探検者協会統括支部長 ―グランドマスター―
会議を一時間後からの再開とした神山は、私を伴って一端自室に引き上げた。神山は、携えていたファイルを乱暴にデスクへ投げ出してデスクチェアに身を預け、
「はぁぁぁ……」
深い溜め息をついた。私は手早くドリッパーにコーヒー豆をセットしウォターサーバーから湯を注ぐ。本音を言えば、豆は挽き直し、湯も新たに沸騰させた物を使いたいのだが……そこまで悠長に時間はかけられない。
ドリップが終わりインスタントよりは幾分マシな代物をカップに注ぐ。いつもなら整然と並べられているカップとソーサーの幾つかが、使用されたままシンクに置かれているのを見て神山の心労が偲ばれた。
「ありがとう……」
神山がデスクに置かれたカップを手にとり、少し薫りを楽しんでそれを一口含む。少し落ち着いたのかカップをソーサーに戻すと改めて口を開いた。
「今の会議で彼等は滝沢氏の言った事を信じたと思う?」
「……いえ、正直なところ殆どの方はまともに受け取ってはおられないでしょう。滝沢氏と直に接した私ですら未だに情報を飲み込むのに苦労していますから……」
そう言った私を見る神山の表情が曇る。
「正直に言って欲しいのだけれど……あなた自身は滝沢氏の語った内容をどれ位信じられると思う?」
「……今、私がハッキリと言えるのは、“彼自身が只者とは思えない”その一点に尽きます。情報の内容が真実であれ高度な欺瞞であれ今朝の時点では判断材料が無さすぎますから」
「結局問題はそこに行き着くのよね……今回の資料にはあえて載せなかった彼の“タワー攻略宣言”も語るべきだったかしら」
「仮にそれを伝えたとしたら……それこそ滝沢氏の正気が疑われて、情報の真偽についても戯言だと判断されたかも知れません」
『………それは初めて聞いたね』
支配人室の入口近く……来客用ソファセットから聞こえた声に、私達は反射的に顔を向ける。そこにはピンストライプのスリーピースを着込んだ初老の男が座っていた。
「……お見えになっていたんですか? いったい何時?」
「君達が会議室から戻ってきた時には居たとも。ああ、済まないがコーヒーは勝手に頂いたよ」
私と神山はそのソファセットの前を通ってデスクに移動したのだ。本当に居たのなら気づかない筈がない。
「相変わらず見事な“気配遮断”ですね……ご無沙汰しています統括支部長」
「ああ、済まない。つい癖でね……」
そこには日本の二つのタワーを管理する現場のトップ、“統括支部長”鷹山喜美彦がにこやかにカップを傾けていた。
――――――――――
「二人共元気そうで何よりだ」
「鷹山さんこそ相変わらずですね……何時でも現役に戻れそうですよ」
私が軽くイヤミで応じると、鷹山は苦笑しながらソファから腰を上げて神山と、続いて私とも握手をした。本来は富士タワーの本部に常駐している筈の統括支部長が何故、佐渡ヶ島に居るのか……握手を返しながら不審に思っていた私に、鷹山が苦笑をしたまま自分の来た理由を話しだした。
「実はね、先日こちらの支部でアーマーバッファローの角が掲示板を利用して販売されただろう? あれの入札者について少々思う所があってね。今朝早くに富士を発ってこちらに向かったんだが……到着早々、君達が緊急会議を行うと言うじゃないか?」
「……もしかして会議にも?」
「悪いとは思ったんだがね……とりあえず現状の説明だけは聞かせてもらった。その後は……まぁ、私も今朝から忙しかったのでね。とりあえずここで一服していたと言う訳だ」
「仰っていただければ席をご用意しましたのに……」
「私が居ては自由に発言出来ぬ者もいるだろう? 闊達に意見を交換するには上役は少ない方がいい」
なんとも返答に困る言葉に、今度は神山が微妙な表情を浮かべた。明らかに発言を躊躇している神山に代わって今度は私が話を切り出す。
「では……大凡の事は把握されておられますね。今回もたらされた情報について支部長のご意見は?」
率直に切り出す。本当なら情報を精査し、神山から何らかの見解を示す報告を上げ、然る後に鷹山の判断を仰ぐのが筋という物だが……私としては、今朝からの経緯を知った鷹山の生の見解を知っておきたかった。
「多分、私の意見も諸君らと変わらんと思うが……現状では静観以外に打てる手が無いね」
「そうですか……」
鷹山の言葉に、私も神山もあからさまでは無いが落胆した。
「まあ、がっかりするのは早いと思うがね?
今の所打てる手が少ないのは仕方無い。何しろ金子君の言う通り情報が少なすぎる。それに……先程の発言だが、その件のエクスプローラーがタワー攻略の目処を語ったのは間違いないのかね?」
「ええ、それも次の週末にはタワーを攻略出来るだろうと……」
今度は鷹山が目を丸くする。
「それはそれは……なかなかの大言壮語ではあるが……ならば、こちらとしてはそれを待つ姿勢で構わないだろう。彼の言葉の裏付けは自身で賄ってもらおうじゃないか」
「それで良いのでしょうか? 何が出来るかは分かりませんが、ギルドとして何もしないと言うのは……」
「気持ちは分かるがね、今の時点で真偽不明の情報に振り回されても碌な事にはならないと思うよ。それに……多分このエクスプローラーは、現時点で、ギルドに対して何かを求めている訳じゃないだろう。今回の報告は、シンプルに“俺はきちんと報告したからな!”という意味が一番強い様に感じるね」
「はあ……それでは」
「ああ、彼については現状維持、入塔と各フロアでの記録以外、アクションは無しでいいと思う。なに、来週を楽しみにしておけば良いさ。ところで……私がこちらに出向いた理由を語ってもいいかな?」
「失礼しました。アーマーバッファローの角の件で何か? あれも件の人物に関係する案件ではありますが……物自体は普通のアーマーバッファローの角です。群れを離れている個体がめったに居ないので、討伐難易度と売却価格に折り合いが付きにくい品ではありますが……それでもそこまで珍しい品ではない筈ですが?」
「その珍しいとも言い切れない素材がね……昨日スレッドに掲示された途端に高額で入札されたんだよ。欲しがって居る人物は複数居るようだが……最初に入札した人物が未だに誰にも再入札を赦さず最高入札者の位置を守り続けているんだ。既に表示価格は相場の2倍を超えている」
確かに珍しいが……全く有り得ない事態でも無いはずだ。ただし、昨日の騒ぎを知らなければだが。実際、あの角にいったい何があるというのか……まさか、多忙な統括支部長が、たかが入札価格の高騰でわざわざ佐渡ヶ島まで?
「……疑問に思うのは分かるがね。言った筈だよ、“入札者に疑問がある”と。この入札IDは、とある商社の営業IDなんだが……輸出規制対象品目を当該国に横流ししている疑いで目下、内偵中の企業なんだよ。しかも相手は隣国のタワー管理機関“共和国国家宝塔安全委員会”だと目されているんだ」
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