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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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49. 二層目攻略 /その①



 ─ 1 ──────


「それでジャンダル様が大怪我をされたのですか」


 フェレズの月の初め、ファルハルドは白華館を訪れていた。



 レイラは高級娼館、白華館でも最高級の娼婦の一人。ファルハルドは同じ寝台に入っても、なにもせず触れ合い共に眠るだけ。

 そのため、ゆっくり休むことができ助かるからと、レイラの口添えで多少料金を負けてもらっているが、それでも高い。ファルハルドでは頻繁に通うことはできない。


 この日は最初のときを含め、三度目の来店となる。


「十日ほど寝込んで過ごしていた」

「まあ、大丈夫だったのですか」

「れへへ、ひやーもぅ全然平気」

「まあ、な」


「えー、本当。りゃあ、優じく撫れて欲しぃなぁ」

「あの、ファルハルド様」

「…………」

「…………」


 今日はジャンダルの快気祝いだ。皆で揃って白華館に繰り出した。前回と同じ水仙の間で宴を催している。当然ジャンダルも今、同じ場所にいる。へべれけに酔った状態で。


 内臓を痛めたせいか、怪我から復帰したばかりのせいか、いやに酔いが回るのが早い。今まで見たことがないほどの酔っ払いぶりだ。


 真っ赤な顔で目尻を下げ、実にだらしなく頬を緩ませている。馴染みとなった女性にもたれかかり、手を撫で、腹を撫でられている。誰だお前。


 あまりの醜態っぷりにファルハルドはジャンダルを意識から締め出し、視界にも入れないように努力している。


「れへへ、嬉ひいな。もぅ、今夜はらっぷり甘えちゃんぞ」


 いや、本当に誰なんだお前。バーバクとハーミも呆れている。それでも今日の主役はジャンダルなのでうるさいことは言わない。揃って席を離して、ちょっと距離を取っているだけだ。


「ひやー、ねー。別いー、おいら弱っぢい訳じゃらいんらよ。本当らよ。不意ほかれてんね。ろうひようも、なかったんの」


 確かにあれは対応するのは難しかった。どう仕様もなかったかどうかは、いささか議論の余地があるが。




 ─ 2 ──────


 最近ではファルハルドもジャンダルも、二層目の敵相手に余裕を持って戦えるようになっている。そろそろ三層目に進むか、それとももう少し経験を積んで腕を上げてからにするか、何度か話し合いを持った。


 ファルハルドとしては倒すだけではなく、危険な状態から無傷で逃げ延びる経験も積みたいと考える。

 ジャンダルとしては飛礫などの投擲武器を全く使わず、鉄球鎖棍棒だけで全ての敵を倒せるようになりたいと述べる。


 二人の意見を入れ、一行はもうしばらく二層目での挑戦を続けることにした。そして、その二層目での挑戦中に今まで現れなかった敵に出会でくわした。



 それはジャンダル一人が虎の石人形と猿の木人形と戦っていた時だった。仲間はいつでも手助けできる体勢でジャンダルの戦いを見守っていた。


 ジャンダルは鉄球鎖棍棒を振るい、一進一退の戦いを見せる。虎の石人形相手と猿の木人形相手では、戦い方が全く違う。一体ずつなら問題なく倒せるが、飛礫、投げナイフを封印した状態で、二層目の怪物二体同時相手では手古摺てこずってしまう。


 敵の攻撃をかわしきれず、盾で受ける回数が多くなる。そして虎の石人形の攻撃を盾で受けた時は力負けし、押され体勢を崩される。そのため、決定打を繰り出せず戦いが長引いていた。


 それでも仲間たちは手を出さない。これもジャンダルの成長のため。そして、戦いが長引いても最終的にはジャンダルが勝てると踏んでのことだ。



 その時、不意にファルハルドは違和感を感じた。それが、なんなのか。意識にのぼる前に異常が起こった。


 突然、戦っているジャンダルのすぐ横の壁から青白く揺らめく炎が現れた。声をあげる間もなく、炎はジャンダルに触れる。

 動きが止まる。折悪しく、虎の石人形の一撃が迫っていた。ジャンダルの腹を強打する。宙を舞う。激しい音を立て、ジャンダルは壁に激突した。手足が力なく投げ出される。


 三人は同時に動いた。バーバクは疾駆し、虎の石人形に体当たりする。ファルハルドは跳躍し、猿の泥人形を二つに斬り裂く。ハーミはジャンダルに駆け寄り、治癒の祈りを唱える。


 ジャンダルは血を吐いている。腹に重い打撃を受け、内臓が傷付いた。革鎧のお陰でなんとか一命を取り留めたが、安心できる状態ではない。

 といって今の状態では不用意に動かすこともできない。治癒をハーミに任せ、ファルハルドは周囲の警戒を行う。


「大丈夫か」


 バーバクが虎の石人形を倒し、声を掛けた。


「さっきのはなんだ」

「『彷徨さまよう鬼火』だ」


 彷徨う鬼火。分類上、『むさぼる無機物』になるのか、『呪われし亡者』になるのか、未だ議論が続いている存在だ。滅多に現れることがないが、階層に関係なくどの階層でも姿を見せる。

 意思を持たず、攻撃手段も持たない、ただ迷宮内を漂っているだけの存在。単体ならば恐れる理由のない相手。


 だが一つ、決定的に危険な理由がある。

 彷徨う鬼火は壁や床を通り抜け、突然姿を見せる。そして触れられれば、誰であっても身体が硬直し動けなくなる。


 今日のジャンダルがそうであったように、他の怪物との戦闘中に不意に現れ触れられれば、為すすべもなく攻撃をくらうことになる。

 挑戦者たちにとって最も恐れる怪物の一体だ。


「その鬼火がジャンダルの中に入ったように見えた。大丈夫か」

「あれは触れると消えるんだ。後遺症などはないから、その点は心配ない」


 話している最中に新たな怪物が姿を見せた。幸い敵は泥人形と木人形だった。魔法なしで倒せる相手だったため、バーバクとファルハルドで片付けた。




 ハーミの全力の祈りにより、ジャンダルは意識を取り戻す。だが、まだ危険な状態だ。バーバクが抱え上げ、急いで地上に戻った。


 大神殿でさらなる祈りを依頼する。大銅貨セル五十枚の布施を行い、医療神の神官から『甦生の祈り』を施される。なんとか恢復した。

 それでも影響は残り、ジャンダルはしばらく調子を崩していた。口にできたのは薄味の粥だけ。大人しく、十日間を寝て過ごした。



 皆で鬼火にどう対応するべきか話し合う。だが、これという対処法はなかった。


 守りの光壁を展開していれば防ぐことはできる。しかし、いつ現れるかもわからない相手に備え、常時展開することはできない。さらに天井や床から姿を見せるなら光壁でも防ぎきれない。


 ファルハルドが鬼火が現れる前に違和感を感じたことを告げたが、それもまた難しい。違和感を感じられたのはまさに姿を見せる直前。注意の声を上げることすら間に合わない。


 結局はいつ鬼火が現れてもおかしくないと頭に置いて戦うしかない。あとはファルハルドが何度か鬼火に出会い、その気配をより早く感じ取れるようになれば変わってくるのかもしれない。現時点ではこれという決定打はなかった。




 ─ 3 ──────


「まあ、ジャンダル様。よくご無事でしたわね」


 ジャンダルに就いている女性が撓垂しなだれかかり、目を見詰め、頬を撫でながらささやく。


「えぇー、ほりゃー、もぅ。スーリひぃ会いたくて頑張っらんらよ」


 でへへ、と笑うジャンダルは実にだらしない。ファルハルドたちは軽く頭痛がしてきた。


「鬼火、ですか」


 レイラが、ふと呟きを漏らす。


「ふむ。なにか知っておるのかの」


 穏やかに問いかけるハーミに、静かに微笑む。


「生憎、確かな話ではございませんが。昔、鬼火には『虚ろの鈴』というものが役に立つと耳にしたことがあるような」


 バーバクとハーミは思い当たることがあるのか、ほうっと息を吐いた。


「なるほど。あれがあったか」

「それはなんだ」


 ファルハルドが問いかける。ジャンダルも喋るのを止め、耳を傾ける。


「怨霊のような肉の身を持たない存在が近くいる時、音を鳴らして知らせる魔導具だ。迷宮内では怨霊はまず出て来ることはないからな。完全に頭から抜けていた。あれは神殿なんかの浄域バストで使われる魔導具だ」


「それに魔法にも反応して、音を鳴らせるの。言われてみれば、あれならば鬼火の接近を感知できそうだ」


 バーバクたちは頷き合っている。


「へえー。りゃあ早速、明日ひれも買いに行ほう、ふっふー」


 ジャンダルは元気よく提案するが、バーバクたちはなんともいえない表情になる。


「へ、はにはに。ろうひたんの」

「気軽に言うがな、あれは高いぞ」


「そうじゃ。それにまず売ってはおるまい。作成を依頼せねばならんが、まずは材料集めだの。材料は五層目まで行かねば手に入らんぞ」

「でぇー、らんてこったい。りゃあ、無理じゃん」


「そうなるの。しかし、これで一つ対策が立った。よいことを教えてもらった」


 ファルハルドもレイラに向かい礼を言う。


「ありがとう」

「いえ、お役に立てたのならよかったですわ」


 レイラはファルハルドと目を合わせ、にこりと微笑む。それを見て、バーバクたちはにやにやする。


 レイラは最高級娼婦の一人。本来、このような宴席に駆り出される安い立場ではない。それが同席しているのなら、それは自分から言い出したということ。


 まったく、これで一夜を共に過ごしてもなにもしてないというのが信じられない。以前、ファルハルドに何気なく尋ねた際、一緒に眠っただけだと聞かされた時には開いた口が塞がらなかった。


 この街の高級娼婦たちは大金を積みさえすればそれだけで一夜を共にできる、という訳ではない。娼婦の側でも相手を選ぶ。床を共にしてもよいと娼婦が認めて初めて一夜を共できる。

 パサルナーンに遊びにやって来たもののわからぬ他国の権力者が、大枚をはたいてパサルナーンの高級娼婦に袖にされるというのも決して珍しい出来事ではない。瞬く間に街に広がる庶民たちのお気に入りの笑い話だ。


 その高級娼婦のなかでもさらに最高級の娼婦であるレイラと抱き合いながら眠り、朝までなにもしない。正気なのか?


 これが別の者なら、お前、玉なしかと酒の肴にいじり倒すところだが、ファルハルド相手では揶揄う気にもなれない。こうして女性に会いに出かけるようになっただけましだろう。

 取り敢えず、一歩前進。あとはゆっくり時間を掛けて、というところか。ジャンダルは……、まあ、放っておいて大丈夫だろう。


 バーバクとハーミは視線だけで会話をした。

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