神の? 弐ノ皇子だもんね』


 語尾に侮蔑を感じる。白香神との仲は険悪だと見受けられた。


「そんなに嫌なら、なんで俺を生かしておいたんですか?」


 たまたまだとはいえ、嫌いな存在ならば、消してしまえばよかったのだ。すると、樽毘神は憎々しげに吐き捨てた。


『死の神が憑いているのに、ぼくが何かできるわけないだろう。それに、ぼくが直接支配しているこの島にたまたま来たと思っている?そんなわけがない。霊幸りょうこう十二神全員で話し合って決めたことだ。運命の女神 丹生凛神(にゅうりんしん)が最終決定した。言っておくけど、ここからの君の運命は決めていないよ。君がどうしたいかは』


『あまり変なことを吹き込むな』


 珞の隣から白香神の声が聞こえた。珞がそちらを見れば、久々に見る白香神の姿があった。しかし、眉間にしわが寄っている。


『確かに子珞の母親に喚び出されたときは、十二神を招集し相談した。誰かの神の直接支配領域に行くように丹生凛神が最終決定したのは確かだ。だが、お前のところに来たのは偶然だろう。私としては、ここ以外がよかったがな。この、嗜虐体質が!』


『あ、ばれた? そりゃそうだよね。だって、ぼく、生の神なのにいつ死んでもおかしくない剣奴の養成を昔から行っているんだから。でも、それも命の儚さなんだよ』


 樽毘神はその整った唇を、にぃと歪ませた。しかしそれでも、その神聖さ、神々しさは闇に染まっていない。彼の本質であるからだろうか。


 彼は白香神に向けていた目線を珞の方に向けた。


『さて、ここからの人生どうするよ。君は本当に国王になりたいのかな? それとも何かほかにやりたいことがあるのかな? 白香神は澪蕭神のことが大好きだから、言っていないと思うけどね。できないことはないんだよ、背に鱗を持つ皇子が好きなことをやることは。でもそれには、途轍とてつもない代償を払うことになる』


 珞が白香神の方を見ると、彼は眉間のしわを深く刻み、『言いたいことはそれだけか』と今にも樽毘神に掴み掛かりそうな様子である。


「白香神、俺……やりたいことなんて考えたことなかった。でも、ここにきて自由になりたいってそう思った」


『あぁ、そうだな』


「好きな道を行くことも考えていいの?」


 白香神は漸く珞の方を振り向いた。先程までとは違い、優しい顔をしている。白香神は珞の神をくしゃりと撫でた。


『この国の王になるためにそなたは生まれた。だが、代償を払ってでもやりたいことがあるのならば、私はそなたの味方だ。私はそなたの憑き神だからな』


「うん」 


 珞は樽毘神の方を向いた。彼は面白そうに白香神を眺めている。


『あの白香神が、ねぇ。愛しの姫君が夜国に行ってしまったときは、死ななくても良かった人間をぼこぼこに弑していたくせにな』


『その話は禁句だと皆から聞かなかったのか?』と白香神から怒号が飛ぶ。珞はびくりとして、彼を見た。

 白香神は今まで見たことのない憤怒の表情をし、全身から怒りの香気(オーラ)をまとっていた。樽毘神は焦り、謝罪の言葉を述べる。


『ごめん、ごめん。ぼくが悪かった。でも、縛り付けるんじゃなくて、弐ノ皇子がちゃんと自分で決められるようにしないと。守っているのも必要だけどさ』


 自分で決める、と珞は心の中で反復した。皇太子になって、国王になるのが自分の義務だと思っていたが、それ以外の道を選んでもいいなんて、真剣に考えたこともなかったのだ。大きい代償があるものの、珞は何故か安堵感を覚えた。


『ぼくねえ……、君と一度戦ってみたかったんだ。いいかな?』


 樽毘神は面白そうな遊戯を見つけたような顔をしている。


「俺も、戦ってみたいです」


 珞も樽毘神そして大師と戦ってみたかったのだ……それが県土島に来た時から憧れていたことだからだ。県土島にやってきた頃は、大師はまだ初老の時分であったため、“重陽(ちょうよう)の舞”という演武を行っていた。その軽々しい足さばき、刀の鋭い突きや払いに憧れを抱いた。大師が実は樽毘神そのものであったことに珞は驚いてはいたものの、戦ってみたいと言われ、それを拒否するなど考えもつかなかった。


『子珞……』と白香神が心配そうに珞を呼んだ。彼は白香神の方を見ると、安心して、と言葉をかけた。


「大丈夫だよ。殺されるわけではないのだし」


『そうだよ、殺すわけじゃないんだからさ。ただ、ぼくだって、君が努力していたことを知っているし、それをぼく自身が確かめたいだけなんだ』


 そう言うと、彼はもう一度パチンと指を鳴らした。珞の足に巻き付いていた蔦が引いていく。その様子を見て、樽毘神は生の神であり、土の神であることを再認識した。


『いくよ』という声を合図に、樽毘神は思わぬ速さで翔けてくる。それはもう飛んでくる、と同義であった。いや、彼は正確には宙に浮いていて飛んでいるのだ。もはや他の師たちとの“それ”とは違っていた。


 しかし、そのようなことをわかっていて対策が取れるほど、珞に余裕はなかった。いつの間にやら、白香神は姿を消している。


 樽毘神の土色の刀が一旦珞から離れ、椅子の対岸に着地した。珞はいったん落ち着いて中段の構えを取った。樽毘神は右手で刀を持ち、左手を刀の切っ先に向かわせる奇妙な構えをしていた。その瞳の先には、珞が映っている。


 どちらともなく、相手の動きを探りながら、円形に動いていく。相手を全身で捉えることができる場に着た瞬間、先に動いたのは珞の方であった。しかし、樽毘神は動かず、その体勢のまま止まっていた。そして、珞がすぐそばまで近づいた時、彼は持っていた刀を投げた。


 なぜ投げたのかわからぬまま、珞が樽毘神を斜め切りしようとしたその瞬間、背から胸にかけて彼の刀が突き刺さっていた。そこを中心に、体中が燃えるように熱くなった。しかし、珞の体からは血液は滴らない。不思議に思っていると、体に刺さった刀が花びらとなって消え失せた。


『神は直接的に人を殺せないようにできている。だけど、無謀はその身を(ほろ)ぼすよ。ちゃんと見極めたほうがいい。君のこれから先の人生、そして戦い方もね』


 そういうと、樽毘神は珞の頸部に手刀を叩き込んだ。崩れる体を樽毘神はその幼い体で支えた。


『六年いても甘い考えは抜けてないねぇ。白香神も甘やかしすぎだし、丹生凛神が何か考えてくれているといいんだけれどね』


 そう嘆息すると珞の体を横たえ、大師の姿へと戻っていった。そして両腕を上に広げ、下に下ろしていく。それと同時に、円形になった土壁がもとに戻っていった。


「翠もすぐに目を覚ますだろうて」


 彼はそう呟くと、その場を足早に去っていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あー好き。好きです。一話読むたびに好きだなぁ…って思っていたんですが、このジワジワ溢れてくるこの作品好きだなぁっていう気持ちを感じながら読むのが心地よかったです。 作者様は子孝が好きなの…
2020/12/04 19:17 退会済み
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