核の炎
日米欧が監視チップ騒動と、移民排斥運動とで混乱している中、中東情勢は悪化の一途を辿っていた。
石油価格下落に端を発する産油国の暴動は、アラビア半島全域に広まって、各国は富裕層と貧困層とで対立を深めていた。そして石油依存からの脱却を目指していたアラブ各国は、国民の団結を図って反欧米保守化していった。
そんな中、ネオナチによる監視チップの存在が明るみに出ると、彼らが名指しで批判した中にイスラエルとその企業が多数含まれていたことから、やはりと言うべきか、憎しみはイスラエルへと集中した。そして、まるで火薬庫のようにいつ火が噴いてもおかしくない状況の中で、最初に動いたのもやはりそのイスラエルであった。
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発端はイランの核開発が終了したことだった。
欧米との関係の安定と国内情勢を天秤にかけて、これまで核開発を自重してきたイラン政府は、アメリカが混乱し、その監視の目が逸れた間隙を突いて研究を加速させた。元々、あとはゴーサインが出ればいつでも研究が終了する段階にあったイランは、ついに濃縮ウランの遠心分離に成功、世界10番目の核保有国となる。
イスラエルはその動きを察知し、衛星やスパイによって核開発終了を確認すると、間もなく非難声明と共に、イランの軍事施設へ空爆を開始した。ヨルダン川を渡りイラク上空を侵犯し、有無を言わさぬ攻撃を開始したイスラエルは、すぐさまアラブ諸国に一斉に非難されたが、その攻撃の手を緩めなかった。核弾頭がシルクワームミサイルに載せられたらそれで終わりだ。良い悪いはともかくとして、彼の国はやらなければやられるという考えが徹底しているのだ。
しかし領空を侵犯されたイラクも黙ってはいられず、高射砲射撃でイスラエル空軍機が数機が撃ち落とされると、ペルシャ湾はさながら中東戦争の様相を呈してくる。
一方、一触即発のそんな空気の中、パキスタンの核がサウジアラビアへと運び込まれた。
彼の国はアメリカとの関係を重視して核開発を放棄していたが、対岸のライバル国イランの核をただ指をくわえて見ていたわけじゃない。イランの核配備が現実のものとなった時、速やかに核武装が行えるように、実はパキスタン政府と密約を交わしていたのだ。
しかし、手に入れたからと言って、それを使ってしまえば核戦争は避けられない。とは言え、手を拱いていれば周辺諸国に示しもつかない。中東の覇者を自負するサウジは強気の姿勢を見せながらも、アメリカの出方を窺っていたが……ところが当のアメリカは大統領が姿を隠したまま何の動きも見せないのである。
その間、イスラエルは単独でイランと戦争を始めてしまった。飛び火を恐れて軍を南部に集めたイラク北部では、イスラムゲリラが息を吹き返す。ついにはイランを支援するロシアが地域に介入し始め、UAEは断絶状態のカタールを海上封鎖し、そのカタールを支援するイラン軍と交戦状態に……
結局、イランは敵だがイスラエルの味方をするのも避けたいサウジは、両国の戦闘に介入することは避け、ペルシャ湾とは逆方向に軍隊を進めた。イランとイスラエルが争っている間に、これを好機とイエメンへと軍事介入して、イランが支援するゲリラ勢力を根絶しようと試みたのだ。こうしてアラビア半島全域に渡って戦火は拡大していったのである。
蜂の巣をつついたような情勢にお手上げのトルコは、大統領がNATOに協力を要請するが、しかし欧州はドイツのクーデターで混乱中であり、どの国も軍を動かしたがらない。頼みの綱であるアメリカは沈黙を保ったままであり、このままでは欧州の防波堤として利用されるだけだと判断したトルコは、イラク北部のイスラムゲリラを攻撃するという名目で、山間部のクルド人ゲリラを追い立て始めた。すると、シリアの内戦を支援するという名目で、ロシアがクリミア半島へ軍を集める。黒海周辺もまた予断を許さない状況になってきた。
同じころ、クーデターにより議会を占拠されたドイツは、逃げ延びた議員によりベルギーのブリュッセルに臨時政府を設立していた。彼らは国内の混乱を収めるべく、中東情勢を引き合いに出し国民の結束を図ろうとして、ドイツ軍に呼びかけた。
しかし軍は、そんな臨時政府の呼びかけに応じなかった。彼らの指揮権は首相にあったが、その首相はまだドイツ議会に捕らえられており、その安否が気遣われていた。それを無視して軍を勝手に動かすことはまだ出来なかったのだ。
それにFM社の監視チップに関与していた欧米の有力企業が多すぎて、世論が完全に現支配層の敵に回ってしまっている中で、その富裕層が多い現政権の言うことを聞くと、国内世論が黙っちゃいない。かといって、クーデター勢力につくわけにもいかず……ドイツ軍はシビリアンコントロールを離れて完全に独立した状態にあった。
そんな中、無政府状態が続くことに危機感を抱いた一部の部隊がクーデター勢力に加担してしまう。すると、ネオナチは亡命政府に権限は無く、自分たちこそ正当ドイツ政府だと自称し始めた。彼らはこの時を待っていたのだ。
曰く。
「つまるところ、国内を、世界を混乱せしめたのは、人類の監視、奴隷化という神をも恐れぬ傲慢な考えを持った一部富裕層であり、国民は被害者なのである。彼らは連合国、つまり国連を隠れ蓑にして私腹を肥やし、経済による世界支配を実現しようとして、増長した。その結果が、あの監視チップだったのだ。
思えばドイツは大戦後からずっと辛酸を舐めさせられ、世界有数の経済大国でありながら、未だに常任理事国入りさえ果たしていない。元々、連合国は枢軸国を武力によって支配するために作られたのであって、このような不平等な集団にいつまでもいる必要はない。我々は今こそ真の姿を取り戻すのだ」
そしてクーデター勢力……即ちネオナチはドイツで禁じられている国家社会主義ドイツ労働者党、通称ナチスを堂々と名乗り、国連脱退を宣言する。
突然の出来事に泡を食った格好の欧州であったが、この事態に際して、ようやくイギリスが動き出す。イギリスはクーデター政府を批判、彼らを賊軍と呼び、亡命政府への全面的な協力を表明。バルト海にロイヤルネイビーが派遣され、国内の飛行場は航空支援のための戦闘機が配備され、物々しい雰囲気が欧州に漂い始めた。
こうなってくるとそれまでは静観を決め込んでいた他のEU諸国も、続々とドイツ新政府を批判、ドイツ国内世論も弱気に傾き始める。ナチスだなんて誰だって嫌なのだ。国民は議会を解放するように働きかけ始めた。
しかしそれでもナチスは強硬姿勢を崩さなかった。
世界を混乱させているのは寧ろイギリスやローゼンブルクの方だと名指しで批判、改めて監視チップの存在を強調して世論を煽り、パフォーマンスとして味方につけた部隊をローゼンブルク国境へと配備した。
すると、これに対抗すべくフランスもまたローゼンブルク国境に軍を進め、彼の国を挟んで欧州の両雄がにらみ合う格好になってしまった。一触即発の事態に国民皆兵であるローゼンブルクもまた予備役の招集をおこない、欧州は第二次大戦以来の危機を迎えることになる。
尤も、ナチスには一部部隊が協力をしていたが、ドイツ軍すべてが従っているわけではない。そもそも、平時からドイツ軍は英仏軍よりも軍事力的に劣っており、両国を相手にして勝てる保証はなかった。おまけに今は全EU諸国を敵に回している状況で、彼らが何か出来るわけもなく、殆どの国が事態を楽観視しており、悪手を打ってしまったクーデターも間もなく鎮圧されるだろうと思っていた。
ところが、そんな時、事態は思わぬ方向へと転がりだす。
フランス軍が国境に張り付いている状況下で、なんと首都パリで大規模な同時多発テロが起きたのだ。しかもその犯人は、アラブ人だったのである。
結局の所、欧州各国の反移民感情は根強く、欧州が混乱する中で、アラブ人たちはまっさきに仕事を失い苦境に立たされていた。かと言って帰国しようにも故郷は戦場になっており、欧州以上の混乱の様相を呈している。それもこれも本を正せば、みんな欧米の連中が悪いんじゃないか。彼らは行き場のない怒りのやり場を探していたのだ。
軍隊が出払ってる状況で起きたテロはフランス人達の目を覚ました。元々、フランスは革命の経験から、国民の自由への渇望が極端に強い。政府が何か強権を発動しようものなら大暴動が起こり、年がら年中デモをしている。今でこそ衰退が著しいが、第二次大戦中のパルチザン運動を支援した経緯から共産党が強く、本気で革命を目指してるような連中がやたらといるお国柄なのだ。
そんな連中がテロを受けて移民憎しの感情を爆発させたらどうなるか。たった今までドイツを批判していた彼らは手のひらを返し、逆にアラブ人、中国人、ユダヤ人などの少数民族を排斥する運動が起こり始めた。
あとになって考えれば、その影にどんな力が働いていたのかは言うまでもないが、扇動された国民たちはナチスをドイツ新政府と呼び始め、移民と、移民労働力を欲した富裕層を攻撃。国民を監視していた少数の富裕層こそが悪なのだと糾弾する。
これを機にフランスのみならずEU全域は、民族主義が台頭し始め、アラブ人を追い立てるネオナチズムが蔓延り始めたのである。
そして更に、そんな折、世界にはまた衝撃的なニュースが飛び込んできた。イエメンで、核兵器が使われたとの報道がされたのだ。
サウジ国境に近い街に落とされたというその爆撃の映像は凄まじく、街の跡形も残さないほど猛烈な威力ときのこ雲は見るからに、本物の核兵器が使用されたとしか思えない代物だった。
証拠はその映像しかなかったが、もし本当であれば、第二次大戦に日本に落とされて以来の核戦争が起きたことを意味している。当然、国連及び核保有国はその凶行を阻止すべく、即座に行動を起こさねばならないだろう。でなければ次に落とされるのは自分たちかも知れないのだ。
無論、その犯人と目されたサウジアラビアは、核攻撃を強く否定した。そもそも、彼らは核兵器を保有していることを大っぴらにしていなかったし、まるで待ち構えていたかのように、そんな都合のいい映像が出てくる事自体がおかしいだろうと反論した。そして、現場とされる街の周辺の放射線量を計測して、核兵器が使われていないことをアピールすると、あの映像を発表したアルジャジーラ、つまりカタールこそが諸悪の根源であると宣戦布告を行う事態に発展した。
そんなカタールをイランが支援、そのイランを攻撃する形でイスラエルがサウジアラビアに接近する。
他のアラブ諸国はサウジを裏切り者と批判しつつも、イランに対する警戒心から戦争準備を着々と進める。中東は正に火薬庫と化し、ゲリラの横行と難民の大量発生で大混乱を迎えた。
そして、この事態に際してようやく、アメリカが声明を発表した。
ホワイトハウスから発表があるとの知らせを受けた各国の記者たちは、これで一安心であるとホッと胸をなでおろしたが……しかしそれが必ずしも世界にとって良い知らせであるとは限らなかった。
声明発表の日、大統領執務室に居たのは、大統領ではなく副大統領であった。監視チップの存在が明るみに出て以来、マスコミから姿を隠していた大統領が、この期に及んでまだ姿を見せないのは何故だろうか。
日本では、総理大臣が例の眠り病なる奇病に罹ってしまったと言う。アメリカの声明を待っていた世界中の人々は、それを思い出して嫌な予感を募らせていた。
そしてその嫌な予感が的中する。副大統領は、大統領が眠り病に罹ったことを発表したのだ。
発表を受けてざわつく記者に対し、映像の中の副大統領は強調するように声量を上げ、続けざまに、大統領は不在であるが、中東の平和のために自分の権限をもって、米軍をイラクに派遣するとの声明を発表した。
これにより、間もなくイラク戦争以来の大部隊が中東に派兵されることになるが、いくら緊急事態であるとは言え、そもそも大統領ではなく副大統領が国軍の全権を掌握するのは如何なものかと、世論は真っ二つに割れた。
アメリカ国内は、先の移民排斥運動で暴動が続いており、相次ぐ富裕層の国外脱出で景気が後退の兆候を見せていた。そんな中での大規模派兵は、国内の治安の悪化を招きかねない。戦争特需で景気が持ち直すという不謹慎な主張もあるにはあったが、軍産複合体の支援を受けている副大統領は、兵器が売れれば売れるほど懐が暖かくなるからあんなことを言ってるのだと、そんな陰口もまことしやかに囁かれていた。
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さて、世界が混迷の色合いを濃くする中で、真っ先に国家元首を失うというアクシデントに見舞われていた日本が、その頃、何をしていたかと言うと……都知事選の真っ最中であった。
かつて、東京インパクトという未曾有の危機に見舞われた日本は、そのときもやっぱり復興そっちのけで選挙ばかりを連発していたわけだが、あの頃から何も変わってないその姿は、一周回って寧ろ見習うべきなのかも知れない。




