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10.まさかの人助け

 サリーがディディの屋敷に押しかけてきてから、十日ほど経ったある日。


「今日は久しぶりに、全員で買い出しに出かけましょうか」


 朝食の席で、ディディがふとそう言った。その言葉にリタとサリーが顔を輝かせ、リックがうなずく。最近では一緒に食事をとるようになったゼスト、レスト、シストの三兄弟は、ほんの少し不安そうな顔で頭を下げた。


 力ずくで三兄弟を雇ったディディは見ての通りの女王様だし、そこに付き従う双子は中々の曲者だ。


 そして最近加わったサリーも、たおやかで弱々しい見た目からは想像もつかないほど活動的な一面がある。妙に思い切りがよく、やけにやる気に満ちあふれているのだ。


 この面々が全員そろってとなると、ちっと大変かもしれねえなあ。三兄弟たちは自分たちのことを棚に上げて、こっそりとそんなことを思っていたのだった。


 そして案の定、その外出は大変なことになってしまった。といっても、三兄弟が予想していた展開とは、まるで違っていたのだが。




「……ねえ、これはどういうことかしら!?」


 彼女にしては珍しく困惑し切った顔で、ディディがリタに尋ねる。


「わ、私にも分かりません……昨日私が買い出しに出た時は、いつも通りだったんですが……」


「ひとまず、何か普通ではないことが起こってるってのは確かみたいですが」


 リタとリックがそんなディディを背中でかばうようにして立ち、きょろきょろと辺りを見渡していた。さらにディディの後ろでは、三兄弟が呆然としている。


 屋敷を出たディディたちが町の中心部に差し掛かったとたん、なぜか町の人間たちがわらわらと集まってきたのだ。そうして彼女たちを取り囲み、わあわあと騒ぎ始めた。


「まあ、みなさま……こんなにたくさん……」


 しかしよく見ると、サリーだけは全く動じていない。それどころか、町の人々を眺めてうっとりとしている。彼女はにっこり笑って、ディディに声をかけた。


「大丈夫です、ディディ様。ほら、よく聞いてください。みなさまの訴える声を」


「……え?」


 訳が分からないながらも、ディディは周囲の喧騒に耳を傾けた。リタたちもつられて、耳を澄ませる。


『近くの村への道が崖崩れで埋まってしまっているのに、領主様は何もしてくださらない』


『春先の嵐で壊れたままのヤギ小屋を立て直したいのに、木材が高くて……』


『今年は凶作になりそうなのに、税が据え置きなのはどうにかならないかねえ』


 なんと町人たちは、口々にそんな要望を述べていたのだった。それを理解したディディが、サリーに向かってひそひそ声で叫ぶ。


「ちょっと、これはどういうこと!? なんで町の人たちが、急にこんな」


「はい、それなのですが」


 サリーもまた声をひそめて、ささやき返した。


「わたし、まずはみなさまにディディ様の素晴らしさを説いて回ったのです」


 既にリックからその報告を聞いていたディディは、ひとまず素直にうなずく。リタたちも、二人の会話を一生懸命に立ち聞きしていた。


「ただ、言葉だけでは納得し切れないご様子でしたから……『どうしたら、あの方のよさを実感していただけるのでしょうか』とみなさまに質問してみました」


 思いもかけない質問に、ディディたちがあんぐりと口を開ける。しかしサリーはお構いなしに、楽しげに話し続けていた。


「その返答が『自分たちの悩みを解決してくれたら、あの人が悪い人ではないのだと納得できるかもしれない』というものでした。ですのでわたし、『今度ディディ様が町に来られた時にでも、直接訴えてみてはどうでしょう』と提案したんです」


「つまりこの状況は、あんたのせいってことか……うわあ、面倒くさい……」


 頭をわしゃわしゃとかきむしりながら、リックがうめいた。


「そういう訳ですので、どうかみなさんの悩みを解決してあげてもらえませんか。そうすれば町のみなさまも、ディディ様がどんな方なのか分かってくれるはずですから」


 純粋そのものの顔で、そう言い放つサリー。敬愛するディディならそれくらいお手の物と、そう信じ切っている表情だった。


 あまりのことに何も言えなくなっているディディの代わりとばかりに、リタが声を張り上げる。


「ちょっと待ってくださいサリー様、悩みを解決って……ディディ様に、そんな面倒ごとを押しつけるつもりだったんですか?」


「もちろん、わたしも手伝います! ディディ様には頼れる配下の方々もいますし、大丈夫ですよ。リタさんみたいな」


 サリーのさわやかで明るい返事に、リタが言葉に詰まった。リックと三兄弟が、ちらちらと視線を見交わしている。


「……これはどうやら、やらざるを得ないみたいね……これ、そのまま放っておいたら収拾がつかなくなりそうだし……いえ、もうつかなくなっている気もするけれど……」


 肩をすくめて、ディディがため息をつく。大喜びするサリーとは裏腹に、リタたちがそろって天を仰いだ。




 そんな騒動の、次の日。


「ほら、これで……最後の岩、よ!」


 ディディがほっそりとした指をひらめかせ、転移の魔法を使う。彼女の近くにあった大岩が、一瞬で消え失せた。


 ここはキスカの町の近くの街道、両側を切り立つ崖に挟まれ、ひときわ狭くなっている場所だ。そしてついさっきまで、崖と崖の間には土砂と岩がみっちりと詰まっていたのだ。


 あれからディディたちは、町の人間たちの訴えを改めて聞き取り、整理した。そうしてその中で、もっとも簡単に片付きそうなものにさっそく着手することにしたのだった。


 正直、いつまでもこの騒動に振り回されていたくはない。さっさと片付けて、また元の気楽な暮らしに戻りたい。そのためには、とにかく手際よく済ませるに限る。


 そんなディディの号令に従って、全員がてきぱきと動いた。リックは町で馬車と馬を調達し、リタはサリーと一緒に必要なものを揃えた。三兄弟も土木作業に必要なあれこれをかき集めた。


 そうして準備を整えたディディたちは、空飛ぶような勢いで街道が塞がっている場所まで駆けつけたのだった。二台の馬車に分乗して。


「早く、残りの土砂を片付けて! 誰かがやってくる前に、さっさと終わらせるのよ!」


 やけに焦っているディディに、三兄弟は手を動かしつつ首をかしげる。


「そこまで急がなくても、大丈夫じゃないっすか?」


「そうっすよ。まだ、昼にもなってないし……」


「そもそも、誰も来そうにないっす」


 珍しくもそう言い返した三兄弟に、即座にリタが反論する。


「いいから、急いでください! ただ片付けるだけじゃ、駄目なんです! 町の人たちに見つからないように……」


 リックもまたディディたちが言いたいことを理解しているらしく、せっせと三兄弟を手伝っている。そしてサリーは、なぜかそわそわしながら辺りの様子をうかがっていた。


「あっ! おいでになられました!」


 ディディたちの背後、キスカの町があるほうを見やって、サリーが弾んだ声で言う。すると、ディディがびくりと肩を震わせた。そして、大急ぎで馬車の中に戻ってしまう。


 少し遅れて、たくさんの物音が近づいてきた。軽やかな馬の足音、かたかたという車輪の音。それに続き、驚いたような声。


 やがて、何台もの馬車――といってもディディが乗っているようなしっかりした箱形のものではなく、蓋のない浅い箱に車輪をつけただけの素朴なもの――がディディたちのもとに到着した。


「ちょうどいいところにいらっしゃいました! ディディ様が、街道を開通させてくださったんです!」


 はしゃいだ様子で、サリーが叫ぶ。馬車に乗っていた町の人間たちが、すっかり元通りになった街道を見てぽかんと口を開けた。


「本当に、街道が開通した……」


「ディディ様が、これを……」


「シャイエン様は、一向に動いてくれなかったのに……」


 町の人間たちの目が、同時に馬車に向けられる。カーテンがしっかりと閉められ、中が少しも見えない豪華な馬車に。


 次の瞬間、歓喜の声が馬車を包んだ。その中には、ディディへの感謝の言葉も含まれている。


 サリーが感動したように両手を合わせ、リックが苦笑しながら肩をすくめる。三兄弟はぽかんとしながら目の前の光景を眺めていた。


 そうして馬車の御者席では、リタがため息をついていた。ところがしばらくして、その口元に小さな笑みが浮かぶ。


「ディディ様、たぶん今頃照れてるんでしょうね」


 そんなことを、つぶやきながら。

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