28.男子会は優雅に
「……その……何でオレたち、こんなことになってるんっすか?」
借りた猫のように縮こまったゼストが、どうしようもなく居心地悪そうな顔でぼそりとつぶやいた。弟たち二人も、それに続くようにしてうなずいている。
彼らは、お茶を飲んでいた。キスカの屋敷の居間で。
それだけなら、たまにあることだった。彼ら三兄弟の手が空いている時に、たまにディディがお茶に誘ってくることがあったから。
しかし今、彼ら三兄弟と同席しているのは、リック、ジョイエル、そしてルシェの三人だった。さっきからきょろきょろしっぱなしの三兄弟とは対照的に、こちらの三人はいたって悠々と茶をたしなんでいた。
三兄弟はリックとは親しくしていたが、ジョイエルとは礼儀正しく距離を置いていたし、ルシェに対してはさらにもう一歩引いていた。
本人たちは自覚していないだろうが、ジョイエルもルシェも中々に図太い神経の持ち主で、しかも大らかなところがある。三兄弟がもっと気さくに接しても、彼らは気にしなかっただろう。
だが三兄弟は、そこに甘えるほど愚かではなかった。いや、愚かではなくなっていた。
かつては町で暴れ回り、好き勝手をしていた三兄弟。そしてあげくの果てに、ディディのところに盗みに入った。今の彼らは、あの頃の自分たちを恥じるようになっていた。それもこれも、ディディにきっちりとしつけられたおかげだった。
ただそのせいで、三兄弟は今の状況を楽しめずにいた。以前の彼らであれば、豪快に茶と茶菓子を飲み食いしていただろうが。
「簡単な話ですよ、ゼスト君」
カップから立ち上る香り高い湯気に目を細めながら、ジョイエルが柔らかく微笑む。
「とびきりの茶葉が手に入ったからお前に譲ろう、世話になっている人たちにふるまって差し上げろと、父上がそんな手紙をよこしてきたのです」
「ああ、確かにこれはよい茶葉だ。商才に優れると評判のアンガス伯爵は、目利きもかなりのものなのだな」
そう言って、ルシェも幸せそうにカップに口をつけていた。
「ありがとうございます、ルシェ様。その言葉、父に伝えておきます」
「そういえばアンガス伯爵は、私がここで暮らしていることを知っているのだろうか?」
「ええ。商売がらみで色々経験している父も、さすがに驚いたようです」
和やかに話す二人に、今度はレストがそっと口を挟む。
「あの……茶をふるまってもらえたのは嬉しいんですが……その、オレたちが気にしてるのは……」
「なんで男ばかりで茶を飲んでるのかってことっすよ。ちっと、むさくるしい……いや、むさくるしいのはオレらだけか? ジョイエル様もルシェ様も美人だし、リックも割と綺麗な感じだし」
考え考え慎重に話していたレストの言葉を、能天気なシストの声がかき消してしまう。ゼストとレストが、大あわてで末弟の口をふさいだ。
「いや、すんません。今のは気にしねえでください」
「こいつ、ちっと口が軽いんで」
「おい、口が軽いとかその辺を謝るよりも、美人だ綺麗だってほうを否定しておけよな……」
リックがそう言って、三兄弟をちらりとにらむ。俺、まだ成長途中だし。もう少し大きくなって、もう少したくましくなる予定なんだからな。そんな言葉をぶつぶつとつぶやきつつ。
「私たちだけで集まったのはほかでもない、ディディたちが留守にしているからだ」
そして単純そのものの理由を、ルシェが堂々と口にする。そこに、ジョイエルも乗ってきた。
「洞窟探検ですね。サリー君のたっての願いとかで。……ディディ様と共に遠出か、うらやましい……今度、僕も頼んでみましょうか……」
「ならば私も、頼んでみたいな。ただ彼女と語り合うだけでも楽しい時間を過ごせそうだ」
「お二人とも、本当にディディ様のことがお好きですね」
苦笑するリックに、ジョイエルがすかさず言い返す。
「当然のことですよ、リック君。僕が、あの方にどれだけの恩を受けたか……一生かかっても返しきれない、そんな恩なのです。君も、似たようなものなのではないですか?」
「あー……そうですね。俺も似たようなものかな……リタを大切にしてもらってる、お礼みたいなものです」
しみじみとつぶやいたリックに、ルシェが感動の目を向けた。
「ああ、美しい兄妹愛だな。……リック、どうかこれからもディディを支えてやってくれ。……できることなら、私もそうありたかったが」
悲しげに目を伏せるルシェに、その場の全員が口を閉ざして彼を見つめる。
「……私は、愚かだった。ディディのまばゆい輝きに圧倒され、彼女を婚約者として望んだというのに……彼女が何を考えているか、どう感じているかに思いをはせることもなく、やけに慎ましやかになってしまった彼女に不満を抱くばかりだった」
周囲の視線に構う余裕もないのか、ルシェは独り言のようにつぶやき続けた。
「そうして、物事の上面しか見ることのできなかった私は判断を誤り、彼女を手放してしまった……」
ルシェ以外の五人は、どうしよう? といった気まずそうな表情で、無言のまま互いに視線をせわしなく交わしていた。
「あの時に戻れたら。あの時彼女と、腹を割って話せていたなら。そうすれば、違う今もあったのではないかと、そう思えてならないのだ」
これ、何とかして励ましたほうがいいやつですよね。リックが隣のジョイエルにささやき、しかしどう声をかけたものでしょうか、と返されていた。
居間に、とんでもなく居心地の悪い沈黙が満ちる。ルシェはうつむいたまま動かない。
「愚かでも、その後しゃんとすればいいんじゃないっすか?」
と、いきなりシストののほほんとした声が沈黙をぶち破った。またしても兄二人に取り押さえられながら、彼はさらにルシェに呼びかける。
「オレたちも、めちゃくちゃ愚かで最低の人間だったっすよ。それが、あの女王様に拾われて……ちっとだけ、まともになれたと思います。町の連中の目つきも変わったし」
以前は、町の人間はみな三兄弟のことを避けていた。早く町から出ていってもらいたいと、そんな嫌悪の目を向けられ続けていたのだ。
「だいたい、女王様がここに来てくれなかったら、オレたち今でも悪人のままっすよ」
それを聞いたルシェが、目を丸くする。そうし次の瞬間、ふっと柔らかく笑った。まるで花がほころぶように。
「……そうか。そうだな。人間は変わることができる。まだ、やり直せる。そういうことだな。ありがとう、シスト」
「王子様に礼を言われるってのも、変な気分っすよねえ。それにしても王子様、やっぱり美人だなあ」
そう言ってへらへら笑うシストの頭に、両隣からげんこつが飛んできた。
「調子に乗んな!」
「お前、ちっと黙ってろ!」
「兄ちゃんたち、頭ぼこぼこ殴んないでくれよ。馬鹿になるだろ」
「お前は元々馬鹿だよ。ま、オレらもだけどな」
「え、オレはまだましだから……一緒にすんなよ、ゼス兄」
そうやって騒ぐ三兄弟を、ルシェは温かい目で見守っている。リックとジョイエルも、ほっと胸をなでおろしながらこっそりと笑い合っていた。
お茶と焼き菓子の甘く優雅な香りの中、三兄弟の騒ぐ声はやけに楽しげに続いていた。




