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【完結】殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし  作者: さき


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60/64

60:Sideダレン 雨が降る中、崖の上で

 


 しとしとと冷たい雨が降りしきる中、ダレン・フィンスターは傘もささずに一人佇んでいた。

 眼下では激しい波が岩肌を打ち、波音が轟音のように絶え間なく響く。晴天の時は美しく爽快さすら感じさせた景色も今は陰鬱とした空気に満ちており、海面は今まさにダレンを吸い込まんと激しい波と渦で荒れ狂っていた。

 そんな海を崖から見下ろすダレンの姿はさながら亡霊のよう。仮に通りがかった者が居ればぎょっとして、それどころか震えあがって逃げ出すかもしれない。


 それほどまでに今のダレンは憔悴しきっていた。

 日々の心労から頬は窶れ、目は窪み、美しかった金の髪も今は白髪が占めている。

 かつてのダレンであれば白髪であってもロマンスグレーとでも褒められただろうが、今はただ悲壮さを増させるだけだ。まだ四十歳だというのにその姿は六十や七十にも見える。むしろその年代の男性と比べても覇気や鋭気が薄い。


 亡霊。

 ただ生きているだけ。


 どこにも行けず、許されず、ただ嘲笑と後悔の日々を過ごすだけ。


「いつから間違えていた……、どうすれば良かった……」


 誰にというわけでもないダレンの呟きは激しい波音に掻き消されてしまう。

 それでも呟きは止まず、亡霊が奏でるそれは呪詛に近い。もっとも、境遇を考えればダレンは呪詛を吐く方では無く呪われる方なのだが。


 何をしてもフィンスター家は凋落の一途を辿り、誰もが離れていく。もはや縋り付こうにも誰も手の届く範囲にいないのだ。それでいて極上のエンターテインメントを楽しむように遠巻きに眺めては嘲笑う。

 伯爵家とは名ばかりで日々の食事にさえ気を遣わねばならず、主人であっても碌に食べれていない。むしろ給仕達の方が隠れて食事をしているかもしれない。今となっては、彼等に主人を優先するような忠誠心は残っていない。

 近い親族はもちろん遠縁の会った事もないような者にも助けを求めたがなしのつぶてで、近寄ってくるのは高利の金貸しばかり。それに頭を下げて拝み倒して金を工面し、今日まで生き永らえてきた。


 惨めだ。

 社交界はもちろん、国内にももう居場所はない。いや、国外にも。


 どこに逃げようとも海を渡ろうとも、何の因果かフィンスター家の屋敷に戻ってきてしまう。戻らざるを得なくなる。

 それを繰り返せば屋敷の者達も逃げた事を非難するようになり、憎悪に近い形相で待っている。セリーヌを置いていけば彼女は金切り声で怒鳴り、半狂乱で泣き叫び、最近では爪の伸びた手で叩いたり引っかいたりと癇癪を起した子供のように暴れる事も少なくない。

 そして叶わぬ逃亡劇と無様な帰還もまた社交界を楽しませるのだ。その費用も金貸しに頭を下げて工面した結果なのだから、何をしても底なし沼に沈んでいく。


「プリシラ、お前なんだろう……、お前が俺を恨んで……、もう良いだろう……」


 ぶつぶつと呟き、ダレンは一歩足を踏み出した。

 もう一歩。力ない足取りで。崖の縁へと。まるで荒れ狂う波音に誘われるように。

 そうしてついに足場が無くなるも、なおもダレンは宙を歩くように足を踏み出し……、



 崖下へと落ちていった。



 浮遊感がダレンの身体を包む。

 次いで襲ってきたのは岩に全身を叩きつけられる激しい衝撃。まるで熱した鉄を全身に押し付けられたかのような、全身を無数のナイフで滅多刺しにされたような激痛が体の中で渦巻く。衝撃に目の前が白く瞬き、激痛に意識が薄れ……、


 だが完全に途切れることはなく、ダレンは目を見開いたまま、浅い呼吸を続けて岩に四肢を投げ出していた。

 喉に血が溜まり苦しく、必死に呼吸をすればゴブッゴブッと不快な音が漏れる。呼吸がままならず窒息しかけはするものの、冷たい雨と時折体に掛かる波の飛沫が意識を無理に現実に引き戻してきた。


 それでもいずれ限界がきて命が終わるだろう。

 この体もそう長くはもたない。あと少し耐えれば、すべてから解放される。


 ……そんな終幕への切望を抱いていたダレンは、崖上の光景に目を見開いた。


 ひとがこちらを見下ろしている。

 続いて数人が現れるや、すぐさま引っ込んでいった。


 まるで助けを呼ぶかのように……。


「や……、ぉ……、う……」


 やめろ、やめてくれ、もうこのまま死なせてくれ。


 ダレンの切実な願いは声にはならず、掠れた音となって喉から漏れる。

 そのうえ、原因不明の、医者すらも首を傾げる発作が起こり痛みを後押しする。

 胸を掻きむしりたくなるほどの激しい痛み、これが日に一度は必ず、酷い時には何度も襲ってくるのだ。

 まるでプリシラの、否、今まで虐げていた者達の胸の痛みを刻みつけるかのように……。

 


 苦痛に悲鳴をあげたくなるが、喉から出るのは掠れた音と、口に溜まった血が泡立つ不快な音だけ。

 それすらも荒波は無情に掻き消し、冷たい波と飛沫はダレンの身体を死なない程度に冷やしていった。





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