告知天使の福音 ―エヴァンジェル・ド・ガブリエル― (改稿版)
なんと……ローファンタジーカテゴリーにて日間ランキング8位にジャンプアップしました!!
これも……偏に読者の皆様のおかげです!!
本当にありがとう御座います!m(_ _)m
「脅かさないで下さいよマダム・オルレアン……気に障ったなら謝りますから。コーヒー代も気にしないで下さい。これでも経費はそこそこ貰える部署なんで……」
「そう? 良い薫りだから私も頼もうかと思ったのだけど?」
彼女は少し含みのある表情で言葉を切ると……今日の本題について単刀直入に切り出して来た。
「それで……今日こそは件の人物に取り次いで頂けるのかしら?」
正面のスツールに優雅に腰掛けた女性は、滑らかな日本語を操って来意を確認してくる。
白皙に浮かぶ薄いアメジストの瞳や腰にかかる程のブラウンブロンドからは、想像し難い発音の正確さだ。
「ええ、先方には正式にアポを取ってあります。ただ、先方はN県の山中にお住まいなので……今から車で向かうと三時間は掛かりますが……」
「問題ないわ。先方には訪問の目的は伝えて頂いてるのかしら?」
「ええ、まぁ……ただ先方は、はっきりと“賢者の石を手放すつもりは無い”と返答してきています。 ちなみに……彼から返答が返ってくるだけでも相当に珍しい事です。実際、今の彼は“世界で一番会うのが難しい人物”と言っても過言ではありません」
彼女はとても現役の探検者とは思えない嫋やかな指先で、オーダーを取りに来たウェイトレスがサーブしたグラスを持ち上げ……無言のまま故郷の水で喉を潤した。
「なんでも今回の交渉の席に着かせる為……フランスは防衛省の高官経由で面談を取り付けたとか? これは個人的な好奇心なんですがね……差し支え無ければ市ヶ谷が動いた理由を伺っても?」
こちらの質問が意外だったのか……彼女は僅かに口元をほころばせながら……
「私も詳しい事は知らないわ。ただ最近我が国のギルド“告知天使の福音”が新型の“ハイ・ポーション”を開発したらしいわね。それが何処にどれだけ納入されるのかは、私の預かり知らぬお話だけど……」
驚いた。防衛省が件の人物とのコネを使って新型回復薬をいち早く抑えた事もだが……そんな情報を茶飲み話で溢してくれるとは……彼女はモザイクに向けていた視線を不意にこちらに向けていたずらっぽく微笑む。
その瞳を見た刹那……俺は確かに“葉巻で燻され、アブサンに浸った酔いどれ共が彷徨く酒場”を彼女の背後に幻視した。
(おいおい、彼女はまだ十代を過ぎたばかりの筈だぞ? なんでそんな毒婦の様なイメージが??)
咄嗟にスキル【精神耐性】を、軽く発動してしまう。
(馬鹿な、公爵家の令嬢に何を想像してるんだ俺は……)
「私の独言がそんなに意外? それとも同じフランス人の組織がみんな仲良しだと思ってらっしゃるのかしら?」
……俺は眼前で微笑む人物が“数世代に渡る暗い歴史の流れに家名を残してきた血族”だと改めて思い知った。
「……こっちから振った話に恐縮ですがね……脅かしっこは無しの方向で頼みますよマダム」
「あら? 少なくと私達、趣味の相性は悪く無いと思うけど?」
おいおい……勘弁してくれ。
「……エントランスに車を待たせてあります。非常に残念ですが……今日のエスコートは私では務まりませんので、N県には車に待機している方と一緒に向かって下さい」
「あら……残念だわ」
そう言って彼女はスツールから立ち上がった。俺は、そこで初めて彼女の手に携えられた不格好なケースに気付いた。彼女、あんな物持っていたか?
「……荷物お持ちしましょうか?」
同じくスツールから立ち上がった俺は、一応の礼儀として彼女に申し出てみる。
「あら、ムシュ甲斐は紳士ですのね。お申し出は嬉しいのですけれど……やめておきましょう。ムシュが疲れてしまいますわ」
俺は彼女が何を言ってるのか分からず困惑した……これがいわゆるフレンチジョークってやつか? 俺はそれ以上何も言わずに彼女をエントランスに向けてエスコートする事にした。
「……ご案内致します」
カードで会計を済ませ、ロビーからエントランスへ……俺はそこでふと思いだした。
(あれ?……彼女のチャージも俺が払うのか?)
――――――――――
― 国連本部 B4 ―
《 side 神山奈緒子 》
「アメリカ陸軍少将ブリット・ヘンドリックスだ」
シンプソン女史に促されて登壇した男性は言葉少なく自己紹介を終えた。歳の頃50代半ばというところだろうか……
がっしりと引き締まった体を地味なアーミーグリーンの制服に包み、身に付けているのは階級章のみ。公式の場に出席する将官にしては地味過ぎる出で立ちだ。
「世界中に散らばる“タワー”と日夜奮闘している諸君に、ここに至って言葉を濁す意味も無いと考えるゆえ、単刀直入にお伝えする。今現在……世界中のタワーの中で最も多くの人間を捉えているのは“混乱の塔”だ」
私は反射的にディスプレイに表示されているデータのとある項目を確認する。その項目は『塔内における未帰還者及び死者数』……“混乱の塔”におけるその項目に表示されていたのは『不明』の二文字だけだった。
「簡潔に説明する。世界中にタワーが出現したあの年、我々アメリカ陸軍はイラクの首都バグダッドに潜伏する“ある男”を逮捕拘禁する為、他の地域に展開する多国籍軍と共に陸軍二個師団をバグダッド近郊に展開していた。そこに件の男を信望する現地の過激派とイラク軍……推定だが16000前後の兵力が夜襲をかけてきた。おり悪く現地では砂嵐が発生中で……普段であればそのような奇襲に遅れを取る我々では無かったが、結果としては大規模な戦闘に発展した」
そこまで説明すると少将は、一端言葉を止め議場の反応を確認した。
「戦闘開始から約50分……断続的に発生していた砂嵐は戦場を砂のヴェールで覆い、前世紀以降、発生する筈の無かった大規模な遭遇・白兵戦を現地に出現させた。そして、戦闘開始から63分後……これは生き残った将兵の証言だが……戦場の中心付近から発生した大規模な竜巻は瞬間的に戦場をほぼ全て覆い尽くした。詳細は省くが、少なくともアメリカの災害規模指数でカテゴリ4以上の風速だったと推定されている。そして……戦場の端でかろうじて難を逃れたアメリカ軍、イラク軍、ゲリラ達は全員が等しく目撃する事になった……そこに、後世“混乱の塔”と呼ばれる“タワー”が出現しているのを……」
何人かのギルドマスターがヘンドリックス少将の言葉に息を飲んでいたが……私も同様に衝撃を受けていた。
(なんてこと……戦場一個が丸々“タワー”に飲み込まれたというの?)
「そして、ここからが我々が“混乱の塔”を封鎖し続ける最大の理由だが、かの塔に飲み込まれた者達は……誰一人として帰って来る事が出来なかった。陸軍二個師団所属の約37000名の将兵と、イラク軍将兵及び過激派ゲリラ合わせて15000名も同様だ。この“混乱の塔”と言われるタワーは世界各地にあるタワーと違い、侵入者を二度と外界に開放する事が無かった。この現象は、我々が定期的に送り込んだ救助部隊も同様であり、今日まで一人の例外も確認されていない……」




