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【完結】殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし  作者: さき


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29:屋敷のネズミ

 


 イヴから小瓶を受け取った数日後、プリシラは小瓶の保管を頼むためにクローディアの元を訪れていた。

 事情を話せば彼女は快く了承し、それどころか興味深そうに受け取った小瓶を眺めている。恐れや警戒の様子はなく、それどころか試しにと紅茶に淹れて飲みだしそうだ。


「半分はレッグ医師に渡して調べてもらってるの。ダレンや他の人達に気付かれないように調べてるから時間が掛かってるみたいだけど、人体に害をなすものなのは間違いないって」

「私も手伝いたいところだけど、人間が作った人間に作用するものはよく分からないんだよね」

「良いのよ。預かってて貰えるだけでも有難いわ。……私の部屋はどうにもネズミが忍び込んでいるみたいだから」

「ははぁ、ネズミね」


 プリシラが口にした『ネズミ』が実際の小動物ではないのは言うまでもない。

 ダレンの息の掛かったメイドや給仕が隙を見てはプリシラの部屋に入り込み、不穏な行動はとっていないか、アミール家や他家と連絡を取っていないか、と部屋中を漁っているのだ。

 そのたびに装飾品や小銭がなくなっているのだから呆れてしまう。


「時戻しの前の人生では部屋に籠らされて、今度は部屋から出たら漁られて、本当に嫌になるわ」


 呆れと侮蔑を込めてプリシラがぼやくように呟き……、だが次の瞬間、はたと己の口を手で押さえた。


「もしかして、魔女にとってネズミは友達だったりする?」

「どういう事?」

「だって、クローディアは海鳥と仲が良いでしょう? それに探し物の猫にも助けてもらったし。侮蔑の意味を込めて『ネズミ』って言ったけれど、もしかしてネズミに失礼だったかしら」


 プリシラにとって海鳥も猫も動物であり、ネズミも同様。

 だが魔女であるクローディアは海鳥を『彼女』と呼んで親しくしている。海辺にいくと常に海鳥が日傘に停まっており、会話をしているような素振りも見せていた。

 鈴から姿を変えた猫に至っては目当ての帳簿を見つけ、イヴがアトキンス商会から毒薬を持ち出すのを手伝ってくれた。

 となればネズミとも何かしらの関係があるかもしれず、先程の『ネズミ』という侮蔑は失礼にあたる可能性が高い。


 それを危惧し、プリシラは慌てて周囲を見回した。もしやこの部屋にネズミが居て、聞かれていたのではないか……。

「ネズミを侮辱しようとしたわけじゃないのよ」と、どこにというわけでもなく言い訳をしてしまう。


 もっともこれは杞憂に終わり、返ってきたのはネズミからの抗議ではなくクローディアの笑い声だった。


「大丈夫だよ。ネズミもちゃんと分かってるし、怒るような性格じゃないから」

「そうなの。良かった。……でも居る事は居るのね」


 念のためもう一度周囲を見回し「ごめんなさいね」と失礼を詫びておく。

 そうして改めてクローディアに向き直れば、彼女は紅茶を片手に随分と楽しそうだ。魔女であり魔女の常識が当然の彼女にとって、人間の常識で行動するプリシラは面白くて堪らないのだろう。


「ところで、プリシラは全てが終わったらどうするの?」

「全てが終わったらって?」

「フィンスター家の不正とダレンの不貞を暴いたら、だよ。さすがにもうフィンスター家夫人でいる気はないでしょう」

「そうね、さすがにそこまでやってフィンスター家夫人を名乗る気は無いわ」

「オリバー君と一緒になるのも良いね」

「オリバーと……。それは素敵だけど、でも、彼を私の人生に巻き込むのは気が引けるわ」


 共に生きたいと言えばきっと彼は喜んでくれるだろう。もしかしたら、プリシラから言わずとも全てを終えた暁には彼からアプローチしてくれるかもしれない。

 それはきっと幸せな人生だ。

 心からの平穏と、愛。もしかしたら諦めていた実子を持てるかもしれない。


 ……だけどその人生において、きっといつまでもフィンスター家での事は付き纏うだろう。


 プリシラが別の名前を名乗っても、それこそオリバーと結ばれてプリシラ・オットールを名乗っても、だ。

 時戻しをしない限り過去を消すことは出来ない。


「周囲から何を言われるか分からないわ。もしかしたら、セリーヌの関係者やフィンスター家の親族から恨まれて嫌がらせをされるかもしれない。オリバーにそんな人生は歩ませられないわ」

「オリバー君ならそれでも良いって言いそうだけどね。むしろ全て終わってプリシラが自由になったのに離れる方が辛い気がするよ」

「……そこまではまだ考えられないわ。お願いだから困らせないで」


 プリシラが困ったように笑えば、クローディアがふむと納得するような素振りを見せた。


「困らせる気は無かったんだけど、困らせたのならごめんね。でも私としてはプリシラには幸せになってほしいし、もし迷ってるなら魔女になって欲しいんだ」

「私が魔女に……?」


 意外な提案に、プリシラは理解が追い付かずオウム返しのように尋ねてクローディアを見た。

 クローディアは魔女だ。人間ではない存在。それはこの数年間で何度も思い知った。そして会いこそしていないが他にも魔女がいるというのは彼女から聞いて知っている。

 クローディアのような時間を戻す『時戻しの魔女』の他にも世界には魔女が居り、そして魔女に並ぶ不思議な存在も数え切れないほど居るという。


『時戻し』という不思議な現象に陥って、プリシラは今まで想像もしなかった世界があることを知った。


 ……だけど、まさか、その世界に自分が招かれるなんて想像もしなかった。

 クローディアの言動には慣れてきたと思っていたが、どうやら甘かったようだ。


「そもそも、魔女ってなろうと思ってなれるものなの?」

「プリシラはなれるよ。だって魔女の私がプリシラに魔女になって欲しいって思ってるんだもん」

「……紹介制ってこと? もしくは推薦?」


 謎は深まるばかりである。

 だがなんにせよクローディアは好意からプリシラを誘ってくれたのだ。風変りではあるものの友情を感じ、プリシラも素直に感謝の言葉を返す事にした。


「ありがとう。それも人生の候補として悪くないかもしれないわ。……そう、候補として」

「プリシラ?」


 ふとプリシラが考え込めば、疑問に思ったのだろうクローディアがどうしたのかと尋ねてくる。

 そんな彼女に見つめられながら、プリシラは頭の中で様々な考えを巡らせ……、


「結末の一つとしては凄く面白いわね。考えておくわ」


 そう、目を細めて微笑んだ。




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