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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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33. 魔術師と忌み子 /その①



 ─ 1 ──────


 エンサーフの月の二十一日(下のハキィークァの日)エンサーフの刻。バハール半ば、ファルハルドたちは魔術院へ向かう。


 一月前に魔導具組合で、やっとフーシュマンド教導の予定を教えられた。なんでもフーシュマンドは調査に一定の目途がつき、三の月の半ばにはパサルナーンに帰ってくる予定とのことだった。

 ファルハルドたちの予定を伝え、数度の遣り取りのあと、今回の訪問となったのだ。


 今回はファルハルドとジャンダルだけではなく、バーバクとハーミも同行している。二人には長年接触を試み、上手くいかなかった魔術院と関わる機会を逃す気はないらしい。


 訪問の予定を話し合う際、同行者を連れることを伝えたが、実にあっさりと許された。バーバクたちは許可されたことに安堵あんどし、同時にあまりにも簡単に許可されたことに肩透かしをくらったような気の抜けた様子を見せた。


 一行は門を抜け、魔術院のある小島に架かる橋のたもとに辿り着いた。訪問する日時は伝わっている筈だが、門は堅く閉じられている。見回す限り、まるで人影は見られない。


 ファルハルドたちはやはり魔術院だな、と言いながら橋を渡る。門にと呼びかけてみるが返答はない。


 何気なくファルハルドが腕輪を付けた左腕で門に触れれば、フーシュマンドのときと同じく触れた箇所から上下に光の線が走り、門がひとりでに開いていった。



 開いた門の先には前と同じく歪んだ空間が見える。


 ファルハルドとジャンダルは前に見ていたこともあり、動揺はなかった。

 対して、バーバクとハーミの顔色は悪い。迷宮で怪物たちが束になって向かってきても平然としている二人が、蒼白となり脂汗をにじませている。


 そう言えばと、ファルハルドは思い出す。最初にこの歪んだ空間を見た時には、心細く大きな不安を感じた。帰りにはあまり不安を感じなかったが、バーバクたちの様子を見る限りあれはやはり見慣れたからではなく、フーシュマンドから貰った腕輪の効果なのだろう。


 さて、どうしたものかと考え込む。訪問は伝えているが出迎えはなく、敷地内に呼びかけても返答はない。門こそ開いたが勝手に入ってもいいものか。バーバクたちの顔色を見れば、なおのこと躊躇ためらわれる。


 しばらく話し合ううち、不意にフーシュマンドが門内から姿を見せた。あいかわらず裾の擦り切れた服を着、楽しくてたまらないといった表情を浮かべている。


「ファルハルド殿、ジャンダル殿。本日はわざわざご足労いただき、申し訳ない。そちらが共に迷宮に潜るというお連れのかたがたですか。歓迎いたしますぞ」


 挨拶もそこそこに一行を敷地内に案内しようとする。バーバクたちの様子が気に掛かるジャンダルが慌てて声を上げる。


「あー、と。ちょっと悪いんだけど二人とも結界?魔術の影響?なのかな。かなり調子が悪そうなんだけど、このまま内に入っても大丈夫なの。なんとかならない」


 フーシュマンドは言われて初めて気付いたように、バーバクたちをまじまじと見詰める。


「愚者の集いし園の守りの魔術の影響を強く受けておられるようですな。これは興味深い」

「いやいやいやいや、興味深いじゃなくて」


 好奇心を剥き出しにするフーシュマンドの言動に、ジャンダルは呆れる。フーシュマンドは話を聞いているのかいないのか、よくわからない。


「応接棟に入れば守りの魔術は影響なくなります。建物までは私と共に進めば影響は緩和されますので、さあさ、参りましょう」


 フーシュマンドは今にもファルハルドたちの手を取って歩き出しそうな勢いで、ぐいぐいと誘って来る。バーバクたちに目をやれば、二人とも青い顔をしながらも平気そうな表情をつくり頷いた。




 一行はフーシュマンドのあとに続き、敷地内を進む。すぐに前回も案内された建物に着く。もっとも、バーバクたちにとっては何倍もの距離を歩いたように感じられているだろう。


 建物内に足を踏み入れれば、バーバクたちの顔色も元に戻る。二人は知らず大きな溜息を吐き出した。ジャンダルは背伸びして二人の肩を叩く。


「お疲れ。なんか前回のおいらたちより調子が悪そうだったね。なんでだろう」


 フーシュマンドが手ずから、部屋に備え付けてある水差しに入った果実水を杯に注ぎ、各人の前に置きながら答える。


「簡単に言えば、お二人は魔力を扱った経験が豊富な分、良くも悪くも魔術の影響を受けやすいのでしょう」


「そうでしょうね」

「だろうのう」


 バーバクとハーミには今の説明で理解できたようだが、ファルハルドたちにはなんのことやらよくわからない。


「え、え、なに。二人は今のでわかったの。あと、バーバクの喋り方がなんかおかしい」

「馬鹿野郎。魔術院の教導様と言えばかなりの御方だぞ。相手に合わせた話し方をするのは、大人として当たり前だ」


 普段と違う真面目くさったバーバクの言い草に、ハーミは目を細め苦く笑う。


「気にせずともよい。こやつもこう見えて、意外に大人だということだ。ま、お主はそのままでよいと思うぞ」


かしこまっていただかなくても結構。私こそ協力をお願いしている立場ですからな。お二人にもぜひ話を聞かせていただきたい」


 全員に席を勧めながら、フーシュマンドも腰を下ろした。

 前と違い、向かい合わせた長椅子の間に低い卓がある。卓を挟み、一方の長椅子にフーシュマンド、もう一方の長椅子にファルハルドたちが並んで座る。


 おもむろにジャンダルが尋ねた。


「それで二人が魔術の影響を受けやすい、ってのはなんで」


 フーシュマンドは少し考え、バーバクたちに目を向ける。


「そちらのお二人はおそらくご自分の魔力を引き出し、利用することに慣れているのでしょう。魔力を効率よく使えられるようになればなるほど、他者からの魔法もよく効くようになるのですな。そのためジャンダル殿よりも強く、守りの魔術の影響を受けたのでしょう」


「んーと、それはざっくり言うと、魔法の腕が上がると魔法に弱くなるってこと?」


「そうとも言えるし、そうでないとも言えますな。魔法に習熟すればするほど影響を受けやすくはなりますが、当然対抗する手段にも習熟します。確か神官のかたがたにもその手の法術がありましたな」


 ハーミがうむ、と頷いた。


「あれ、じゃあなんでその法術を使わなかったの。ひょっとしてハーミは使えないとか」


「馬鹿者。使えるわい。これから魔術院を訪ねようというときに法術を使ってどうする。もし、敵対行動だと見做みなされでもしたらまずかろう。配慮して使わなかっただけだ」


「ふーん。あれ、でもバーバクは魔術も法術も使えないでしょ。魔法関係ないじゃん」


 バーバクは苦笑しながら、肩をすくめた。


「昔、魔法武器を使ってたからな。それで自分の魔力を引き出すのに慣れてる分、影響を受けやすいってことだろ」


 この話にフーシュマンドが身を乗り出す。


「それは今代の魔法武器を使っていた、ということですな。どうです。それでウルスの魔法剣術を使えるようにはなりましたか」


 バーバクは頭を掻く。


「あー、と。使えませんし、使えそうな感じもありませんね。うちの家系では曾祖父さんの代から使えた者はおりませんので、使えるようになるのは難しいでしょう」


「え、なに? それってなんの話?」

「あとにしろ。あとで説明してやるから」


 バーバクは邪険に手を振る。口を尖らすジャンダルを見て、フーシュマンドが笑いながら説明を行う。


「前に私が近年、人の五種族の術の変遷と拡がりを研究していることは話しましたな。ウルスの魔法剣術はそのわかりやすい例だと言えます」




 魔法剣術とは『武器に魔力をまとわせる』技術である。魔法武器と呼ばれるものの一種になる。


 魔法武器と呼ばれるものは大きく三つに別けられる。三つとも武器に魔力をまとわせ、武器の性能を上げる点は共通している。違いはどうやって武器に魔力をまとわせるかのその方法だ。


 一つ目がバーバクも以前使っていたもので、『今代の魔法武器』だ。

 これは武器そのものに魔力を引き出し、まとわせるための術式が刻まれている。これにより武器に使用者の持つ魔力を引き出しまとわせる機能が付加されている。


 全く魔法を使えない者でも武器に魔力をまとわせることができるが、使用者の魔力が枯渇すればそこまでになる。基本となる仕組みは魔術師の使う杖などと似たものだ。そして、性能は刻まれた術式と使用者の魔力量に依存する。

 現在、単に魔法武器と言えばこれを指す。


 二つ目が、『古代の魔法武器』だ。

 これは使用者の魔力はほとんど使わない。特殊な素材、術式の使用により武器そのものが最初から魔力を帯びている。使用者の魔力は制御のためにわずかに使用する程度だ。

 『今代の魔法武器』と違い、魔力の枯渇の心配はないという利点がある。


 ただし失われた技術で作られており、現在では誰も新たに製作することはできない。極めて強力で有用な武器だが、十に満たない数が各地の王宮や神殿に伝えられているのみだ。貴重な宝物として扱われ、ほとんどの者にとっては実物を目にする機会すらない。


 『今代の魔法武器』も『古代の魔法武器』も、武器そのものに魔力をまとわせるための仕組みが刻まれており、誰が使用しようとも手にしたその時から魔力をまとわせることができる点が共通している。


 だが三つ目、最後の魔法武器。これは違う。先の二種の魔法武器の発想の源となった、『ウルスの術である魔法武器』。これは武器に仕組みがあるのではなく、人が努力し己の才覚で身に付ける技能だ。


 これも魔法武器と呼ばれるが、敢えて区別するときは『魔法剣術』という呼び名で呼ぶ。

 剣術とは言うが、魔力をまとわせる対象は斧でも槍でも、それこそ木の枝であってもよい。武器の種類に関係なく、どんな武器であっても魔力をまとわせることで強力な武器と成す。


 元々はウルスだけが使えたが、今では世に拡まり、他の種族にも使える者はいる。

 とはいえ、学びさえすれば誰であっても必ず使えるようになる、というものでもない。才覚なき者はどれほど努力しようとも使うことはできない。身に付けられるのはウルスの者で十人に一人、他種族なら二百人に一人といったところだ。



「それでも、戦いを生業なりわいにするかたがたには有効な技能ですからな。種族固有の術の中では、最もよく拡まっております」


 フーシュマンドの説明を、ファルハルドも含め全員が感心したように聞き入っていた。ジャンダルが深く息を吐く。


「ほへー。あ、そうか。自分の中の魔力を引き出すってところが共通しているから、バーバクに魔法武器を使ったのをきっかけにしてウルスの、えーと、魔法剣術?ってのを使えるようになったかどうか、って尋ねたんだ」


「その通りです。固有の術を目にする貴重な機会は逃せられません。なかには本人は当たり前だと思っていても、実は珍しい術の使い方だということもあります。そのあたりは、やはり調べてみないとわかりませんからな」


 なんだかフーシュマンドの目が爛々(らんらん)と光っており、怖い。場の雰囲気を変えようとジャンダルが大きな声を出す。


「せ、せっかくなんで、各種族の固有の術ってのは他にどんなのがあるのか聞いてみたいな。なんせ、おいらができることのどれが固有の術なのか、よくわかんないしね」


 そうですな、とフーシュマンドは考えをまとめるように顎を撫でながら、しばし壁を見詰める。まだまだ仮説の段階のものも多いのですが、と前置きし話し始める。

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