28. 帰郷 /その①
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農村であるカルドバン村は、春の訪れと共に忙しくなる。それは小さな畑しか持たないラーメシュたちでも同様だ。
夕食を作る時間や元気のない大勢の村人たちが、ラーメシュたちの食堂を利用するからだ。
そのため、この時期は店の外にも席を用意し、また仕込む料理は手のかかるものは避け、まとめて大量に作れる煮込みだけに絞る。あとはつまみや追加用に腸詰めや干し肉をそのまま出すくらいだ。
それでも、次から次へと入る注文にてんてこまいになる。ユニーシャーは調理に専念し、ラーメシュは注文、給仕、客あしらいと調理以外の全てを引き受け、どうしても手いっぱいになっていた。
だが、今年は少しはましだ。
注文取りと給仕は主にエルナーズがこなす。もっとも酔っぱらいの相手はさせられないので、そこは変わらずラーメシュの出番になる。
モラードは給仕や皿洗いの手伝いをする。ジーラもできることは少ないが、料理を運び場を和ませている。
そしてラーメシュは手が空いた分、追加の料理の手伝いや全体の采配に回り、例年に比べ多少は余裕が生まれていた。
そんな日々が続くなか、今日も夕方からの開店に向けユニーシャーは料理の仕込みを行っている。
そこに表の掃除を行っていた筈のラーメシュが、箒を持ったまま店内に駆け込んできた。
「おい、この馬鹿。なにしてやがる。人様が口にするもの作ってんだぞ。んなもん持ち込んでんじゃねぇ」
「あ、あんた」
思わずユニーシャーは怒鳴るが、ラーメシュは全く聞く耳を持たない。床に箒を投げ捨て、調理途中のユニーシャーの袖をぐいぐいと引っ張ってくる。
「馬鹿、危ねぇよ。なんなんだよ。落ち着けって。どうした」
「あんた」
「あんた、はもういいから、どうしたってんだよ」
ユニーシャーは問いかけるがラーメシュは答えず、ただ袖を引っ張る。ユニーシャーは不審顔で仕込みの手を止め、ラーメシュについて表に出た。
「あんたら……」
ユニーシャーも呼吸を忘れたように立ち尽くす。表の人物たちはそんな二人を見て、くすりっと笑った。
「やあ、お久しぶり。約束通り会いに来たよ」
「ああ」
ファルハルドとジャンダルがカルドバン村にやって来た。
ユニーシャーは驚きから立ち直ると、二人を店内へ誘った。ラーメシュはエルナーズたちを呼びに行く。今日はエルナーズたちは開店する時刻まで裏の畑を耕している。エルナーズたちは泥で汚れた手を洗う時間も惜しみ駆けつける。
ユニーシャーは気分が高まり過ぎているのか、満面の笑顔でファルハルドたちの肩や背中をばしばしと叩いていた。
ファルハルドたちも別段、嫌がってはいない。笑いながら叩かれるに任せている。
「ファル兄、ジャン兄」
ジーラは二人に駆け寄り、ジャンダルに抱き着いた。モラードも負けじとファルハルドの腕を触りまくる。
ファルハルドたちは二人の頭を撫で、二人は嬉しそうに目を細めた。
エルナーズはそんな様子を見ながら、ゆっくりと歩み寄る。
「お久しぶり」
「ああ」
「やあ、久しぶり。皆、元気そうだね」
エルナーズが口を開くより先にユニーシャーが口を挟んだ。
「この馬鹿野郎。元気そうだね、じゃねえぞ。また会いに来る、っつって旅立ったきりまるで顔を見せねぇで。
聞けばパサルナーン迷宮ってのは随分物騒なところらしいじゃねぇか。こちとら、あんたらが無事かどうか気になって、気が気じゃなかったんだぞ」
「あっはー、ごめんね。いやー、確かに出てくる怪物が手強くってさ。毎日毎日、まぁー、たいへんなこと。で、やっとこ時間が作れたんだよね」
「まあ、そういうことならしゃーねぇけどよ」
ユニーシャーは不満そうな声音を出すが、その顔は笑っている。皆も話をしたそうにしているが、ラーメシュが手を叩いて中断させた。
「さあさ、話してばかりもいられないよ。お客が待ってんだから、続きはあとにしな。ほら、あんたも早く料理を仕上げておくれよ。
二人は前使ってた部屋が空いてるから、使っておくれ。いつ来ても大丈夫なように掃除だけは欠かしてないからね」
「こんな時刻にごめんね」
「済まない。よかったら、また給仕を手伝うが」
「なに言ってんだい。あんたらはお客なんだから、そんなことはしなくていいんだよ。よかったら、店を開くまでこの子たちと遊んでやっておくれでないかい」
そろそろ日も傾きはじめ、開店まであまり時間はなかったが、ファルハルドたちは子供たちとお喋りをして過ごした。
主にモラードが迷宮のことを聞きたがり、ジーラがカルドバン村での暮らしを話したがった。ファルハルドとエルナーズは、元気よく話される会話を微笑みながら聞いていた。
─ 2 ──────
夕食は店を閉めたあと、皆で揃って摂った。
さすがにこの店の食事を当てにしている村人が多いため店を開けたが、その日は普段よりだいぶ早目に店を閉めた。
どれほど苦情が出ようとも頑として酒は一杯以上は呑まさず、さっさと席を片付け食事を終えた客たちを早々に追い出したのだ。中には本気で怒りだす者もいたが、店の者が一致団結している以上意味がない。抵抗むなしく水をかけられ、追い出された。
食卓の話題はパサルナーンでのファルハルドたちの暮らしぶりだ。ジャンダルが大袈裟な身振り手振りを交えて、面白おかしく説明する。
大きな神殿や魔術院の存在に全員が感心し、ファルハルドがお金の大切さを理解していなかったことに大笑いした。
迷宮での怪物たちとの戦いの話には息を呑み、迫る溶岩に襲われた件では不安そうな顔をする。バーバクたちに救われたと聞けばほっとした顔になり、口々に良かったと言い合った。
「んで、今は二層目に潜る日々ってこと」
「はあー、てえしたもんだ。店に来るお客たちから聞いた話じゃ、一層目でおっ死んじまう奴が多いだの、二層目に辿り着くのに一年だか、二年だか掛かるだのってことだったが、もう二層目かい。
確かあんたらが旅立ったのが夏の終わりだから……、半年とちょっとか。いやー、まったくてえしたもんだ」
ユニーシャーが皆の気持ちを代表するように、頭を振りながら声を張り上げ感嘆する。
「そこはね。おいらたちの実力じゃなくて、偏に熟練の挑戦者であるバーバクとハーミと知り合えたお陰なんだよね」
「まったくだ。初見の敵が出れば、まず倒し方の手本を見せてくれ、的確な指示も来る。強い法術の使い手がいるお陰で安心して戦えるというのもある。装備が貧弱だった最初の頃に、盾を貸してもらえたことも大きかった」
ファルハルドも満足そうに共に潜る仲間について語る。あいかわらず口数こそ少ないが、こうして話すその話しぶりから良好な関係を築いていることがわかる。
「なんだ。盾まで貸してもらってたのかい」
「ああ。俺の使っていたのが手合わせ中に割れてな。貸してもらったはいいが、結局一月ほど借りたままで、返す時には傷だらけになっていた」
「あらまぁ、随分良くしてもらったんだねぇ。良い人たちと知り合えて良かったじゃあないかい」
「本当、そうだよね」
「で、今は二層目に潜ってんだよな。そりゃ、どんなもんなんだい」
ラーメシュは優しい目で相槌を打つが、ユニーシャーはやはり戦いに興味があるようだ。
「石人形とか泥人形が出るってのは変わんないんだけどね。その形は増えたね。狭い通路いっぱいに馬型だの熊型だの出てきた時は、そりゃ焦ったね」
「ああ。あの時は充分に立ち回る場所がなかった。攻撃を正面から受け止めるしかなくて、深手を覚悟した」




