11:ご馳走様
“洞窟の試練”は剣術・暗器術・学術・剣術・兵法・暗器術、そして最後に大師との試練が待っている。それは昔からの決まり事であった。場所も地図に書いてあり、やけに親切心に溢れているのだ。しかし、それは親切ではなかった。
師との試練は洞窟内に円形に掘られた小演舞場で行われる。そのため、その場所に着いたら、それぞれの師がその場に立っているわけではない。いつ襲ってくるかわからない環境下に置かれるのだ。また、その際に虫や動物などが襲ってくる場合もあれば、守り手を含めた上で、作戦を練ってくる師もいるのだ。安息の地は次の小演舞場までの道のりであるが、それこそ虫やこうもりが狙ってくる。
二人は剣術の小演舞場の前までやってきた。
「ここで一夜を過ごすんだったな」
夕闇はすでに闇夜に移っており、辺りは翠が持つ提灯の光のみとなっていた。
「提灯用の蝋燭、たくさん持っては来たけれど、なるべく早めに寝る準備をしよう」
翠が率先して準備を始める。いつもなら森でした時のように、焚火をして身を温めるのだが……彼女がまずしたのはそれではなかった。
「ちょっと臭いかもしれないけれど、除虫菊を乾燥させたものを撒かせてもらうわ。虫が寄ってくるって言っていたから、薬草畑に生えていた除虫菊を乾燥させておいたの。元々は白澪ではみられないものだから、海の道を通って、きっとやってきたんだと思う」
そう言って彼女はきつく締められた大きめの巾着袋から、除虫菊の粉を撒いた。その後、テキパキと焚火の準備を始めた。
「ここはまだ入り口だから焚火ができるけど、奥に行けば行くほど、風の通りが少なくなってくるから、焚火はできなくなってくる。煙中毒で最悪死ぬから」
「昨年は奥でも焚火をやっていた」と珞が言うと彼の顔も見ずに、翠は「それは幸運だったね」とそっけなく返事をした。
「だから、私としては七日とは言わずに、すぐにでも全部終わらせて出たいの。洞窟での試練ってとても危ないと思う」
そう言いながらも手は休ませず、木くずに女装菊をかけて、焚火を作った。
「もう寝ましょう。明日のためにも体力を残しておかないと」と、翠は荷物を枕にして地面に横になると、すぐに寝息が聞こえ始めた。珞は自分が勉強していた間に、この試練のために何が必要なのかを考え、実行してくれていた翠に感謝した。そして、自身の明日の試練のために眠りについた。
珞は食事の良い香りがして、目を覚ました。案の定、翠は朝食の支度をしていた。翠は珞が目覚めたことに気づき、彼の方に振り向く。
「おはよう。もうご飯できているから。食材、あんまり持ってこられなかったんだ、ごめん」
翠は申し訳なさそうにしている。珞は用意してもらった朝食に目をやった。
干肉を出汁に使い、乾燥菜、米を入れた肉菜汁、海藻豆腐だ。
「美味しそう」
「海藻豆腐は七日分あるから大丈夫だと思うけれど、具材が足りるかどうか不安。一応、足りるということで、調理場のおばさんからは一式もらってきているんだけれど」
そう心配する翠を尻目に「食べて良い?」と言って、勝手に食べ始める。そしてぺろりと平らげた。
「ご馳走様」
平らげられた皿に頭を下げれば、翠は目の周りを微かに動かした。驚いているようだった。
「何に驚いているんだ?」
「ご馳走様って言っているところ初めて見たから」
白澪では『食は薬』と呼ばれており、食後には食事を作ってくれた人に対して『薬になりました』という意味を込めて『ご馳走様』と言うのである。確かに、珞は今まで人前でその言葉を言ったことがなかった。
「調理場に行って直接言っていたんだよ」と彼は言った。
実は、直接厨房に行って『ご馳走様』と言うと、内緒で余り物の握り飯やおかずをもらえていた。それを部屋に持って帰っては三太と食べていた――そしてたまに腐らせていた。そのことを伝えると、翠は嘆息する。
「ご馳走様が言えない人だと思っていたけど、そうでもなかったのね」
「酷いな。さすがに俺だって、それは言うよ」
軽口を叩きながら、体の緊張が緩和していくのがわかった。いつも朝に行っている柔軟体操を行えば、肉菜汁の温かさと相まって、体全体が熱くなっていくのがわかった。
翠はすでに片づけを終わらせ、いつでも出発できるようにしている。
「さぁて、第一関門行きますか」
珞の気合に、翠は「えぇ」と答え、二人は小演舞場に一歩踏み出した。




