5:”洞窟の試練”の守り手
大師の命により、否応なしに翠とは顔を合わせることになった。
翠の両刀は“中刀”といい、二本で使うことが多いために“両中刀”と呼ばれるものだと知った。白澪の最南端で、南泰に近い島のあたりで使われているものだという。敢えて、握って持つこともできるが、翠は敢えて鎌のようにして持つ方が好きなのだそうだ。
「だって、刀でも剣でも、女の私が防ぐことができるのは鎌持ちの方だし」と理由を説明してくれる。
白澪では、大和で使われているような片刃で切れ味が重視された「刀」、西の国から伝わり、樽磨や李国にて使われている両刃で重量で切り裂く「剣」の両方が使われており、互いの鍛冶職人がいる。中刀はどちらかといえば刀の部類のようだった。
「私ももらったものだからよくわからないの。毎日自分で研いでいる感じだし。包丁みたいな、そんな感じなわけよ」
表情のないが、過去の話なのだと分かる。瞳の色が暗く落ち込み、口が小さくすぼまれる。
「私、次は学術なの。一般常識を教えてくれるから、とても面白い」
剣術の稽古が終わるとすたこらさっさと、次の用意をしていってしまう。声をかけようと思っても、他の者たちと話に行ってしまうのだ。
「俺って、避けられている?」と呟くと、傍で黙って聞いていた三太が珞の肩を軽く叩いた。振り返れば、憐みの眼がそこにある。
「やっぱりそうだよなあ」と珞は嘆息した。
翠との距離が近づくこともなく、既に出会ってから三か月は経過していた。残りの三か月は森に入り、熊や狼などの自然動物と戦う。最後には“洞窟の試練”と呼ばれる試験を受けなくてはならない。
本土に行き、剣奴として強い相手との戦いに打ち勝つには、県土島にいる段階で自分より強い者と不利な条件下で戦う必要がある。そのために、洞窟の中で師と真剣で勝負するという試練だった。洞窟に入る一日につき一人の師と戦うため、7日間の長丁場となる。
基本は一人で戦うことになることが多い。しかし、勝負に集中してもらうために、他の動物たちが勝負の邪魔をしないようにする“守り手”を選ぶ必要があった。守り手には候補が挙げられ、それは大師が選別する。ちなみに、三太は彼自身が十二歳になるときに同じように試練を受けるので守り手をすることができない。守り手に選ばれるのは、十歳以下で、将来同じように試練を受ける可能性の高い者たちなのだ。
一度守り手に選ばれれば、二度と守り手には選ばれないという規則も存在した。
それが今日、発表されるのだ。師たちの宿舎にある待合室で、珞は自分が緊張しているのを感じていた。
珞が守り手に選ばれたのは去年、十歳の頃だ。洞窟のため、なにやらよくわからない虫やこうもりの大群など、ゾッとするような対応を守り手にはさせられる。三太も同じ年に守り手に選ばれたため、後で「二度とやりたくない仕事だな」と語り合ったものだった。
「珞、入りなさい」と師の声が聞こえた。珞は顔を上げ、返事をし、師たちの会議室へと足を踏み入れた。
大師や師たちが座っている畳ではなく、その一段下がった板の間に片膝をついて頭を下げた。
「残り三月になったが、調子はどうだ?」と大師は言った。
最近は翠のことで気持ちが一杯で稽古に身が入っていない、そんなことを暗に言っているのだろう。
「相変わらずと言いましょうか」
「“洞窟の試練”の日取りと守り手が決まった。そなたも気になっていたことであろうと思う。“洞窟の試練”は本土に向かう二週間前に行う。また、守り手は協議の結果、翠が適切だと考えたが……そなたの意見も考慮したいと思っている」
珞と同じ剣術の技術を持ち、対等に話せる者は少ない。もう一人十歳の者に剣術に優れている者がいるが、その者は三太が幼少期から世話を焼いていたため、三太につけようと考えているはずであった。
「女児と七日間寝食を共にするとなると不都合が起こるのではないかと我らは心配しているのだ」
剣術の師である圓朝師が口を挟む。
確かに今まで異性同士を組み合わせて、試練に挑ませたことはない。女同士、男同士、中には中性の者もいたが、その者もその者が言う性別に合わせて選ばれていた。
「我らも心配なのだよ。年頃とまではまだ早いが、異性同士が組み合わせとなると。だが、大師様が推すのでそれなりの理由があると考えたのだ」
珞は思わず大師の方を振り向いた。しかし大師はというと、表情を変えずに彼の方を穴が開くほどに見つめている。
自分で説得しろということか、と珞は考え、再び師に頭を下げる。
「いえ、翠が良いと思います。その理由としましては、翠は武器に対して造詣が深く、実物を見たことがあるために、今後出会うであろう剣奴たちの武器の前情報を仕入れることができることです。また、私は野営が不得意でありますので、野営が得意な翠と組むことによって、その技術を学べると考えたからでございます。他にも……」
「もう良い」
大師が珞の言葉を止める。
「本人も翠が良いと申しておろう。理由もある。邪心のみで翠と共に試練を乗り越えられるとは、本人も思ってなかろうよ。つい昨年、彼は守り手を行っているのだから」
その言葉に師たちは押し黙る。
「珞、守り手は翠のつもりでいるように。変更があれば、追って沙汰する。翠の方にも我らから伝える予定だから、そなたからは伝えないようにな」
「はい」
「翠にはこれから守り手の修行も入ってくる。そなたも身を引き締めて、我らを相打ちにまで追い込んでほしいものだな。楽しみにしているぞ」
「はい」と伝え、拝礼し、部屋の外へと出る。
何が相打ちだ、と珞は歯ぎしりした。師たちは勝ち続けることができたから、国王から県土島の教育を任されているのだ。お互い真剣勝負で、相打ちになど不可能に近かった。
昨年、守り手をしたときも、その時の“先輩”は師たちに連敗していた。
「でも勝ちたいよな。あんなこと言われて、嫌に決まっているだろう」
眉をひそめ、口を一文字に結び、珞は師の宿舎を出る。自分の部屋に戻ると、これまた三太が待っていた。朝の時点で、師の宿舎に呼ばれたことは言ってあったからだ。




