決戦前夜
東京都知事選の告示が近づく12月初旬。任期満了後の再選を狙う現職・饗庭玲於奈都知事は、彼女が党首を務めるホープ党本部で声を荒げていた。もう間もなく選挙だと言うのに、このところの移民排斥運動のせいで、積極的な移民政策を取ってきた党は苦戦を強いられていたのだ。
移民政策は人口流出を起こした東京復興のために必要な苦肉の策であったが、生活の基盤にまで深く関わっていた移民たちが東京に愛想を尽かし帰国してしまった今となっては、そのことが裏目に出てしまい、東京都はあらゆるインフラが止まるという非常事態に立たされていた。
それを反移民側から都知事の無能と罵られた彼女は、追い出したのはデモ隊なんだからアベコベではないかと反論したのだが、フランスのテロ事件を受けた世論は彼女に対して厳しかった。寧ろ、インフラに関わる部分にまで、積極的に移民を登用していたことがわかると、彼女は売国奴とまで糾弾される始末だった。
止まってしまったインフラを正常に戻すために高い賃金で求人を行っても、一向に若者たちが集まらないのも、彼らがホープ党に力を貸したくないからだと言われ、それが誰もやりたがらない3K職場であることは見向きもされない。もはや何を言っても取り付く島のない世論に苛立ち、都知事は再選は絶望的だと癇癪を起こしていた。
彼女が投げやりになっているのにはもう一つ理由があった。それは彼女の孫娘である預言者・饗庭江玲奈が行方不明であることだった。
知る人ぞ知る稀代の預言者として有名だった彼女は、企業や政治家に助言して高額収入を得て、両親からの全幅の信頼の下に、一人暮らしをして悠々自適な生活を送っていたのだが、その彼女の住んでいるはずのマンションの一室が、いつの頃からずっと留守になっていたのだ。
彼女は普段から中学校の友達と都内のパワースポットを巡ったり、気まぐれに旅行をすることもあったから、当初は家族も心配していなかったのだが、それが一ヶ月、二ヶ月と続いてくると話が変わる。
もしや誘拐されたのではないか? どこかで事故死でもしてないかと、警察に届けてその行方を追っては見たものの、彼女の行方は杳として知れなかった。
そうこうしている内に、12月を迎え、都知事選が近くづいてくると、いつもは孫娘の託宣を受けてから選挙を戦っていた饗庭都知事はパニックになった。彼女は元アナウンサー上がりのタレント候補で、生まれてこの方人気商売しかやった経験が無く、実を言えば確固としたポリシーがあるわけでもないのだ。故に、孫娘がいなければ、どうやって選挙を戦って良いかが分からない。
無論、党内には御手洗を始めとする政策研究部隊が居た。だから彼らと政策を出し合い、マニフェストを作れば良いだけなのだが、これまですべての選挙で、江玲奈の言うとおりにして勝ち続けてきた都知事は、孫娘以外に信じられる人間がいなかった。
移民政策だって、AIの活用だって、良かれと思ってやったことなのに、やれ仕事を奪うだの売国奴だのと、世間から冷たい視線を浴びせられて……頼みの綱の孫娘までいなくなってしまった都知事は、どんどん弱気になっていく。本来なら告示が近づくほどメディアに露出した方が良いはずなのに、彼女は定例会見でまごついてしまい、テレビカメラを避けるようにさえなっていた。
これに危機感を覚えた御手洗たち党執行部は、江玲奈の行方を追うと共に、選挙が始まる前に少しでも移民の必要性を訴えるべく、街頭演説を行っていた。再選した暁には、ホープ党としてはこれまでの政策を続けるしかない。移民とAI、BIは、ホープ党の政策の要であり、いくら選挙のためとは言え嘘を吐くわけにはいかなかった。
日本は高齢化が進んで働き手がどんどんいなくなっているのだ。それなのに現在の社会保障を続けようとするなら、どうしても外から人を呼んでくるしかないではないか。企業も国民も外貨外貨と声高に叫ぶが、実際のところ、日本は内需が強い国であり、日本経済は少数の金持ちが回してるのではなく、それ以外の大多数の国民が日常生活を送っているお陰で回っているのだ。
移民だって日本円を手に入れたら、それを全部、母国に送金するわけじゃない。この国で生活していくためには、金を使わないわけにはいかないではないか。当たり前の話だが、その金を使う人が少なくなれば、景気は後退するに決まっている。
しかしそう訴える御手洗達の話は、誰も聞いてくれなかった。
時に、総理大臣が眠り病に罹って以来、暴走が止まらないリバティ党の若手議員たちは、来る都知事選で饗庭知事を引きずり下ろすためだけに、極左政党の人民党と手を組んだ。本来ならあり得ない組み合わせなのだが、反移民という点でお互いの利害が一致したのだ。
総理が一向に目を覚まさないリバティ党は、内閣改造をするためにも、悪化する海外情勢や、中国ロシアの外圧に対抗するためにも、衆議院を解散して民意を問うつもりなのだが、その前に都知事選で勝利してその余勢を駆りたいと考えていた。
そのため、絶対の勝利条件として対抗馬を一本化するために野党と組んだのだが……
ところが、そのようななりふり構わない姿勢は返って有権者達の不興を買ってしまい、饗庭都知事とリバティ党候補の人気は、事前調査では拮抗していた。結局、有権者は高齢者の方が多いのだから、極端な変化は嫌われるのだ。それに、なんやかんや東京インパクト後の苦しい状況下で、逃げずに都政を行ってきた彼女は評価されてもいた。
焦るあまり、結果的に本来の支持基盤を奪われる格好となってしまったリバティ党は、その後の解散総選挙のために、なりふり構わない行動に出てきた。移民政策の必要性を訴えるホープ党の街頭演説を、公職選挙法違反だと言って難癖つけてきたのである。
確かに選挙期間外の投票を呼びかける街頭演説は法律で禁じられている。しかし、政治家個人の政策や意見を述べることは、選挙活動ではないのだから問題がないはずだ。当然、御手洗たちはそれを無視した。
ところが、彼らは今度の都知事選は移民の是非が問われているのだから、今彼らのことについて見解を述べるのは、次の選挙を見据えての行動であることは明らかだと、強い非難を行ってきた。もちろん、そんなことは無いのだから、警察も総務省も動かなかったのだが、活動家は動かせた。
移民排斥運動を続けていた人民党のデモ隊は、リバティ党の主張に呼応して、ホープ党のやってることは違法であるとして、都内で街頭演説を行っていた御手洗の選挙カーを包囲した。
そこで演説を行っていた御手洗の一言一言にいちいち罵声を浴びせかけ、その内容をかき消してしまうデモ隊を相手に、いつもは冷静な彼もついには怒りだす。これがまともな人間がやることか。リバティ党はこうまでして足を引っ張るつもりか。
憤慨する御手洗が拡声器を持つデモ隊の背後にリバティ党の若手議員を見つけると、彼は選挙カーから飛び降りていって、抗議するために近づいていった。その勢いに驚いたデモ隊は一瞬黙ったが、すぐに目的を思い出すと、近づいてくる御手洗を妨害するように壁を作って彼をもみくちゃにするのだった。
激高する御手洗が真っ赤な顔で睨みつける。それを見たリバティ党の若手が慌てて逃げていく。御手洗はその背中に向かって待てと叫ぶ。御手洗とデモ隊のもみ合いは収拾がつかなくなり、それを遠巻きに見ていた警備の警官隊も加わって、現場は騒然となっていった。
と、その時……そんな御手洗の背後に、あやしい人影が近づいていた。その手にはギラリと光る鈍い刃物が握られていたが、混乱する現場の中でそれに気づく者は誰も居なかった。




