38.それぞれの言葉で
今でこそディディ様は、ここキスカの女王として愛されるようになりました。みんな、ディディ様の力になりたいって思ってくれています。
でも、いっちばん最初にディディ様をお支えするって決めたのは、この私、忠実なメイドのリタですからね!
ディディ様はとっても優秀で、でも不器用な方です。おまけに、自分が悪者になることを全く気にしていないんです。そういった方には、やっぱり私みたいなしっかりした補佐がいないと駄目ですよね。
……ただ、キスカに来てからというもの、どんどんディディ様をお慕いする人たちが増えてきて……そのこと自体は喜ばしいんですけど、私としてはちょっと複雑だったりします。
だって、シャイエンの屋敷にいた頃は、ちょっとした企みごとは全部、私とディディ様の二人だけでこなしていましたから。
公国立ち上げに伴うあれこれが落ち着いてきたら、ディディ様と二人でゆっくりしたいって、おねだりしちゃおうかな。前に、サリー様もやっていましたし。まあ、あの時は無理やりついていきましたけど。
あ、でも、ディディ様とルシェ様が二人きりになれる時間も、どうにかしてひねり出さないといけませんね。
ルシェ様も以前よりはずっと立派になられたみたいですし、今のあの方ならディディ様を預けても大丈夫でしょう。……ただ、もしディディ様をないがしろにするようなことがあれば、今度こそ遠慮なく制裁を加えますが。
ともかく、まだしばらくは忙しくなりそうです。ディディ様がゆっくり休めるよう、今夜は特製のハーブティーをお出ししましょう。
◇
ディディ様のことは、前から知ってた。リタが、会うたびにディディ様のことを熱く語るもんだからさ。
おかげで、いざ本人を目の前にした時、緊張も何もなかった。ああ、この人か。なるほどこれは女王様だ、って思っただけで。
そして話に聞いていた通り、ディディ様はいい主だった。俺はリタみたいに貴族の世界に関わるつもりはなかったけれど、ディディ様にお仕えするのは悪くないかもしれないなって思うようになった。
それがなあ、まさか本当に女王様になるなんて。というか、俺たちがよってたかって女王にしたんだけどな。あの時の俺たち、みんなちょっと調子に乗ってた。どうかしてた。
でもまあ、こうなったからには俺も力を尽くす。親父とお袋に手紙を書いて事の次第を知らせたら、「頑張ってこい」って言ってもらえたしさ。
親父とお袋は、公国建国に伴うばたばたが落ち着いたら、一度遊びにいきたいとも言っていた。……何だか、そのまま住み着きそうな気もするけど。というかこの町、早めに拡張しておく必要があるんじゃないか? たぶん、これからどんどん住民が増えていく気がする。
それに仮にも公国だっていうのなら、国を守る力も必要だよな。ひとまず、各種爆弾を駆使すれば大体の敵は吹っ飛ばせるが……やっぱり、兵士を雇って訓練しないとな。
今この町で、そういったことに一番詳しいのは、たぶん俺だ。親父から教わった、軍にまつわるあれこれ。その知識は、きっとこれから大いに活用できる。
町の拡張に、軍備の増強に、やることは多い。それに、北の岩山の探索もしたい。何だか急に忙しくなったけど、これはこれで悪くない。
それもこれもみんな、俺の大切なリタを守ってくれたあの人のためだから。
◇
いやいや、オレらが話せることなんて、ろくにないんっす! オレたち、悪さをしていて女王様に拾われた、それだけっすから。
……ま、感謝はしてるっす。あのままだとオレたち、いつかは牢獄送りになってましたから。
それに、自分の力がきちんと活かされて、感謝される。それだけのことが、結構嬉しかったりするんすよ。それに弟たちは、新しい知識や技術を身につけることもできた。
オレたち見た目がかなり似てるんで、割としょっちゅう三つ子と間違われるんす。けど、二歳ずつ年が離れてますし、得意なことも違うんす。
長男のオレは力仕事、次男のレストはオレらの中じゃあ一番賢い。そして末っ子のシストは手先が器用なんですよ。
……ただシストは、ちっと口が軽いというか……思ったことをそのまんま喋っちまう癖があるから、あれだけは何とかならねえかなあ……。
とまあ、色々ありつつも平和に過ごしてますよ。王子様が来たり、町が国になったりと、何だかめちゃくちゃなことにはなってますが、こういうのも悪くはねえなって、そう思ってるっす。
だからオレたちは。これからも女王様についていく。あんまし役には立たないかもしれねえけど、いないよりはまし……だと思ってもらえてりゃいいんですけどね。
◇
町の人たちに、わたしは元々引っ込み思案で気の弱い娘だったのですと打ち明けてみました。そうしたら、誰一人として信じてくれませんでした。
友達を作れずにめそめそしていたわたしは、今では周囲の人々と積極的に関わる、元気な娘へと変貌を遂げることができたのです。
……嬉しかったです。わたし、ディディ様みたいになりたいって、ずっとそう思っていましたから。
実はキスカに来てからの様々な活動において、しり込みしてしまうこともありました。知らない町の、知らない人たち。それも、普段話し慣れた貴族のみなさまではなく、平民の方々ばかり。
そんな方々に、ひるむことなく向かっていけたのは、やっぱりディディ様のお姿が記憶に残っていたからなんです。わたしの周囲に集まっていた、たちの悪い令嬢たちを追い払ってくれた時の、あの堂々たるお姿。わたし、一生忘れません。
さすがにわたしは、あそこまで強くなることはできません。だからその代わりに、この活動に励むことにしたのです。
人と関わり、悩み事を聞くことで誰かを助ける。そうやって頑張っているうちに、町の人たちとも仲良くなれて……今では町中のみんなが、わたしのお友達です。
……さあ、考え事はこれくらいにして、また町に向かいましょう。悩み事があったら聞いて、ディディ様に報告しなくては。
きっとあの方は、ぼやきつつもとても鮮やかに解決してくれるはずだから。そうしてそのお姿を、また記憶に焼きつけましょう。ふふ、楽しみです。
◇
僕は、命を救ってくれた恩を返しにきたのです。ディディ様が困っておられるのなら、地の果てであれどはせ参じる、そう決めていました。
しかしキスカに駆けつけてみたところ、ディディ様は取り立てて困っておられるようには見えませんでした。あの時は、拍子抜けしたものです。
けれど、このまま帰りたくはありませんでした。ですので、何か僕にできることはないかと食い下がってみたのです。すると、サリー君と共に町の人間の困りごとを解決してくれないか、と頼まれました。
この町の人間は、元々ディディ様に対して不信感を抱いていたのだとか。その気持ちを和らげ、ディディ様と町の人間との橋渡しをする。サリー君は一人で、そんな困難な任務をこなしていました。僕は、その手伝いをすることになったのです。
これは責任重大です。気合も新たに任務に繰り出した……のはいいのですが、僕にはリタ君やリック君のような様々な知識や、サリー君のように他者を惹きつける魅力はありません。多少、商売についての知識があるだけで。
さて、僕に何ができるのでしょう。困っていたその時、キスカの町が慢性的な物資不足に陥っているとの情報を得ることができました。
これなら、どうにかできるかもしれません。僕はすぐに、父と連絡を取りました。そうして、僕と父は協力して取引を行うことになったのです。
実のところ、僕は商売の知識こそ持っていたものの、こうして実務に携わるのは初めてでした。父からの助言のおかげもあって、やがてキスカに安定して物資を供給できるようになりましたが、そうなるまでにかなり睡眠を削りました。
もっとも、頑張ったかいはありました。町は豊かになり、人々は笑顔を向けてくれ……僕はディディ様の力になるためにここに来たのに、それ以上のものをいただいてしまいました。
かくなる上は、さらなる恩返しをいたしましょう。ディディ様と、この町に。
◇
私は、愚かだった。それゆえに、たくさんの間違いを犯した。
さんざん迷って、回り道をして。そうしてようやく、譲れないものが何なのかに気がついた。おかげで今は、とても心が安らいでいる。
そしてこの首のリボンは、私にとっては勲章のようなものだ。ディディはこれを見るたびに複雑そうな顔をして、「それ……外してしまっておけば?」と言うのだが、私はもうこれが首元にないと落ち着かなくなってしまったのだ。
この町は、まだまだ貧しい。王宮にいた頃とは比べ物にならないくらいに、生活は質素だ。
だが私は、今の暮らしのほうがずっと好きだ。気心の知れた仲間たちと共に暮らし、町の者たちから様々なことを学び……毎日が、とても充実している。
それにここでは、いつもディディの近くにいられる。自由に伸び伸びと過ごしている彼女の笑顔を、心置きなく見つめていられる。こんな幸せが、あっていいのだろうか。
頑張ろう。この日々がいつまでも続くように。
◇
人生って、何がどうなるか分からないわね。このままだと王妃にされて息苦しい日々を送ることになるのね、とため息をついていたあの頃が、遠い昔のよう。
……まあ、その代わりに公国女王にされたのだけどね。ほんとにもう、みんなして何てことをしてくれたのかしら。
もっともわたくしは、既に町の人たちの面倒を見るはめになってたから、肩書が変わっただけだと言えなくもないけれど。それに、王妃よりはずっと自由にふるまえそうだし。ルシェもいるから、統治のほうは何とかなるでしょ。
……ルシェ……まさか彼まで、ここに居つくことになるなんてね。そんな度胸のある人間じゃないって思ってたのだけれど。わたくし、まだまだ人を見る目を養わないと。
そして最近のルシェは、ことあるごとに距離を縮めてくるようになって……わたくしはいつでも彼を転移の魔法で追い払えるのに、なぜか手が動かないの。ただぼんやりと、彼の紫の目を間近で見つめていることが多くなってきた。
たぶんそろそろ、彼の熱意に押し負ける気がしているのよ。まあ、それも悪くないのかもね。よくよく考えてみたら、わたくしたちはまた婚約していたのだし。……忘れてたけれど。
ただそうなったら、どんな顔をすればいいのかしら。みんなが盛大に冷やかしてきそうな気がする……いえ、間違いなくそうなるわ。
ああ、考えていたら頭が痛くなってきた。止めておきましょう。そうなったら、その時はその時。
気晴らしに、ちょっとその辺を歩いてきましょうか。たぶんみんなも、その辺をぶらついているでしょうし。
今日も、いい天気ね。
ひとまず、ここで完結です。
女王様が愉快な仲間たちに恵まれて本当に女王になってしまったお話、楽しんでいただけたなら幸いです。
☆などで応援してくださると今後の励みになります…!
現在、また別のお話を準備中ですので、見かけましたらどうぞよろしくお願いいたします。




